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マスターズ陸上日本一の大学教授

  • 2023年09月27日

いくつになっても、人は何者にもなれる。
その言葉を体現しようとしている大学教授がいます。40歳から始めた100メートル走で、わずか3年でマスターズの国内大会で優勝。世界大会では、リレーのメンバーとして世界記録も達成しました。
大学の講義などで多忙な中、毎週末、全国各地の大会に出場し、実戦の場で実力を磨き続けています。夢は「前人未踏の50代での10秒台達成」という大学教授に迫ります。 
(9月25日 ラジオ「ひめゴジ!」で放送)

(NHK松山放送局 荻山恭平)

年々記録を更新するやりがい

リモートでラジオ出演の水口さん

伊予市出身の水口政人さん、49歳。
去年新設された龍谷大学の心理学部で教授を務めています。競技歴わずか3年でマスターズ陸上の全国大会で優勝し、世界大会でも活躍しています。

水口さんの専門は100ⅿ走。マスターズは、基本的に5歳刻みでクラス分けされていて、水口さんは43歳のとき、100m走の、40歳から44歳の部門で初めて優勝しました。

水口さんの年齢ごとのベスト記録を見ると、 
40歳11”80
41歳11”51
42歳11”16
44歳11”15 
45歳11”05 
年々記録を短縮し、45歳では、追い風参考記録ながら、自己ベスト10秒99も記録。
49才の今シーズンも、8月の記録会で11秒17のシーズンベストを記録しています。

「年々パワーアップしているかどうかといえば、やはり年齢とともにしんどいところは出てきます。ただ自分のどこかに、まだ見つけられていない、知らない伸び代があると思うんですよね。それを探しながら、タイムが出たときはうれしいので、やりがいはあります」

2019年のアジアマスターズ400mリレーで世界新記録
(右から2番目が水口さん)

水口さんの活躍は国内にとどまりません。
2019年のアジアマスターズ選手権の400メートルリレーのメンバーに選出。アンカーには、北京オリンピック400メートルリレー銀メダリストの朝原宣治(あさはら・のぶはる)さんもいて、このメンバーで世界新記録を樹立しました。

「マスターズ陸上を始めたときは、あの朝原宣治さんとリレーのメンバーを組むなんて、まったく想像もしませんでした。リレーでは第二走者を務めましたが、朝原さんは、前日にマレーシア入りされて、もし私がバトンリレーを失敗して、朝原さんにバトンが渡らなかったら、どうしようかと。無事にバトンを渡せたときはホッとしました」

40歳で始めた陸上競技

慶応義塾大学時代の水口さん

大活躍の水口さんですが、高校時代は野球部でした。
松山東高校の4番バッターで、夏の大会では2年続けてホームランを打っています。さらに、東京六大学の名門・慶応義塾大学でもプレーし、1学年下には、あの高橋由伸選手がいて、同じ外野手としてプレーされていました。
水口さんが陸上競技を始めたのは40歳の時でした。

「40歳になるタイミングで何か新しいことにチャレンジしたいと思っていました。昔から、走ったらどっちが速いか競い合っていた大学時代の友人と、40歳を機に、一度、陸上の公式大会に出てみようと思ったのがきっかけです。陸上競技場で、陸上のスパイクを履いて、本格的に。 大学卒業後、全力で走ったこともなかったので、100mを全力疾走することが何て気持ちいいことなんだと気づきました。その後、マスターズの大会について、ネットで調べていると、武井壮さんがマスターズ陸上を盛り上げて走っていることが分かりました。武井さんのようなすごい人にチャレンジしたいなと思って、ますます気合いが入ったのを覚えています」

仕事もあり、練習時間も限られる中、独学で練習に励んできました。

「仕事がありましたので、練習時間を確保しないといけないのですが、不規則でした。これでは続かないと思ったので、定期的に練習時間を確保する必要がありました。 定期的に、確実に練習できる時間帯は早朝しかないので、毎朝3時半に起床、4時から30分間だけと決めて、その練習を40歳の春から始めました。6時には家を出る仕事をしていたので、5時には仕事に行く準備をしないといけない。そのため4時から30分だけに集中して練習しました」

自宅近くの坂道とキッチンタイマー

その練習で繰り返したのが、坂道ダッシュ。
100mを全力で2本走ります。毎日、その2本に全ての体力を集中します。

「最初はもうちょっと数を走ろうかと思ったんですけど、全力疾走で100メートルに相当する距離を走ると、もうクタクタになって息が上がると思うんですよね。 休憩して、もう1本走ると2本ですよね。2本走ったら、もう3本目は全力で走れないんです。 当時、私が考えたのは、いかに“全力 オブ 全力”を出し切れるか。それが練習の質を上げるコツだと思って、こういうメニューにしました」

さらに工夫を凝らしたのが、キッチンタイマーを使った練習です。

「最初はですね、自分が速いのかどうかを知るためのものがあればよかったんですけど、ストップウォッチを持っていなかったんですよね。自宅の冷蔵庫に100円均一で売られているキッチンタイマーが貼ってあって、それを持って走り始めたのがきっかけです。スタートと同時にボタンを押して、大体100mにかかる12秒間に設定して、ピピピと鳴った瞬間にどこまで走れているかわかります。その距離をなるべく伸ばしていこうというトレーニング方法ですね」

その効果はてきめん。12秒で走れる距離が日に日に伸び、視覚的に成長を実感することができたといいます。

週末は全国各地の記録会を巡る

練習の成果は、「実戦」の場でさらに伸ばします。水口さんは、毎週末、マスターズの大会に限らず、全国各地の陸上記録会に出かけ、実戦経験を積んでいます。

「実際に、大会や記録会に出場し、ピストルが鳴って横にライバルがいて走る。その練習の質に勝るものはないだろうと思っていたので、毎週レースに申し込んで、どこかしら探してきて、シーズン中は毎週レースに出ることを練習の一環として今もやっています。 神奈川県に住んでいるので、基本的には関東地方の大会を中心に見つけるようにしていますが、ふるさとの愛媛にも行きましたし、行ける範囲で探してやっています」

独自の練習法の原点は高校時代

松山東高校時代の水口さん

水口さん独自の練習法は、愛媛で過ごした高校時代が原点となっています。
野球と勉学の両立を頑張った高校時代と通じるものがあるといいます。

「高校時代は、毎日、朝も夜も野球の練習をして、勉強に費やす時間はほとんどありませんでした。とはいえ、その生活をずっと続けていると、野球が終わったときに心配でしょうがなかったんです。当時、伊予市から松山まで電車で毎日通学していましたが、この片道が20分、往復で合計40分あったんですね。この40分間だけはしっかり勉強しようって決めて、これを3年間ずっと続けました。シンプルなものがいいと思って、英単語を覚えると決めて、往復40分みっちりと。例えば1日30分としても、1年間で200日通ったとすれば100時間じゃないですか。3年間で300時間ですよね。300時間、英単語の勉強をしたら相当実力もつくだろうと思って、継続しました」

メキシコ勤務時代の水口さん

その水口さんの行動力は、その後の人生でも大いに活かされました。
卒業後は商社勤務、20代でメキシコの現地子会社で代表取締役に就任。
そのときの経験が、キャリアの大きな転機となりました。

「メキシコでは、日本人は私が1人で、部下のメキシコ人が3人という会社だったんですが、どうやってこのメキシコ人の部下のモチベーションを高められるかが、私の一番大きな仕事でした。試行錯誤を繰り返しているうちに、それ自体が面白くなって、帰国したら人材を育成したり、マネジメントする仕事をしたいなと思い始めました。いざ帰国と同時に会社を辞めて、そちらの道にキャリアのかじを切りました」

現在は大学でビジネス心理学などを教える

その後、大学院で心理学を学び、心理学を活かしたビジネスを経て、去年から龍谷大学で心理学を教えています。
今までの経験から得た人生訓は、「自分次第で何でもできる」ということです。

「何か新しいことを始めるのに遅いことはない。たった1日30分でも、毎日続けたら膨大なパフォーマンスとして自分に返ってくるので、今からやってもできることはたくさんあります。私もまもなく50歳を迎えるので、次は何始めようかなと思ってワクワクしているところです」

水口さんがこれから目指すところは?

「今、陸上が私の中で一番熱いです。50歳を越えてから10秒台で走った日本人は過去に1人もいないので、これになりたいなと。 来年、スウェーデンでマスターズの世界大会が行われます。そこで50歳以上の100mチャンピオンになりたいと思って、日々練習を積んでます」

取材実感

水口さんは大舞台に強い人かもしれません。

松山東高校時代は、夏の大会で2年連続ホームラン(しかも中学時代は野球経験なし)。慶応義塾大学時代も、東京六大学の新人戦で2試合連続でホームラン。40歳で陸上を始めてからも、個人で日本記録、リレーでは世界記録。公式戦という緊張感に包まれた舞台で、最大限のパフォーマンスを発揮しています。

「ただ運が良かっただけ」と水口さんは謙遜していますが、「昔から大きな舞台に立つほど、”今はこの場に立っていられるとは、なんてラッキーで幸せなことか”と考えるようにしていた」ということです。

心理学の教授をされているだけあって、若いころからメンタルコントロールに長けていらっしゃったようです。水口さんの話をお聞きして、以前、高校駅伝で有名な監督を取材した際、「謙虚さと感謝の心が大事だと、常に選手に言い聞かせている」と言われたことを思い出しました。

独自の練習法とメンタルコントロールで、マスターズ陸上の世界トップクラスまで駆け上がった水口さん。前人未踏の「50代で100ⅿ10秒台」の達成を願っています。
 

  • 荻山恭平

    アナウンサー

    荻山恭平

    平成9年入局。愛媛県出身。ラジオ「ひめゴジ!」編責担当。愛媛の魅力を発信したい。

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