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大震災と子どもたち ~いま言葉にしたい気持ち~

このサイトでは東日本大震災で、親や家族、故郷・思い出など大切なものを失った子どもたちの“いまの気持ち”を、誰かとの対話を通じて記録していきます。
記録した対話はこちらでテキストや動画などの形で掲載します。プライベートな話などはのぞき、ありのままの言葉を残していきます。

取材協力:あしなが育英会/みちのく未来基金

震災で同じような経験をされ「私も誰かに話してみたいことがある」という方はこちらのフォームに、ご自身の体験とともにお寄せ下さい。その対話の場作りや記録のお手伝いをNHKがさせていただきます。

猫の手になりたい
みんなのコメント(1)
お話を聞いていく(読んでいく)中で、復興という言葉が、「震災前と同じ元に戻る」ではないことだと思った。人はあの時の過去に残され、街だけが前に進み新しくなる。 きっと復興ってライフラインが復旧する、人が安全に住めるようになったという環境だけでなく、そこに人がいないと復興は終わらないのだと思った。 失ったものは元に戻らないじゃなくて、お二人が「大熊町のため」「浪江町のため」と思っている町が戻ってくるように頑張るお二人を応援したいと思った。そして、それが二人の「自分のために」もつながると信じたい。 ただ、一番は自分のその時の気持ちに素直に生きていてほしい。 10年以上も悩み、頑張り続けてこられたと思うから。 時間はかかってもきっと、ネパールの経験から感じた日本というつながりがある国で、そして、自分の思いを少しでも話せる人とつながれたのだから、きっとお二人の想いは復興につながると思う。
rijswijkseweg
みんなのコメント(4)
私も娘がいます、鍋島さんのご両親の気持ちになって番組を見ました。鍋島さんが頑張って生きていること、ご両親はそれが何よりも嬉しく、抱きしめたい気持ちで見守っていると思います。頑張り続けた大変さは本人にしか分からないけれど、どうかひとりぼっちだ、など思わず周りを頼ってこれからも人生を歩んでほしいなと思いました。
請戸っ子
みんなのコメント(1)
30年以上前に、請戸小学校を卒業した者です。 今でも請戸小学校の校歌は歌えますが、『厳と立つ われらが母校』の辺りで涙が出てきます。 私が小学生の頃も、“津波が来たら大平山に逃げる”と言われて避難訓練もしましたが、まさかそれが現実のこととなるとは思いませんでした。 後輩の皆さんが、(校歌の2番の歌詞にあるように)美しい未来の夢に翼を羽ばたかせることを祈っています。