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愛媛とJリーグ あなたの記憶に残る名場面は?

Jリーグ誕生30年
  • 2023年06月16日

2023年5月15日でプロサッカーリーグ、「Jリーグ」が30周年を迎えました。
その間に愛媛県にはJリーグクラブが2つも誕生し、いまやダービーマッチが大盛況になるなど、大きく発展しました。
Jリーグは愛媛の人々の心に何を刻んできたのか、聞きました。

 (NHK松山放送局 森陽裕)

愛媛でも注目した開幕

忘れられない、Jリーグ開幕の衝撃 国立競技場のスポットライトを浴びてJリーグのロゴが浮かび上がる印象的なシーンで開幕したJリーグ。 
サッカーはあっという間に人々の心を掴みました。
スター選手が多く所属していたヴェルディ川崎がとくに記憶に残っているようで、遠く離れた愛媛でも注目していたようです。

 

「小学校でちょうどサッカーしてたので結構見てました。あの時で言ったらキングカズですね。今でもそうですけど」

「小学生の時にラモスとかがすごいテレビに出よって、CMの真似とかしてました」

中には部活の選択をする時に、Jリーグの存在が影響したという人もいました。

「日本代表にもなってた木村和司という選手なんですけど、もうあのプレーがすごく好きで。Jリーグができるということで、(部活を)野球かサッカーか迷ってて、サッカーのほうが面白そうだなとちょっと盛り上がってきたんでやった経緯はありますね」

愛媛にもJリーグの波が!

 開幕当時、愛媛にはまだJリーグのチームはありませんでした。

しかし開幕からわずか1ヶ月後に四国初のJリーグの試合が松山で行われたのです。
1993年6月12日。
愛媛県総合運動公園陸上競技場(現ニンジニアスタジアム)で行われた、鹿島アントラーズ対サンフレッチェ広島の一戦です。 
試合を一目見ようと訪れた観客は25,101人。
いまだ更新されていない、愛媛県史上最も観客の集まった試合です。

その時の思い出を語る人も多くいました。

「アントラーズの試合を見に行きましたね。最初の。たぶん小学校3年生くらいなんですけど、生で見れて興奮したというか、楽しかった思い出はあります」

試合はナイターで行われましたが、競技場には照明設備が整っていませんでした。
そこで照明灯をクレーンでつるして、仮説の照明灯が用意されました。

四国初のJリーグ公式試合(愛媛県総合運動公園陸上競技場 当時)

ついに愛媛にJリーグクラブが! 

そしてJリーグ発足から14年後の2006年。 
愛媛にも、ついにJリーグクラブ誕生の瞬間がやってきます。 
愛媛FCがJ2に参入したのです。 
地元のクラブは愛媛県民の誇りになりました。 

「やっぱできたことによって、プロチームができることは活性化もできるし、すごいなとまずは思いましたね」

 

「サッカーは好きじゃないんですよ。愛媛FCが好きなんですよ。オレンジをみんな着て、飛び跳ねてて。(一緒になって跳ねるのは)絶対無理と思ってたんですけど…2回目来たらその輪に入ってて。そう。行ったら仲間がいるんです」

 そしてサポーターたちにとって忘れることのできない試合があります。 

「愛媛FCがプレーオフいった年が記憶に残ってます」

愛媛FCは2015年にJ1昇格をかけてプレーオフに出場しました。
惜しくも昇格は逃しましたが、その興奮は今も語り継がれています。

「プレーオフで絶対J1行くぞという、あの雰囲気が、サポーターが一丸となっとるあの雰囲気が好きでした」

 2チーム目も誕生

2019年にはFC今治がJ3への昇格を決め、愛媛に2チーム目が誕生。
Jリーグがますます身近な存在になりました。

「上がったときはめっちゃうれしかったですよ」

 

「本当感動ですよね、まさか、行ってほしいけどまさかみたいな。本当になんかみんなで喜んだのが、いい思い出ですね。いい思い出にしちゃいけないんだけど、まだまだこれからです」

 5月14日に行われたFC今治と愛媛FCのダービーマッチ「伊予決戦」はチケット完売。
試合の結果は0-0の引き分けでしたが、30年の間に愛媛に2チームもJリーグクラブができ、スタジアムは満員。
愛媛にJリーグ文化が根付いてきたことを感じる1戦でした。

  • 森陽裕

    ディレクター

    森陽裕

    2019年入局。出身地の神奈川県で5歳からサッカーを始める。好きなチームは川崎。ユニフォームは8枚持っている。

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