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第2制作センター ディレクター 田淵 奈央

2014年入局、松江局、おはよう日本、首都圏局を経て現在は「あさイチ」を担当。
ドラマ「幸運なひと」の制作舞台裏の取材を機にがんについて学び始める。
「こんな生き方がしたい」と力をいただく出会いばかりです。

田淵 奈央の書いた記事一覧
みい
パンダさん お辛いですね。私も主人ががんを先週告知されました。辛く、食べ物が喉を通らない、夜も不安で眠れない。そんな日々を送っています。これまで主人とは喧嘩ばかりの生活だったので、こんな気持ちになるなんて自分でも驚いています。 家族が弱っている姿を見るのは辛いですよね。 この辛い気持ちをどうしたらいいか、わからないですよね。 でも。いつか私達も何かしら病気になるときが来ます。来ない方が珍しいです。みんな同じです。 私だって、いつか病気になるでしょう。そんなとき、パンダさんのようにいつも寄り添ってくれる人が居たら、幸せだと感じると思います。 パンダさん、不安な気持ちや辛いお気持ちを、周りの人に言っても大丈夫ですよ。言える人がいなければ、病院の相談室の方とか、いらっしゃいませんか?きっと優しくパンダさんの気持ちに耳を傾けてくれると思います。私も誰かに話を聞いて欲しくて仕方がなくて。 私も夫が告知を受けてからいろんな人に話きいてもらいました。 少し気持ちが楽になります。 どうしようもない気持ち、いまは、とても辛いですが生きていきましょう。
おたふく
息子が17歳の冬、脳腫瘍と診断されました。それまで当たり前だった日常がこんなにも簡単に崩れ、大切な家族を失くすかもしれない恐怖と悲しみに打ちのめされました。幸い治療が出来、今は大学生となることができました。私は息子の病気を経験して、小児やAYA世代のがん患者特有の問題を知るきっかけになりました。小児のドラッグラグの問題や長期の入院により望む学習が受けられなかったり、転学や退学を余儀なく選択せざるを得ない現実。晩期症状への不安、妊孕性の問題、そして、そんな相談をできる機関がないこと。息子も寛解することができましたが、一生定期検査を受け続けなければならず晩期症状や再発の心配を抱えながらこれから恋愛や結婚や家庭を持つことができるのか、そんなリスクを抱えながら生きていかなければならない体に産んでしまった申し訳なさは一生消えることはありません。それでも何気ない日常の幸せを毎日かみしめています。
神戸の山ちゃん
2019年2月、突然妻が激しい癲癇発作で卒倒、なんとか意識が少し戻った所で、市民病院の救急外来へ、CT・MRIで脳腫瘍と診断、応急入院の後、神戸では難しいとのことで京大病院へ(外科手術は無理のステージ3)、以来様々な可能性を探りながら、約1年半辺りからは丸5年の現在まで、MRI画像診断上の進行は止まっています。夫としての様々な思いと、夫婦の新しいライフスタイルの模索が、重なります。m(_ _)m
ぐぅ?ちゃん
私の母がR4年に肺がんステージ4で亡くなりました。とても家族思いで家族に迷惑を掛けたくないと、自分の事は自分でやりたい人でした。お風呂も出ることが難しくなったのか、1時間出れなかったことがありました。今、癌患者の集まりが病院でありますが…患者の家族、患者の希望の友達などが集まって、患者が弱音をはくことが出来る場所があるといいですね