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ウクライナ情勢とフェイクニュース ファクトチェックがあばく“嘘”【平和博教授が解説】

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって以降、『フェイク』や『フェイクニュース』という言葉がさかんに飛び交っている。
国内外のフェイクニュースに精通する桜美林大学の平和博教授は、フェイクニュースが「武力行使やサイバー攻撃と一体した形で展開されている、非常に深刻なケース」だと指摘。
メディアによる『ファクトチェック』がますます重要になっていると語る。
 (報道局社会番組部ディレクター 藤松翔太郎)

“戦争の手段”としてのフェイクニュース

ウクライナ情勢をめぐり緊張が高まっていた2月3日。
アメリカ国務省のプライス報道官は記者会見で次のように述べていた。

アメリカ国務省 プライス報道官(2月3日)

「ロシアが侵攻の口実として、ウクライナ軍による攻撃をねつ造することを計画しているという情報がある。その一つは、宣伝工作のための映像の制作だ」。

アメリカ国務省・プライス報道官

その後、事態の悪化とともにネット上には様々な“フェイク”が飛び交うようになった。

メディア研究が専門の平和博教授は、自らを『フェイクニュースの収集家』と呼び、国内外のさまざまな偽情報・誤情報を調査している。

今回のロシアによる軍事侵攻をめぐっては、フェイクニュースが「武力行使やサイバー攻撃と連動する形で戦略的に使われている」と、危機感をあらわにする。

メディア研究が専門の平教授(桜美林大学)
平 和博教授

今回の戦争は、武力行使と情報戦が入り乱れた「ハイブリット戦」だと言える。ロシアはこれまで、アメリカ大統領選挙など民主主義の手続きに介入する目的でフェイクニュースを利用してきたとされているが、今回は“戦争の手段”としてフェイクニュースが使われていると言えるのではないか

ファクトチェックで"フェイク”が明らかに

実際にどんな“フェイク”が使われているのか。
平教授が例に挙げるのは、侵攻が始まる1週間前の2月18日に拡散された、1分25秒の動画だ。

「ドネツク州 親ロシア派武装勢力」のテレグラムより(2月18日投稿)

ウクライナ東部・ドネツク州の親ロシア派武装勢力が、ロシアで広く使われているメッセージアプリ「テレグラム」に、「広報担当者の緊急声明」とするメッセージと一緒に投稿したものだ。

『ウクライナの工作員が下水処理場で爆破を試み、それを親ロシア派が阻止した』という内容だった。

この動画について、複数の欧米メディアが内容の真偽を検証する「ファクトチェック」を行った。

世界各国にメンバーを抱える独立系の調査報道グループ「ベリングキャット」と、米ニュースメディア「ニュージー」は、ファクトチェックの結果をネット上で公開し、この動画は偽情報の疑いがあると報告している。

偽情報の可能性を指摘した理由は、動画の撮影日やファイル名に不自然な点があったことだ。

親ロシア派勢力が、動画の撮影日としていたのは『2月18日』の早朝。しかし動画のメタデータに残っていた制作日は『2月8日』だった。つまり衝突があったとされる日の10日前には、すでに動画が作られていたことを示している。

「NEWSY」ユーチューブより 動画の制作日が2月8日と表示されている

音声は『12年前の動画』を一部使用か

さらに、動画の音声にも不自然な点があったという。
メタデータを見ると、合成された音声ファイルの名前が記載されていて、それと同じ名前のファイルが以前ユーチューブに投稿されていたことがわかったのだ。

「NEWSY」ユーチューブより 音声ファイル名

ファイル名は「M72A5 LAW and APILAS live file.mp4」。
これをYouTubeで検索すると、12年前に投稿されたフィンランドの軍事演習の映像が見つかった。
「バーン」「ドーン」という音が10回ほど、断続的に続いていた。

「ベリングキャット」などは、この軍事演習の動画の音声が、今回の動画の一部に使われている可能性があると指摘している。

"フェイク”拡散アカウントが1か月で12倍に

SNSに投稿されたフェイクを、拡散するアカウントも急増している。

アメリカの調査会社「ミトスラボ」は、親ロシア派のプロパガンダを拡散するツイッターアカウントが去年12月に入ってから急激に増加し、11月末までは58個だったアカウントの数が、約1か月でおよそ12倍の697個になったという調査結果を発表している。

親ロシア派のプロパガンダをリツイートしたアカウント数 「ミトスラボ」の報告書から(2022年1月18日発表)
平 和博教授

それまでウクライナについては発信していなかったアカウントが、一斉にロシア寄りのプロパガンダをツイートしている。軍事的な緊張の高まりと歩調を合わせるように、そうしたアカウントが増えていることがデータからも確認されている。

便乗組も出現 「自分で合成」あっさり自白

さらに平教授によると、政治的意図によって戦略的に流された“フェイク”だけでなく、混乱に便乗する形で拡散されたフェイクも目立つという。

その一つとして平教授があげるのが、2月18日にツイッターを中心に拡散されたこちらの画像だ。

ツイッターより引用(2月18日投稿)

左の白い建物は幼稚園。横にある重機のドリルで壁に穴を開けられたかのように見える。

画像が投稿された前日、ウクライナ国防省が「親ロシア派からの攻撃で幼稚園が被弾し、職員3人がけがをした」と発表していた。
この画像は、それが『嘘の発表』だとほのめかすものだった。

ところが画像の投稿者は、ツイッター上で他のユーザーから画像の出所を尋ねられると、「自分でフォトショップで加工した」とあっさり“自白”した。
SNSに投稿された動画を元に、重機の画像を合成したというのだ。

ツイッターより引用(2月18日投稿) やりとりの翻訳は以下
質問者「この写真はどこから?」
投稿者「そうだよ、自分でフォトショップで加工したって書いただろ」

この画像の元になったとされる動画を確認した。
前日にフェイスブックに投稿されたもので、冒頭から約2秒の時点で停止すると、問題の画像と同じ背景、同じ画角で、重機だけ映っていなかった。

左:2月18日にツイッターに投稿された「フェイク画像」 右:2月17日にフェイスブックに投稿された「元動画」

大手プラットフォームも 重要度を増すファクトチェック

“フェイク”の拡散を防ぐには、SNSを運営する大手プラットフォーム企業の役割も見逃せない。

「フェイスブック」を運営するアメリカのメタ社は、誤った情報が拡散しないよう投稿の監視を強化。ロシアの国営メディアなどの4つのアカウントの投稿に対してファクトチェックや警告を付けるなどの対応をとっている。

メタの幹部によると、ロシア当局からファクトチェックなどの対応を中止するよう命じられたが、会社側は拒否したという。これに対しロシア当局は、こうした規制は検閲にあたり違法だとして、国内におけるフェイスブックへのアクセスを制限する措置をとったという。

またツイッター社も、ロシア国内の一部の利用者がツイッターの利用を制限されていると発表した。
2022年2月27日 NHKニュースより)

平 和博教授

『ハイブリッド戦争』の最前線で、プラットフォームも国家と正面から対峙する時代になっている 。社会を混乱させる有害なフェイクニュース(誤情報・偽情報)に対しては、メディアがファクトチェックを行ったり、プラットフォームがラベル付けや非表示化をしたりする対応が、より重要となる。
さまざまな情報戦の脅威に備えるためにも、NHKも含め、日本におけるマスメディアのファクトチェックをさらに強化させる必要がある 。
ウクライナ情勢をめぐるフェイクニュースは、当初はロシア語が主流だったが、次第に国際世論を意識した英語が大半を占めた。発信者の狙いを見極め、社会の混乱を抑制できるファクトチェックの取り組みが求められている。

求められる『クリティカルシンキング』

デマが広がりやすい状況には、ある方程式があると言われている。

「デマの広がり」=「重要さ」×「曖昧さ」
(『デマの心理学』G.W.オルポート、L.ポストマン著、南博訳 を参考に作成)

その出来事が重要であればあるほど、それに関する情報が曖昧であるほど、人は目の前の情報に飛びつきやすくデマが広がりやすいことを意味している。

刻々と情勢が変わる中、ウクライナをめぐっては今後も戦況の変化に合わせて、さまざまなフェイクが発信される可能性があると、平教授は警鐘を鳴らす。

平 和博教授

情報の発信元はどこか?裏付けはあるのか?そうした基本的なところを常に確認するようにしてほしい。そのためには、「クリティカルシンキング」と呼ばれる、落ち着いて論理的に物事を考えることを習慣づけることが重要になる。インパクトのある情報に反射的に飛びつかず、冷静に見極めることが何より大事だ。

SNSが世界的に普及し、ひとつのアカウントが発信した情報が瞬時に拡散する時代。
“フェイク”による混乱を防ぐには、プラットフォームによる対策やメディアによるファクトチェックとともに、ユーザーひとり一人が情報に対する「リテラシー」を身につけることが求められている。

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担当 藤松翔太郎ディレクターの
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この記事の執筆者

首都圏局 ディレクター
藤松 翔太郎

「#がんの誤解」「みんなのネット社会」担当。
2012年入局、宮城・福島で勤務し津波・原発事故の取材を行う。その後、クローズアップ現代、NHKスペシャルなどを担当後、「フェイク・バスターズ」「1ミリ革命」を立ち上げ。継続取材テーマ(がん/フェイク情報/原発事故/性教育/子ども)

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