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カギはスマホ?愛媛で始まった医師の働き方改革

  • 2023年06月08日

お医者さんはとにかく忙しい。
長年の課題だった医師の長時間労働を改めようと、来年4月から「医師の働き方改革」が始まります。しかし医師が労働時間を削れば、これまでと同じ医療を受けられなくなるのでは?という懸念もありますよね。
その難題にスマホで挑んでいる病院が四国中央市にあります。

(NHK松山放送局 清水 瑶平)

診療はリモートで

「こんにちわー」
去年12月、四国中央市で行われた訪問看護に同行させてもらいました。

「じゃあ撮影しますね」
そう言いながら、看護師が自分の頭に装着したのは小型のビデオカメラ。

患者の男性のケアをしながら撮影を始めたのです。

この映像はリアルタイムで病院に送られ、医師が見ています。
看護師と同じ目線で患者の表情や患部の状態も細かく確認できます。
音声もつながっていて直接患者と会話もできます。

「状態はどうですか?」
「とてもいいです」
「ベッドから起き上がる動きをやってみてください」
「こうですか?」

いわば「リモート診療」。 
医師が直接行かなくても、細かく患者の状態を確認できるのです。
病院から患者の自宅までの往復30分ほどの労働時間を短縮できたことになります。

「私たちは患部を診たいのですが、映像があるのでそれも可能になる。現場に行かずにできるというのは非常に便利ですね」

このような取り組みが行われている背景にあるのが「医師の働き方改革」です。

“このままでは医療崩壊も”

医師の長時間労働の実態を示す、深刻な調査結果があります。
労働組合が去年行ったアンケートで、医師の半数以上がみずからの健康に不安を抱えていると回答。
さらに3割が「死や自殺について考えることがある」と回答していました。

来年4月からは「働き方改革」がスタートし、医師に時間外労働の規制が設けられることになります。
原則、年間の時間外労働は960時間。
これは労災の認定基準、いわゆる「過労死ライン」と言われる水準です。
ただし、救急医療などに携わる医師や臨床研修医などは1860時間まで上限が引き上げられます。
逆に言えば、この1860時間ですら超えている医師も多く、そうした長時間労働に支えられてきたのが日本の医療の現状なのです。

医師の働き方に詳しい国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授は、単純に労働時間を削るだけでは医療崩壊につながりかねないと指摘します。

国際医療福祉大学大学院 高橋泰教授

「働き方改革は必要だが、うまく進めていかなければこれまで診てくれていた病院が来年4月から急に診てくれなくなることもありうる。大変な地域であれば患者のたらい回しが起きて救急医療が崩壊したり、外科手術を待つ期間もどんどん長くなっていったりということが起きる可能性は決して低くない」

スマホ導入で負担を軽減

地域医療を守りながら、どうやって働き方改革を進めていくのか。
それに取り組んでいるのが、冒頭で紹介した「リモート診療」を行っている四国中央市の総合病院です。

働き方を徹底的に見直そうとデジタルの専門部署を設け、ITに詳しい職員など4人が業務の効率化を進めています。

改革の「カギ」として掲げるのが、「スマートフォン」。
医師だけでなく、看護師など医療スタッフ全員に貸与しています。
患者の個人情報を扱う病院では多くの場合、業務用スマホの利用には慎重ですが、セキュリティ対策を徹底することで導入に踏み切りました。

スマホが最も活躍するのが、「情報共有」です。
例えば入院患者のリハビリの様子を、看護師などがスマホで撮影します。

そしてその動画をチャットで共有。
医師のほか、理学療法士や薬剤師など、多くのスタッフが患者の回復状況を一目で確認できるようになりました。

以前はこうした情報を1人1人、PHSや直接のやりとりで共有していました。
診察室の医師に電話をしてもなかなかつながらず、病棟との間を何度も往復することもあったといいます。
それがチャットを使うことで一度に全員に共有できるようになり、1日に歩く距離は8キロから3キロに。時間にして、60分の短縮です。

看護師

「忙しい医師に電話するタイミングが難しく、指示をもらうまで業務が進まないこともありましたがチャットだと先生が時間のあるときに対応してくれるので、とても効率的です」

労働時間は1000時間から170時間に

スマホの利用は、医師の時間を有効に活用することにつながっています。
3年前からこの病院で働く医師の五十野博基さん。
外来の診察室で、次の患者が来るまでの間にスマホを見ていました。

病棟にいる看護師から届いた患者についての報告や相談のチェックです。
カルテの内容や、心電図などが直接画像で送られてくることもあります。
病棟で回診をしている合間の時間や、エレベーターで時間待ちをしている時間などにもチェックができます。

医師の五十野博基さん

「『こういう心電図ですけれど、心筋梗塞の可能性はないですか、危ない不整脈の可能性はないですか』と看護師さんから相談があって、自分が空いたときに返事ができます」

1つ1つの効率化や時間の削減はわずかなものかもしれませんが、「ちりも積もれば山となる」。
デジタルを導入したことで、労働時間は大きく減りました。

別の病院で働いていた20代のころ、五十野さんの年間の時間外労働は1000時間を超えていましたが、昨年度はおよそ170時間にまで抑えることができたのです。

そして何より大きな変化は、患者1人1人に丁寧に対応できる時間が増えたことだといいます。

「業務時間は減りましたが、患者に関わる量は変わっていないかむしろ増えているかもしれません。診察室にいながら病棟の患者のことを判断するなど、できることが増えたんじゃないかな」

定時で帰る日も多くなり、家族と過ごす時間も増えたといいます。
この日、子どもと遊んでいる最中に病院から何度か連絡が来ましたが、チャット上で指示するだけですみました。

「やはり時間を削るとか、自分が我慢しながら提供する医療はなかなか続かないと思います。“持続可能”な労働時間で働いて、なおかつ診療の質は落とさないことが大事なんだと思います」

“変わらなければ医療を守れない”

スマホの導入によって、「チーム医療」も大きく進みました。
この病院では、担当の患者に対して看護師や薬剤師、栄養士、理学療法士といったさまざまな職種がチームを組んで対応する体制を組んでいます。
チームのメンバーに患者の情報を一斉に、そして正確に共有するにはスマホが欠かせなかったのです。

病院の代表者は、地域の医療を維持するためには、ICTによる改革が不可欠だったと話します。

HITO病院 石川賀代理事長

「今後、どうしても労働時間が制限される中で、変わっていかなければ地域医療は守れない。働き方を変えるというより、私たちの意識を変えないといけないと思います。本来、私たちがやらなければならない診療や治療だったりケアだったり、その時間にしっかり集中するために必要なものがICTだと思っています」

抜本的な改革を

3年余り前にコロナ禍が始まって以降、私は医療現場を取材に訪れる機会が多くなりました。
限られた人員で、休む暇もなく患者に対応する医療関係者の姿を見るたびに、日本の医療は彼らの献身的な労働に支えられてきたことを実感します。
しかし同時に、それは決して「持続可能」な形ではないことも感じていました。
「変わらなければ、医療に未来はない」 
石川理事長の危機感は、単に「働き方改革」が始まるということだけではありません。
人口減少と高齢化が進み、医療の担い手が少なくなっていく中で、どうすれば地域医療を支え続けられるのか、という課題が突きつけられているのです。
今、求められているのは、これまでの常識にとらわれない、抜本的な改革です。 そしてそれを現場に任せるのではなく、国や行政もサポートしていく必要があります。

  • 清水瑶平

    清水瑶平

    2008年入局、初任地は熊本。その後社会部で災害報道、スポーツニュースで相撲・格闘技を中心に取材。2021年10月から松山局。学生時代はボクサーでした。

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