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愛媛FC 復刻ユニフォームに込められた思い

  • 2023年09月14日

2021年に降格した後、J2への復帰を目指してきた愛媛FC。
愛媛県特産のミカンをイメージしたオレンジ色のユニフォームでサポーターに親しまれていますが、2023年8月から9月にかけて開催されたホームゲーム3試合に限り、青を基調とするトリコロールのユニフォームを着用して戦いました。

どんな狙いがあったのか、チームを訪ねました。

(NHK松山放送局 仙波賢介)

創設時の理念に立ち返って成長を

期間限定のユニフォームは、青を基調に、両側に白と赤が入ったトリコロール(フランス語で「3色」という意味)。 
普段のイメージと大きく異なるデザインです。 

実は愛媛FCにはこのトリコロールだった時代があります。 
下の画像はチーム創設時のユニフォーム。 

肩の部分に白と赤のラインが入っているのが分かります。

愛媛FC創設時のユニフォーム

愛媛FCは、1994年に高校生を対象としてユースクラブとしてスタートしました。 
「愛媛から全国で活躍する選手を育てたい」と人間性も重んじ、“関わるすべての人が成長するチーム”を目指しました。

今回、愛媛FCがあえて創設時の色を採用したのには理由があります。

いつまでも降格したままでいるわけにはいかない。 
一回りも二回りも強くなってJ2昇格を果たし、さらに高いステージへと駆け上がっていく…。
それには、設立当初の「成長する」という理念に立ち返らなければならないという思いがあったのです。

青色に秘められたストーリー

ちょっとここで、取材中に聞いたユニフォームにまつわる興味深い話をします。
ユニフォームの大部分をなぜ“青色”が占めているのか―。ということについてです。
そのヒントは次の画像。

南宇和高校のユニフォーム ※1991年

学校がある愛南町の海をモチーフにした、青いユニフォームの南宇和高校です。

南宇和高校は、1990年に四国勢として初めて全国高等学校サッカー選手権で優勝。
そこから全国屈指の強豪校となり、四国のサッカーの礎を築きました。

その時の監督が石橋智之さんです。

地元の選手を育成し、南宇和高校を全国屈指の強豪校に育て上げただけでなく、数々のJリーガーも輩出。
U-17日本代表監督も務めた名将です。

この石橋さんが後に創設したのが、愛媛FCです。
その時、南宇和高校のユニフォームの青を新たなチームのカラーに取り入れたのです。

愛媛FC創設時の監督 石橋智之さん
「全国に通用する選手を愛媛から育てたい。地元の子どもたちを、選手としても、人間としても育てていきたい」

愛媛FCは2005年に今のオレンジ色に変更するまで、青を基調としたユニフォームを着用しました。

“復刻ユニフォーム”の発案者は初期メンバー

今回、創設当初の愛媛FCのユニフォームを復刻させようと発案したのは、愛媛FCゼネラルマネージャーの青野大介さんです。

実は青野さんはユース時代、愛媛FCの2期生としてプレー。
石橋監督の指導を受けました。 1997年の天皇杯では社会人クラブを相手に、自らのゴールで勝利に導きました。

天皇杯でゴールして喜ぶ青野さん

青野さんは自身の経験も合わせ、クラブ創設時のビジョンが今チームに必要だと考えています。

青野大介GM 
「うちのクラブはユースチームから始まって、“育成”というのを大事にしていきたい、しっかり選手を育てて強くなっていくというところがあります。(愛媛FC)に関わることで人が成長していくとか、繋がっていくとかっていうところをすごく大事にしたいと思っています」

青野さんは、その思いをサポーター、クラブのスタッフとも共有できる“ユニフォーム”で表現することに大きな意味があると言います。

青野大介GM 
「僕の中ではユニフォームっていうのは戦闘服だと思っていますし、そこに必ずコンセプトが無いといけないと思っているんです。選手は100%頑張ってくれていると思うんですけど、もう一歩、もう半歩が出る、101%出るものにしてほしいと思っています。選手にも、ここ近年で応援してくれるようになった人たちにも、こんな歴史があるんだっていうのを知って、今を戦ってもらいたい。目的地が無いのに、どこに向いて走っているか分からなくなりますよね。こういう降格した時だからこそ、もう一回原点に立ち戻らないといけないんです」

思いは選手・スタッフ・サポーターにも

中学・高校時代を愛媛FCの下部組織で過ごし、現在はトップチームで活躍する曽根田穣選手は、限定ユニフォームに特別な意味が込められていることに意義を感じていました。

曽根田穣選手 
「ユニフォームに込められたクラブの思いが選手に伝わることは珍しい。それを背負って戦えることは光栄なことだと思います大事なユニフォームやなと思います。自分がそうだったように、子供達には『愛媛FCの下部組織に入りたい。そこからトップチームで活躍したい』っていう夢を持ってもらいたいです」

クラブスタッフとしてユニフォームのプロモーションに当たった田村光平さんは、試合会場でも購入するファンに対応し、一人一人に声をかけていました。

クラブスタッフ 田村光平さん 
「愛媛FCのスタートの舞台、スタートの思いっていうのをもう一度僕たちがこのユニフォームを通じて感じとるっていうのは、選手・サポーターだけじゃなく僕らスタッフにとってもすごく大事なことなんじゃないかと。もう一度立ち返って、愛媛FCとして改めて新しい一歩を踏み出そうというところは、僕たちもすごく大事にしなきゃいけないなと思います。(サポーターには)選手たちの後押しを宜しくお願いしますと。一緒に戦って欲しいと。そして最後は一緒に喜びましょうと伝えたい」

そしてサポーターたち。 
クラブ創設当時を知る松本晋司さんは、当時の思い出と重ねます。

クラブ創設当時を知るサポーター・松本晋司さん 
「昔の(クラブ創設時のような)ファイティングスピリッツが戻ってきたタイミングで、その頃のユニフォームを復刻してもらえて嬉しい。当時の思いも自分の中で湧きおこってきます」

ピッチを躍動したトリコロール

トリコロールのユニフォームを着ての初戦となった2023年8月13日の鳥取戦では、選手たちが息の合ったプレーを見せ、接戦を制しました。

青野大介GM 
「今年の短期目標である“昇格”っていうものと、もうちょっと先の、もう一回クラブの文化とかを作っていく。クラブの価値をどう証明していくかというのを両輪で回していかないといけないと思っています。あのクラブに行けば成長できる。もっとステップアップできるとか、そんなクラブにしたい。それが、『あ、そうなんだ。愛媛ってこうなんだ』っていう価値がまた1つ、できていくんじゃないかなと思います」

青野さんが大切にする「成長」。 
その先には、世界も見据えています。

青野大介GM 
「今、海外からも入って来ている選手がいて頑張っているように、海外からも人を入れて育てるし、さらには愛媛FCで育った人が海外に行くっていうのは僕らの目標でもある。2030年までにアカデミー出身の選手が世界で活躍するっていう目標ももちろん目指したい。もう頭の中は世界まで入れて考えています」

仙波の感想

これまでクラブが紡いできた歴史を背負い、J3優勝・J2復帰への勢いに変えていきたい。
試合後の選手たちからは、「思いのこもったユニフォームには気持ちも乗る」「ここまでのクラブの歴史を背負い、これからのチームの勢いに変えていきたい」といった声が聞こえました。
愛媛FCのクラブビジョン、大切にしたい価値観をもう一度確認し、クラブに関わる皆が同じ方向を向くことがJ2復帰に向けて走り続けるための強みになると感じました。
復刻ユニフォームを着用しての3試合をすべて勝利し、J2復帰へ向け大きく前進しました。(※1)
 「人を育てる、人が育つクラブ」として成長していくクラブのこれからを今後も応援していきたいと思います。
※1【復刻ユニフォーム着用試合の戦績】 
・2023年8月13日J3第22節 vsガイナーレ鳥取 3-2勝利 
・2023年8月26日J3第24節 vsカマタマーレ讃岐 3-2勝利 
・2023年9月9日J3第26節 vsアスルクラロ沼津 3-1勝利

  • 仙波賢介

    仙波賢介

    2017年入局。愛媛県出身、子供の頃から愛媛FCをこよなく愛す。 今では北は東北、南は沖縄まで、ほとんどの試合を現地で応援している。

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