“立候補休暇”があれば、働きながら選挙に出られますか?

2023年、統一地方選挙が4月に行われます。
私たちにとって一番身近な政治家、“地方議員”のなり手不足は引き続き深刻な課題となっています。
そのなかで、議論が活発化しているのが「立候補休暇」の制度です。会社員などが選挙に立候補するために、有効なのでしょうか。
(池田 侑太郎)

立候補しやすい環境を

地方議員のなり手不足は深刻さを増しています。

総務省がまとめたデータによりますと、前回の統一地方選挙では、無投票当選が都道府県議会議員で26.9%となり過去最高、町村議会議員は23.3%で平成15年と同率で過去最高となりました。

2022年12月に成立した改正地方自治法では、会社員などが選挙に立候補しやすくするため、事業主に対して「立候補休暇」の制度を就業規則などに定めるよう促すことが明記されました。

また、総務省は、2023年1月、経団連に対し、会員企業に立候補に伴う休暇の導入を呼びかけるよう要請しました。

すでに導入している企業では

すでにこうした制度を設けている企業ではどのように利用されているのか。

人材サービス大手の「パソナグループ」には社員のキャリア形成や夢の実現を支援するため、社員が一定期間休職することを認める「ドリカム制度」があります。
その中の1つ、「政治休職コース」では、政治に携わりたいという社員が、選挙に立候補する際、最大4年間休職することができます。仮に落選した場合も、復職することができます。2009年の制度開始後、これまでに5人ほどの社員が利用したということです。

(パソナグループ 担当者)
「会社として社員の多様なキャリア形成を応援するなかで、制度を設けています。企業という立場だけでなく、政治や行政の立場から社会課題の解決にチャレンジしたいと考え選挙に挑戦する社員もいると考えています。民間や政治・行政などの垣根を越えて、新たな価値創造に挑戦する人材として成長することを期待しています」

またある大手都市銀行では、会社として社員の挑戦を応援するための休職制度の一環として、地方議員への立候補の際、休暇を認めた例があるということで、立候補休暇と銘打っていなくても同様の休暇制度を設ける動きは一部で広がっているようです。

退路を断たないとだめ?

こうした制度を利用して会社員の立場のまま、自分が住む自治体の地方議員に立候補した経験のある女性に話を聞くことができました。

育児休職中に、機会があって議会に傍聴に行きましたが、議員は男性ばかり。そして年齢層も偏っていると感じました。
働く母親として育児と仕事の両立に難しさを感じた自身の経験を生かし、子育て支援の充実を訴えたいと立候補を決意しました。

最初、立候補にあたって休職を申し出た際、会社側は「前例がない」と制度の利用に否定的でした。
しかし「地域に貢献する」という会社の方針を、政治家の立場から実現したいという思いを伝え、協議を重ねた末、2年間の休職を認められました。

選挙が告示されるおよそ半年前、所属する政党から公認が出る前日から休職しました。退職して、選挙に出ることは現実的に考えられませんでした。

(立候補経験のある女性)
「1度退社してしまうと、育児と仕事を両立する母親をそれまでの条件で雇ってくれる会社はもうないと感じていました。確かに退路を断っていないと言われたこともありましたが、やめるという選択肢をとることはできなかったです」

選挙では落選しましたが、会社員として立候補したことは後悔していません。

(女性)
「従来の地方議会には多様な人の感覚が持ち込まれていないと感じました。会社員も選挙に立候補できる環境を作らなければ、民意が反映されないと思います。誰でも立候補しやすい環境を作ることは、社会課題を解決することにつながると信じています」

会社の側にもプラスに

立候補にあたって、休職しても復職する際の期限を設けていない企業もあります。

全国で子ども向けのスポーツスクール事業などを手がける「リーフラス」では、退職しても、もう一度復職できる「リトライ制度」を設けています。

もともと社員に元アスリートが多く、もう一度現役として競技を再開したい人が現れた場合に利用してもらおうという趣旨で、立候補への利用は想定していなかったということです。
しかし、社員の1人がこの制度を使って市議会議員選挙に立候補し、当選。統一地方選挙に向けてすでに利用を予定している社員もいるということです。

当選した場合、任期に制限はなく、何期か議員として活動したあとでも本人が希望すれば社員として復帰することが可能です。復職した場合には、議員にならなければできない地域の課題などに向き合った経験から、民間の企業がその課題をどのように解決できるか、そのヒントを持ち帰ってほしいと考えているということです。

(リーフラス株式会社 代表取締役 伊藤清隆さん)
「会社の考えは、教育・子ども・地域をスポーツを通してよくしていくこと。選挙に立候補して議員となり、政治の立場から教育・子ども・地域に貢献することは、会社にとってもプラスになり、互いにwin-winの関係を築けると思います。行政と民間が一体となって地域課題の解決に向かうことはこれから必要なことだと感じています。経験してきたことを会社に持ち帰ってきてもらえたらうれしいですね」

立候補への社会の機運を

「立候補休暇」に関する答申を岸田総理大臣に提出した地方制度調査会で副会長を務めている駒澤大学法学部の大山礼子教授は、地方議員のなり手不足解消への一手として制度に期待したいとしています。

(駒澤大学法学部 大山礼子教授)
「立候補休暇は、志がある人が選挙に出るための取り組みの1つとしては有効であると考えています。選挙に当選してからであれば会社をやめるという選択肢も出てきますが、立候補の段階で会社を辞めることは会社員には酷であると思います。企業のほうには負担もありますが、裁判員休暇が世の中で普及しつつあるように、立候補休暇がもっと多くの人が選挙に出ることを応援する空気を社会が作る機運につながると期待しています」

制度があっても使われない?

ただ、立候補休暇制度の導入には課題も多いのが現状です。

関西地方にある建設会社では、投票するための選挙権や立候補するための被選挙権といった、公民権を行使するための休暇を就業規則として制度化しています。
しかし、これまでに実際に立候補のために利用した社員は把握していないということです。

(建設会社 担当者)
「選挙に立候補したいという社員が現れなかったということだと思います。かなり前から就業規則に入っていますが、制度の導入に携わった社員が退職していて経緯の確認ができない。もしこれから選挙に立候補したいという社員が出てきたらこの休暇を用いることになると思いますが、今後の社会の動きによっては制度を再整備する必要があるかもしれません」

実際に立候補休暇制度の“法制化”については、社員の立候補によって労働力を失うことになる企業への負担が大きいなどとして見送られています。

地方自治に詳しい近畿大学法学部の辻陽教授は、法制化に至っていない原因について、選挙運動を終えたとしても、会社員などの場合、仕事との両立が難しい地方議会の特性を指摘しています。

(近畿大学法学部 辻陽教授)
「立候補のときに休暇をとれても、その後当選したら仕事と両立して議員活動をやっていけるのかというと、難しいと思います。現状の地方議会ではかなりの時間をとられることになるためです。平日昼間に議会が開かれることも多く、社員が議会に参加するため仕事を抜けることを認めるのは企業側にとっては簡単ではありません。それも、法制化が進みにくい原因ではないかと考えています」

また、立候補休暇制度だけではなく、地方議員という“職業”のあり方について、改めて議論することが重要だとしています。

「そもそも、地方議員の仕事について、国会議員同様フルタイムの仕事として捉えるべきなのか、それとも限られた議員報酬の額に見合うように議会の業務を見直すべきなのか、議論すべきではないかと考えます。つまり、地方議員として専業化できるかどうか検討すべきだと思っています」

身近な政治の担い手を確保するため、まず多くの人が参加しやすい環境を整備することが多様な人たちの声を反映した政治を実現する第一歩かもしれません。

ネットワーク報道部記者
池田侑太郎
2022年入局。記者1年生。関西生まれ関西育ち。生活や暮らしに関するテーマに関心を持って取材中。