
フェイクがあふれる中 事実をどう見極める? ドイツで進む対策
ロシアによるウクライナ侵攻後、現地での戦闘が激化するその裏で繰り広げられてきたのが、戦況を有利に運ぶための情報戦です。
今回の取材から、ロシア側が発信する情報には、真偽不明のものや“フェイク情報”が大量に含まれることが分かってきました。
誰もがスマホを持ちSNSを利用する今、実は戦地から遠く離れた私たちも、知らぬ間に情報戦に巻き込まれているのです。
フェイクを含む大量の情報にどう向き合えばいいのか、情報戦の標的となった国の一つ、ドイツの現状から考えていきます。
(NHKスペシャル「混迷の世紀」 ディレクター 宣 英理)
不安につけこむ大規模な“フェイクキャンペーン”が発覚
もし自分のスマホに“フェイク情報”が流れてきたら見抜くことができるでしょうか。
事実を見極める目を養うには、まずはその「特徴」を知っておくことが大切です。
今回、ロシア側の標的となったドイツでは、人々の不安につけ入るような情報が大量に拡散していました。

ドイツは近年、ロシアからのエネルギーに大きく依存してきましたが、ウクライナへの軍事侵攻以降、ドイツ政府は経済制裁を実施。
対するロシアも天然ガスの供給を削減したため、エネルギー価格が急激に跳ね上がるなど、市民の間には「自分たちの生活に影響が出るのではないか」という不安が広がっていました。
その不安を突くかのように、真偽不明の情報が流されていたのです。

その動きを突き止めたのは、ロシア側から発信される情報を監視・分析してきたアメリカのシンクタンクです。
2022年8月、研究員の一人が偶然フェイスブック上である投稿を見つけたことをきっかけに、分析が始まりました。

EUの帽子をかぶった医師が、ひん死の患者であるドイツへのガス供給を止めている姿が描かれた風刺画。ロシアに対する経済制裁がエネルギー危機を招いていると主張するもので、ドイツ市民のエネルギー供給への不安をあおる狙いがあるとみられます。
この投稿には、巧妙に“うそ”が隠されていました。
アカウントに使われていたのは、ドイツの大手メディアのものを模したロゴ。大手メディアの記事であるかのように装い、信ぴょう性があると見せかけていたのです。

フェイスブックを運営するメタ社が調査したところ、こうした投稿を行うアカウントは2000以上あり、ネットワーク化されていることが分かりました。
欧米のメデイアになりすました投稿は、ドイツだけでなく、フランスやイギリス、イタリア、ウクライナ、ラトビアにも広がっていたといいます。
投稿者の“顔”を作ったのはAIだった?
さらに、こうした投稿を拡散させていたのは、AIで作られた偽の顔写真を使ったアカウントだったことも分かりました。
実際に投稿を拡散していた、ベティーナとドンブロフスキスと名乗る2人の女性のアカウント。

シンクタンクの調査によると、AIによって生成された特徴をすべて備えており、実在しない人物の顔を人工的に作り出すツールが使われたとみられています。

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アンディ・カービン氏
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「フェイスブックを運営するメタ社は、最終的にこれらの投稿を行ったネットワークは、ロシアのアカウントから管理されていると結論づけました。これまでに見てきた中で最大級の作戦でした。ヨーロッパの人々を標的にして、彼らの経済的な不安をあおり、ウクライナ支援の士気を下げようとしたのです」
フェイクを見抜くために・・・ 実践的な手法を身につけるドイツの授業
さまざまなうそや真偽不明な情報がSNS上で広がる中、ドイツの中学校では子どもたちが自分自身で事実かフェイクかを見極めることができるよう、実践的な手法を教える授業が行われています。

ドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルク州にある公立学校です。
日本の中学1年生にあたる子どもたちが、ジャーナリストたちが運営する地域のメディアセンターから招かれた講師にフェイクを見破る対策を学んでいます。
題材となるのは、実際にドイツで拡散されたフェイク情報です。

そのひとつ、2022年10月にフェイスブックに投稿された記事です。

投稿者は、ロシアメディアによる報道を紹介し、「ドイツの人々はエネルギー危機によって、ベルリンにある公園の木をほぼすべて切り倒している」と伝えていました。
そのロシアメディアは、アメリカの大手メディア「ブルームバーグ」の報道を引用しているとしていました。
講師は、この投稿をSNS上で見たとき、事実かどうかをどうすれば確認できるか、子どもたちに問いかけました。

「こういったニュースを見たら、どんなことを考えますか? これは本当に信頼できる情報でしょうか?」
「私はこの情報は間違っていると思います。ベルリンに親戚がいるので何度も行ったことがありますが、こんな情報は聞いたことがないので」

「なるほど。じゃあどうやってフェイクだと確かめますか?」

「本当にそういうことがあったのか、他のサイトで調べてみます」

「同じ内容を扱った他のニュースサイトがないか調べてみるということですね。他にもこれがフェイクニュースだと確かめる方法はありませんか?」
他のニュースサイトで同じような報道がないか調べてみるという生徒の意見に対し、講師はまず、引用されているアメリカメディアのサイトを実際に見て、そうしたニュースがあったのかを確認してみようと提案しました。

アメリカメディアのサイトを見てみると、確かに「エネルギー不足に苦しんだベルリンの市民が公園の木々を伐採した」という記述があります。
しかし、それは現在の話ではなく「第二次世界大戦中の出来事」として紹介されていたのです。


「重要なのは、必ず引用元のサイトをチェックするということです。該当する記事が存在するかどうか、そしてその内容が正しいかどうかは、こうすれば簡単に確認することができます。その結果、この記事はフェイクだと言うことができます」
次に取り上げられたのは、ツイッターやフェイスブックで拡散されていたこちらの動画。
この動画は、イタリアの都市ジェノバで電気代の高騰に市民たちが抗議しているとして、拡散されていました。
動画では、警察官が参加者に対して警棒を使用していることも伺え、激しい衝突が起きたことを印象づけています。

「もし友達がこの動画を送ってきて、イタリアで人々が電気代高騰に抗議していると言ってきたら、どう思いますか?」
「最初に見たときは信じてしまうかもしれません。実際にそういう抗議をしている様子を映した動画ですから。でも、撮影した時期が違う可能性もあるかもしれないですね」

「そうですね。この動画が事実かフェイクか確かめたいと思ったら、何をしますか?」
「これだけ激しい抗議活動だったら、他のニュースでも報道されているはずだから、調べてみてはどうかと思います」

「すばらしい。信頼性の高い大手メディアがこの内容を報道しているかどうか調べるのも、一つの良い方法ですね」
報道を調べることに加えて講師はもう一つ、別の視点での検証のしかたを紹介しました。
グーグルなどの検索エンジンで誰でも簡単に行うことができる「画像検索」です。

確認したい動画のスクリーンショットを撮り、実際に画像検索を行ってみると、この動画は人々が電気代高騰に抗議しているものではないことが明らかになりました。
左は今回拡散した動画の一場面です。

右:2019年に行われた極右政党に反対するデモの動画の静止画 出典:CORRECTIV
一方、右は画像検索をした結果、見つかった動画にあったシーンです。
2019年5月21日に行われた極右政党に反対する人々が撮影されたものだと分かりました。
2つの静止画を比べてみると、背景に映る広告のポスターと、その上の丸いアーチが酷似していることが確認できます。
このことから、同じ現場であることが判別できます。
さらに、他の場面も検証しました。
警察官が参加者を警棒で押し返す全く同じシーンが、2つの動画の中にありました。

こうした検証の結果、拡散されていた動画は、イタリアの市民が電気代の高騰に抗議している様子を映したものではなく、「過去の動画を切り取ったもの」だったことが判明しました。

「とにかく重要なのは、基本的にニュースを批判的な目で見ることです。そのニュースの内容は現実的か、信頼性が高いか、極端に過激な表現や感情的な表現を多用していないか、きちんと考える必要があります」
感情を揺さぶる情報ほど冷静に見極める
授業では、フェイクを見破る実践的な手法を教えるだけでなく、フェイクにはどのような危険性があるかについても伝えられました。

「フェイクの最大の特徴は、人々の感情を激しく揺さぶることです。ロシア側によるフェイクは、ドイツ政府に不満を持つ人々の不安や怒りを駆り立て、彼らの政治的主張を強める影響があります。そのことが抗議デモを引き起こし、それに対抗する人々とのさらなる衝突につながる。お互いにエスカレートして社会に混乱が生じる可能性があるのです」
不安や怒り、喜び、悲しみなど、感情を揺さぶる情報に触れたときほど冷静に情報に向き合い、本当に事実なのかを確かめることが大切になるのです。

「自分にとって良いニュースだったら『いいね!最高!』とうれしく思う。そしてその後、それが正しいニュースかきちんと確かめようとしないかもしれない。それは自分が信じたいと思っているニュースだからです。偽情報を信じてしまうことは誰にでもあります。信じてしまってもしかたありません。大事なのはその後です。フェイクだったことに気がつくこと、そして事実を見極める方法を知ることが重要なのです」

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生徒
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「偽情報について学ぶのはとても興味深いことでした。私はSNSで頻繁にニュースを見ます。もしフェイクだと分かったら、それが正しくないということを示す証拠を探し、SNSで発信しようと思います。そうすれば、誰かに事実を届けることができるかもしれない」

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セバスティアン・ダイトナー氏
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「今起きているロシアによる“フェイクキャンペーン”は明らかに戦争遂行の新しいスタイルです。SNSで偽情報を拡散させ、人々の不安を作り出し、パニックを引き起こそうとしています。そのため、私たちは常にその情報が事実かどうか精査する必要があります。そうしなければ、ロシアのプロパガンダに負けてしまい、盲目的に信じてしまうことになります。また、フェイクを認識することは子どもたちにとってとても重要です。新型コロナウイルスなどを経験し、パニックや買いだめなどを扇動する人たちによる影響を私たちは見てきました。なるべく早いうちに対処法を身につける必要があるのです」