愛媛県西条市の森に“巨人”現る
- 2023年10月06日
巨人が突然、大自然の中に現れたと聞いたら… あなたはどんな反応をしますか?
冒険心を駆り立てられたり、ちょっとミステリアスに感じたり…。
ディレクターの私も、胸が高鳴った1人。
いったいなぜ作られたのか、どうして巨人なのか、調べることにしました。
(NHK松山放送局 瀬田萌々子)
特集の内容は、下の動画でご覧いただけます。
出会った巨人は廃材でできていた
巨人があるのは、西条市のレジャー施設の一角です。
木の上をロープで渡ったり、ジップラインで滑空したりできる、子どもから大人まで幅広い層に楽しまれています。
木々の間をくぐり抜けて歩くと、見えてきました。
高さ10m近くある、「森の巨人」です。
巨人は全身緑色に塗られ、森に溶け込むようにたたずんでいました。
近づいていくと、その大きさに圧倒されます。
2023年の夏にできたという巨人は、木を組み合わせてできていて、中は空洞。
取材した時にはメンテナンス中でしたが、階段などもあって、中に入って登ることもできます。
空洞なので、大きさのわりに500kgと軽いのも特徴です。
“ホストツリー”と呼ばれる支柱となる生きた木に、アウトドア専用の太いロープを使って、なるべく木に負担がかからないような技法で固定されています。
巨人に使われている木材は、ただの木材ではありません。
その大部分が森林を整備する時に間引かれる四国の間伐材でできています。
なぜ、間伐材なんでしょうか。
森の現状を変えたい
訪ねたのは、巨人を作るプロジェクトの発起人で、レジャー施設の経営者の馬場秀司さん(50)です。
馬場さんに聞くと、このプロジェクトを始めたのは2018年のこと。
ある問題意識を抱いたことがきっかけでした。
当時馬場さんは徳島で森林でアスレチックができるレジャー施設を経営するかたわら、ラフティングのガイドなどもしていました。
四国の自然の豊かさを多くの人に体感してもらいたいと思っていたそうです。
自身も2人の子どもを持つ親でもある馬場さんは、次の世代、そしてその次の世代へとこの美しい自然を残していきたいと思っていました。
馬場さんを突き動かした問題意識は、オフシーズンに携わっていた林業をしている時に芽生えました。
馬場さんは、手入れが行き届かなくなった山林に入り、過密に植えられたスギやヒノキを切り倒して間引く、間伐作業をしていました。
ところが切り倒した木の多くは使い道が限られていた上、道路から離れた場所に置かれたものは運ぶ手段もなかったため、そのまま放置されていたのです。
「私は毎日それらを見て“もったいないな、間伐は必要だが景観にも悪いし何とかならんのかな”と。また山林の所有者が高齢だったり、亡くなられたりしていて、そもそもこの先誰が山林のことをケアしていくんだろうと思っていました」
四国でも課題の“放置林”
馬場さんが危機感を覚えた四国の森林。
現状はどうなっているのでしょうか。
戦後、木材を確保するためにスギやヒノキが植えられた森林を「人工林」といいます。
民間で管理されている森林のうち、愛媛県で人工林が占める割合は6割以上。
全国平均と比べても多いそうです。
しかし、林業の担い手不足や木材価格の低迷で所有者の管理が行き届かず、多くの人工林が「放置林」の状態に陥っています。
放置林になると、森や林は荒れ果ててしまいます。
スギやヒノキなどの背が高い木が密集して地表まで光があまり届かず、背丈が低い植物が育ちません。
そのため、雨が降ると土砂が流れやすくなったり、逆に保水機能が低下したり、災害のリスクも指摘されています。
影響を受けた、海外の“巨人”
身近な森にもっと関心を持ってもらうにはどうすればいいか━。
馬場さんが考えを巡らしていた時、あるアート作品に出合います。
デンマークの芸術家、トーマス・ダンボさんの作品です。
ダンボさんは、廃材を使って世界各地で巨人を製作している芸術家です。
人々の目を森に向け、その美しさに気づいてもらおうと活動しています。
ダンボさんが作った巨人を見に、多くの人たちが森を訪れていました。
中には子どもたちの姿も。
馬場さんは、人々の興味を引く巨人には大きな可能性があると感じました。
「大きくて、何となく人を連想させるものにはカッコよさや畏敬の念を感じてもらえるんじゃないかと思うんですよね。廃材を利用してこんなに面白いものができるなら、自分たちなら間伐材を使い、(人が乗れる)ツリーハウス建築の技術を使えばもっと面白いものができるんじゃないかと考えました」
ダンボさんの巨大アートに感銘を受けた馬場さんは、早速自身が経営するレジャー施設がある四国の森で巨人を作るプロジェクトを立ち上げました。
ALSを発症 それでもプロジェクトは続く
2018年、巨人制作に乗り出した馬場さんは共感してくれる仲間を募り、徳島でプロジェクトチームを立ち上げました。
そして地元の製材所や森林組合に声をかけて間伐材を提供してもらえないか、交渉を始めました。
滑り出しは順調…
かに思えました。
プロジェクト開始直後、馬場さんは体に異変を覚えます。
医師の診断の結果、体の筋肉が徐々に動かなくなる難病ALSだと判明しました。
プロジェクトは中断を余儀なくされました。
それでも、馬場さんの意志は揺るぎません。
介助の態勢を整えるとすぐさま再開。
自宅から遠隔でプロジェクトに関わり、進めていきました。
そしてついに2022年に1体目を徳島県三好市に。
さらに翌2023年の夏に愛媛県西条市の巨人が完成したのです。
巨人をみんなの手で
取材をした2023年9月、馬場さんは新たな巨人を制作すべく、クラウドファンディングを実施していました。
巨人を作るそれぞれの地域に根差したプロジェクトにするため、地元の製材所や森林組合、地元住民と行政と連携して進めたいと考えています。
そして森に興味を持ってもらうきっかけになればと願っています。
「巨人だけではなく森や自然そのものが自分たちの気づきにくいところで深く関わっていて、自分たちが(森を)作っているんだと思いを巡らすこともできると思います。まずは森を思いっきり楽しんでいただき、森をたくさんの人に好きになってほしいですね」
馬場さんは、この巨人を四国各地で作り、全国にも取り組みを広げていくつもりです。
取材を終えて
四国に住んでいると、森はいつも視界にあって、当たり前のような存在に思えます。人工林の整備や間伐の作業も、四国で暮らす人々にとって特別なことではないかもしれません。
でも、「それらを怠るとどうなるか」という視点に立つことの重要性を、改めて巨人が語りかけてくるようでした。
「あそこの森に巨人がいるらしいよ。見に行ってみようか」
そう足を運ぶ人が増えることで馬場さんの企画は意味を持ちます。
今後、巨人がどのような人と出会い、人々の心にどんな変化が生まれるのか。これからも継続して取材したいと思います。