野田元総理“悶絶”の理由
区割り増減で候補者たちは

衆議院の小選挙区数を「10増10減」する区割り改定。12月28日に施行されることが決まり、各政党の候補者調整が本格化している。
選挙区が減る県では難しい候補者調整が予想される。
一方、選挙区が増える地域でも、選挙区が分裂し、“悶絶”する政治家がいる。総理大臣を務めた野田佳彦もその1人だ。
区割りの変更に戸惑い、苦しむ政治家たちの選挙区事情を取材した。

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【千葉】 船橋市が「真っ二つ」

現在の千葉4区で、2000年の衆議院選挙から8期連続で当選を続けてきた、立憲民主党の野田。

この日は、地元の駅前で、みずからの主張や思いを記したチラシを配っていた。
40年続けている駅前での活動。今回のチラシのタイトルは強烈だった。

「悶絶の区割り」

中身には、区割り改定への心境がつづられていた。

「(千葉県の)1増は何とわが船橋市を、東西に真っ二つに分けることにより実現されます。次の総選挙までに、立候補する選挙区を決めなければなりません。(新)4区か(新)14区か、悶絶しながらの選択となるでしょう」

野田の言う分割を船橋市の地図で見てみると、確かによくわかる。
現在4区のある船橋市は、西部(人口約32万人)が新4区に、東部(人口約32万人)が新14区に分かれる。人口もほぼ同じ、まさに「真っ二つ」と言える区割り改定となる。

「東と西、両方とも本当に長い間応援をしてくださる方がたくさんいる。その人たちに支えられて、総理大臣までさせていただいて、今日まで続けていられるわけです。どっちを選ぶって言ったって、そう簡単じゃない。苦悩とかというレベルじゃないですね」

支援者「こっちから」「いや、こっちから」

長年の支援者からも、戸惑いの声があがる。

「大学に行くとき、駅に立っていた政治家からチラシもらったのが野田さんでした。興味がなかった政治を一番最初に身近に感じさせてくれた人で、ずっと名前を書いてきた。もし書けなくなったら寂しい」(新14区在住の40代男性 )

「野田さんは唯一知っている国会議員です。このあたりの駅で長年活動していて、話が上手でなじみもある。できればこちらから出てほしい」(新4区在住の70代女性)

「強い方に私がチャレンジ」

一方、野田は、“悶絶”の先も見据える。
駅前でのインタビューでは、ベテラン政治家としての顔も見せた。

「当然ライバルは自民党だ。自民党の誰が新4区で、誰が新14区なのか、どっちが強いのかを総合的に判断する。まあ相手が強い方に私がチャレンジするのが当然だと思いますけどね。政治生命に関わるピンチかもしれない。でも逆に言うと、両区で2勝できるチャンスでもある」

自民「区割り改定はチャンス」

千葉4区で野田と戦ってきたのが、自民党の木村哲也だ。
小選挙区に3回立候補し、3敗したが、2017年の選挙では、比例復活で当選し、内閣府政務官を務めた。
国政への返り咲きを狙って駅前での演説などを続けている。

「『総理経験者に勝てるわけがない、なんで出るんだ?』『県議を続けて野田さんが年取るまで待てばいいじゃないか?』とか、よく言われました」

衆議院議員の秘書を経て、生まれ育った船橋市の市議会議員を3期、船橋市選出の県議会議員を務めた「たたき上げ」だ。
新4区と新14区どちらから立候補するのか聞いてみた。

「本音を言えば、『野田先生と分かれて』というのはなきにしもあらずですが、違う選挙区をわざわざ選んで出ようとは考えていません。最初から元総理と戦うという覚悟を決めていますから」

自民党内からは、今回の区割り改定を「チャンス」と捉える声もある。

「野田佳彦は1人しかいない。野田さんじゃない人が出る選挙区は絶対に取らないと。可能性は広がった」(自民党県連幹部)

【福島】故郷か、後輩か 悩む元外相

選挙区の分裂に悩む政治家は福島県にもいる。
民主党政権で外務大臣などの要職を務めた、立憲民主党の玄葉光一郎(3区選出)だ。
福島県では、小選挙区が5→4に減る。

「10増10減」の法律が成立した翌日の11月19日。
玄葉は、地元で行われた集会で、支援者を前に心情を吐露した。

「選挙区が真っ二つになってしまい、文字通り、身が引き裂かれる思いだ」

福島県は、去年の衆議院選挙の結果、5つの選挙区のうち3つで立憲民主党の候補が勝利し、全国の中でも野党が強い県と言える。
当選10回の玄葉は、「玄葉党」とも呼ばれる熱烈な支持者を擁し、強固な地盤を築いてきた。

しかし、今回の区割り改定で、玄葉が選出された3区は南北に「分断」。北部は郡山市や田村市からなる新2区に。南部は県西部の会津地方を含む新3区に分かれることになった。
玄葉の出身地は、新2区になる田村市だ。「故郷」を重視すれば、新2区からの立候補を選ぶことになる。

地元の関係者の間では、玄葉は新2区から立候補するとの見方が強い。

「玄葉さんが特に強いのは、地元の田村市や須賀川市だ。そこが含まれる新2区で戦うのが自然な話だ。逆に、新3区は、新たに会津が含まれ、そこで戦うのは大変だ」(地元選出の県議会議員)

気にかける「後輩」

一方、玄葉が気にかけていたのは「後輩」のことだった。

「2区には、私と同じ松下政経塾出身のかわいい後輩で、私と同じ29歳で当選した馬場雄基くんがいる。誰かを追い出すような結果にならないようにしないといけない」

玄葉と同じ立憲民主党の馬場は、去年の選挙で、2区から立候補。小選挙区では敗れたものの、比例代表東北ブロックで復活当選した。
この衆院選では全国最年少の29歳での初当選で、初めての平成生まれの国会議員だった。

「民主党政権時に玄葉先生は外務大臣で、僕は学生だった。すごい方がいるなと思って見ていた。松下政経塾では、地域の復興や再生をやりたいという志を審査してもらった。衆議院選挙に声をかけてもらい、育ててもらった」

玄葉が新2区から立候補すれば、馬場を「追い出す」ことになりかねない。
故郷か、後輩か、心は揺れていた。

「活動の重心をどちらに置くのかを早い段階で決めていかないと、次の選挙に対応できない。各地区の後援会を丁寧にまわって、いろいろな意見を聞いて、私の判断で決めなければならない。最終的には、お任せいただきたい」

自民・玄葉と戦うのはどっち?

一方の自民党。玄葉の3区からは上杉謙太郎(比例東北ブロックで復活)が立候補を続けてきた。
新2区の主要都市・郡山市のある2区には、当選9回の現職、根本匠がいる。
玄葉の動向も見ながら、候補者調整が本格化することになる。

【岡山】選挙区が2倍に

「分裂」する選挙区の候補者たちを見てきたが、選挙区が広がる候補者たちは別の苦悩を抱えている。

今回の区割り改定で選挙区が5→4に減る岡山県。現在はすべての選挙区を自民党が占める。
ここでわれわれが注目したのは、これまでの3区と5区の大部分で構成される「新3区」だ。

現在、この地域では3人の衆議院議員が活動している。

▽平沼正二郎(岡山3区・当選1回)
祖父は元総理の平沼騏一郎、父は元経済産業大臣の平沼赳夫という政治家一家に生まれる。 前回の衆議院選挙に無所属で立候補し、初当選。自民党が追加公認。

▽阿部俊子(比例中国ブロック・当選6回)
2005年の「郵政選挙」で、平沼赳夫への対立候補として擁立される。赳夫には4 回にわたって敗れるも、前々回は正二郎に勝利。前回は敗北し比例復活。

▽加藤勝信(岡山5区・当選7回)
官房長官や厚生労働大臣を歴任するベテラン。農林水産大臣などを歴任した義理の父・ 六月の秘書を経て、政界入りした。比例代表を経て2009年に5区に移る。

自民党は、この3人から、新3区の候補者を選ぶ方針だ。
地元の3陣営の事務所や後援会を取材すると、「もし選ばれてもその先が大変だ」と、新3区ならではの悩みを語った。

海も!山も!広すぎる選挙区

新3区は岡山県の面積のおよそ7割(4845平方キロメートル)を占め、現在の3区の1.5倍、5区の2.1倍に及ぶ、広大な選挙区だ。
これまでの態勢では、選挙区全域を回り、有権者の声を聞くのは難しいという。

「新3区の端から端まで行ったことはないが、2時間以上かかるのではないか。市町村ごとに後援会を作っているが、一気に増えるため、いままでやってきた態勢がとれるのか、不安だ」(加藤勝信の地元秘書・杉原洋平)

海も!山も!1人では…

さらに、ただ面積が広くなるだけではない。

選挙区には、瀬戸内海に面する笠岡市、中国山地の中心都市の津山市など18市町村が含まれる。
瀬戸内海では環境保全や、漁業の振興。山間部では農作物をあらす鳥獣対策や、過疎化の問題など、抱える課題はそれぞれある。

「歴史的にも文化的にも、そのつながりがなくなってしまう。沿岸部から山間部まで広く課題もそれぞれだ。全く異質なものを1人の政治家が見るのは大変だろうし、政治のコストが上がってしまう」(平沼正二郎の後援会長・長崎信行)

関係者の中からは、人口だけで区割りを決める今の仕組みへの疑問の声も上がった。

「1票の格差は是正されたが、面積で考えると、とんでもない広さになってしまった。実際、こんなに広い地区で選挙と言われても大変だ。人口割だけが本当にいいのか」(阿部俊子の後援会長・小泉立志)

立民も「新3区に擁立」

岡山の3区と5区には、これまでの選挙で立憲民主党も候補者を擁立してきた。新3区にも候補者を立てたいとして、県連代表の柚木道義を中心に調整を進める方針だ。

調整本格化へ

新たな選挙区の候補者について、自民党は地方組織の調整を踏まえた上で決める方針だ。
一方、立憲民主党は年内には決めたいとして地方組織と議論を始めた。
今後、各党内で調整が本格化することになる。

次回の衆議院選挙で、それぞれの選挙区ではどんな顔ぶれでの対決となるのか。幅広い有権者の声を聞き、国政に反映させることはできるのか。新たな区割りで何が起きるのか…
(文中敬称略)

千葉局記者
金子 ひとみ
2006年入局。いったん退職し、2018年に4年ぶりに再入局して千葉局。千葉県内の政治を追って5年目。船橋市西部在住。
政治部記者
潮 悠馬
2017年入局。福島放送局が初任地。警察担当や会津若松支局を経て、福島県政担当。会津産のコメと酒を愛す。2023年8月から政治部官邸クラブ。
岡山局記者
山田 俊輔
2017年入局。初任地の静岡局ではラグビーW杯や東京五輪の自転車競技を取材。去年岡山局に異動し、主に岡山市政やスポーツを担当。
岡山局記者
遠藤 友香
2019年入局。2022年夏まで倉敷支局に2年勤務し、西日本豪雨の復興に向けた動きなどを取材。現在は岡山市政と経済を担当。
政治部記者
青木 新
2014年入局。大阪局を経て2020年から政治部。総理番と外務省担当を経験したのち、ことし8月から野党担当。
政治部記者
阿部 有起
2015年入局。鹿児島局、福岡局を経て政治部。総理番、厚労省担当を経験し、現在、総務省担当。「10増10減」法の国会審議を取材。