この春、あなたもどうですか。
「選挙漫遊」のすすめ

選挙の新たな楽しみ方を伝える記事のタイトル

この春、とっておきの旅のプランを提案したい。
その名も「選挙漫遊」
4月の統一地方選挙にあわせて、各地の選挙戦を見に行くのだ。
難しい情勢や政局なんて、わからなくても全然オーケー。
候補者の演説を見て回りながら、各地のうまい料理や酒を楽しむだけでいい。
「選挙漫遊」ということばの生みの親と、旅を楽しむ方法を探る。
(谷井実穂子)

「選挙漫遊」生みの親

「選挙漫遊」とは、投票権を持たない地域で行われる選挙を、スポーツみたいに観戦しに行く旅のこと。
そのことばの生みの親、かつ提唱者が、写真の中で名古屋名物の手羽先を食べている、畠山理仁(みちよし)だ。

手羽先食べる


実はこの人、“選挙通”界わいでは、ちょっと知られた存在だ。
フリーライターで、1人で全国各地の選挙戦を取材しているのだが、特徴的なのは、その方法。全国的な知名度があるような政治家も無名の新人も、同じように取材し、動画配信サイトなどで伝えている。
特に、政党や組織からの支援を全く受けない候補者を「無頼系独立候補」と呼び、そのユニークな戦いぶりを紹介する本も執筆している。
畠山に取材してほしいという候補者も少なくないという。

いざ「選挙漫遊」へ

その畠山が、2月5日投開票の愛知県知事選挙の取材兼「漫遊」をするというのだから、同行取材、いや、同行漫遊をするしかない。
名物の手羽先で前夜祭を行ったのち、1月19日の告示日に漫遊に同行させてもらった。
「選挙漫遊」のポイントは、ただ1つ。すべての候補者に会うことだ。

その理由を畠山はこう語る。
「選挙に出る人は魅力的だから、最初に会った人を大好きになって、その人しか見なくなる人が多いんです。それは結構、危うくて、もっと(自分にとっての)マッチ度が高い人が、ほかにいるかもしれない。だから全員に会うんです」
「それに選挙に出る人は、みんな強烈です。社会には、自分の思っている“普通”と全く違う人たちがたくさんいることを短い期間に一気に体験できる。こんなにすばらしい“アトラクション”はないと思います」

愛知県知事選挙に立候補したのは、届け出順にこちらの6人。
▽無所属の新人で医療コンサルティング会社経営の安江朗。
▽無所属の新人で元愛知県春日井市議会議員の末永啓。
▽諸派の新人で経営コンサルティング会社代表の山下俊輔。
▽無所属の新人で薬剤師の上原俊介。
▽無所属の新人で共産党が推薦し社民党が支持する政治団体代表の尾形慶子。
▽無所属の現職で自民党愛知県連、立憲民主党、公明党、国民民主党が推薦する大村秀章。

愛知県知事選候補6人のポスター

この6人と会うことが今回の漫遊のミッションだったが、畠山が緻密な日程を組んでくれたこともあって1日で達成できた。

実際の漫遊日程がこちら

朝7時、名古屋市内の宿泊先のホテルでビュッフェ朝食。名物のひつまぶしや、きしめんなどをがっつり食べていざ、出発。
移動は基本、畠山の車に同乗させてもらった。
①08:30 立候補の届け出の受け付け開始。
「届け出順」を決めるための抽選を見学 (愛知県庁)
(※部屋の中には、畠山も私も記者証を見せて入室)
②09:00 安江朗 街頭演説、立ち話 (愛知県庁前)
③09:30 上原俊介 街頭演説、立ち話 (愛知県庁の道向かい)
④10:30 大村秀章 街頭演説 (名古屋市中区錦)
⑤11:00 尾形慶子 街頭演説 (名古屋市中区新栄)
⑥12:00 選挙事務所“アポなし訪問” (名古屋市中区錦)
⑦12:30 山下俊輔 街頭演説、立ち話 (名古屋市中区栄)
⑧13:30 末永啓 街頭演説、立ち話 (名古屋市中区大須)
14:00 名古屋発祥のラーメンチェーンで遅めの昼ご飯 (名古屋市中区大須)
⑨16:30 大村秀章 立ち話 (岡崎市・東岡崎駅前)
18:00 名古屋市内着
畠山は名古屋在住の友人たちとの飲み会へ。
⑩私は名古屋駅でみそカツ丼(と生ビール)を満喫して帰路に。

実際に漫遊したルート

街頭演説は「ファンミ」!?

漫遊では、候補者の街頭演説を見に行くことがベースとなる。

「候補者が一方的にしゃべっているのを聞くだけじゃないの?」と思うかもしれないが、あなどるなかれ。実際はかなり「交流重視型」だ。

演説中に、拍手や「そうだ!」といった合いの手が入るのはもちろん、演説のあとに、写真を撮ったり、話をしたりする時間が設けられていることが多い。

アイドルのイベントで例えるなら、歌やダンス中心の「ライブ」ではなく、観客とのふれ合いに重きを置いた「ファンミーティング」に近い。
“推し”と無料でこんな風に交流できたら、どんなに幸せか…。

それはともかく、日程に書いた「立ち話」とは、文字どおり候補者と立って話すこと。
街頭演説を「ファンミ」っぽくさせている、大きな要因だ。

演説のあとに声をかけると、候補者は必ず立ち止まって会話に応じてくれた。

小型のカメラで撮影しながら話していたので、畠山の場合は「インタビュー」と言った方が正確なのかもしれないが、あの気軽さはやっぱり「立ち話」。

末永と畠山


結果として、1日で5人の候補者と「立ち話」をすることができた。
唯一、できなかった尾形慶子も、こちらに時間の余裕がなく、声をかけられなかっただけ。翌日も漫遊を続けた畠山は、しっかりと「立ち話」をしたそうだ。

もちろん、現職知事の大村秀章も例外ではない。
畠山が声をかけると、大村は近くにいたスタッフに名刺を持ってくるように指示。
愛知土産に知事の名刺をゲットしてしまった。

大村は「愛知県民の皆さんに熱量が伝わるように訴えていきたい」などと語ってくれた。

大村と畠山

どうして候補者たちは、フレンドリーに対応してくれるのか。
その理由を畠山に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「そもそも政治家になろうという人は、人の話を聞く姿勢は持っていないといけませんよね。それに選挙中は、ひとりでも多くの人に自分のことを知ってもらおうと強く意識するから、こちらからすると話がしやすいんです」

何を話せばいいか、わからないという人は、演説でわからなかったことを聞いてみるのがおすすめだ。「さっき言っていた、あの政策って、どういうことですか?」という畠山の質問に、熱心に答える候補者の姿を何度も目にした。

できたてほやほやの選挙ビラ

思いがけない場面に出くわすのも漫遊のだいご味だ。

ふだんは薬剤師をしていて、今回の選挙が“デビュー戦”だという上原俊介。
演説を終えたあとに、畠山が「ビラをもらえますか」とお願いすると、慌てた様子だ。

選挙ビラは「証紙」と呼ばれる専用のシールを貼らないと配ることができないが、この時、上原はまだ貼っていなかった。
上原は、「ちょっと待ってくださいね」と言いながら、路上に座り込み、「証紙」を貼って、その場にいた人たちに配り始めた。

ビラを用意する上原

30枚くらいしかないという貴重なビラの1枚をもらうのは、ちょっと申し訳なくもあったが、できたてほやほやの選挙ビラをゲットすることができた。

なんだ、あの選挙事務所!

名古屋市内を運転していた畠山が、突然、叫んだ。
「何ですか!あの選挙事務所は!大阪の『くいだおれ太郎』みたいじゃないですか!」

目線の先にあるのは、大村の選挙事務所。
赤と白の縦じまのデザインで、とても目立っている。そして確かに、あの看板人形に似ている。

「どうして、あのデザインにしたのか、事務所の人に聞いてみましょう」
近くのパーキングに車をとめて、選挙事務所に“アポなし訪問”した。
門前払いを受けるのではないかとハラハラしたが、事務所のスタッフは歓迎してくれた。

大村の事務所スタッフと会話

畠山によると、選挙事務所にいる人たちは、自分の“推し”の候補者の良さをたくさんの人に知ってもらいたいと思っているので、突然の訪問もウェルカムなことが多いんだとか。
「事務所の外観、派手ですよね」と畠山が言うと、「え?派手ですかね?」とスタッフ。

いやいや、派手ですよ!

その後、このデザインは、紅白の幕をイメージしたものなのだと教えてくれた。
「くいだおれ太郎」は関係なかった。

“ギャップ萌え”候補者

漫遊を進めるうちに、「選挙に出る人は強烈」と畠山が言っていた意味が、なんとなくわかってきた。
山下俊輔は、日の丸を描いた街宣車を背景に演説を行っていた。
「愛知県からニッポンを断固守っていこう」などと何だか勇ましい。

ところが、演説が終わってマイクを置くと様子が一変。
満面の笑みで「元気が取り柄です」などと言っている。すごいギャップだ。

山下と畠山

今回が3回目の選挙戦ということで、選挙に出るのは楽しいものなのかと尋ねてみると「出てみられたら、わかると思いますよ。一度、この感覚をご体感ください」との回答が。
そして「どうですか?どうですか?」と、何度も立候補をすすめてきたのだった。

家族が見守る中で

とは言え、実際に選挙に出るのは、多くの人にとって簡単ではない。

都道府県知事選挙の場合、300万円の供託金を納める必要がある。
ただ、畠山によると、お金以上に高いハードルとなるのが、家族の存在で、家族の反対で立候補を断念する人も少なくないという。実際、今回の候補者の中にも「家族に『恥ずかしいからやめておけ』と言われた」という人もいた。

そんな中、安江朗は、今回、初めて選挙に出て、立候補の届け出や街頭演説を妻と2人の子どもが見守っていた。

安江の妻に反対しなかったのか尋ねると、最初はやはり反対したのだという。
「最初に聞いた時は『何を言っているのか』という感じでした。でも、だんだんと『本気なのかしら』と思うようになって。主人から『応援してもらいたい』と言われた時に、自分が応援しないとほかに応援する人がいないと思ったんです」

安江は演説で、愛知県議会の名称を「愛知県民生活向上委員会」に変更するなど、ユニークな政策を訴えていた。
だが、緊張のせいか、時折、ことばにつまってしまう。
そのたびに妻の方を向き、にこっと微笑む。

安江の演説を見守る妻

しばしの沈黙の間、見つめ合う2人…。

なんともラブラブだった。

漫遊のその先に

畠山の案内のもとで選挙漫遊をどっぷり楽しんだ1日の終わり、あることに気づいた。

愛知県政について、めちゃくちゃ詳しくなっているではないか。

私自身は「くいだおれ太郎」と同じ大阪に住んでいて、愛知とは、縁もゆかりもない。
愛知県政に関する知識など、ほぼ皆無だった。
ところが、6人の候補者の話を聞いたことで、愛知県の課題や政策にとても詳しくなっていたのだ。

愛知経済の活性化策や少子化対策。
新型コロナへの対応をはじめとした大村県政の是非…。

畠山によると、これは“漫遊あるある”なのだそう。
「選挙は、地域の課題や政策のことを、ずっと考えているオタクみたいな人たちが、『このアイデア、どうですか?』と一斉に持ち寄る、いわば政策の見本市です。だから、すべての候補者の訴えを知れば、急激に政治に詳しくなるのは当然です」

なるほど。
だけど、大阪府民が愛知のことに詳しくなって、一体、何になるというのか。

私の心を見透かしたかのように、畠山はこんな話をしてくれた。
「候補者の訴えの中には、『これはいい』と思う政策があったかもしれない。そういうものは持ち帰って、自分が住む地域で応援したい候補者が出てきた時に、『こんな政策はどう?』と教えてあげたらいいんです。もし、その人が、運良く当選したら、実現してくれるかもしれないじゃないですか」

つまり、良さそうな政策はパクって自分の住む地域で実現してしまおう、ということか。漫遊をしてみて、候補者と気軽に話せることがわかった今、政策を提案してみることも、案外できそうだ。

そして、畠山は「選挙漫遊」を提唱する理由を、選挙や政治を大縄飛びに例えて、こう語った。
「みんな縄への入り方を知らないし、入るようにすすめられもしない。その話はタブーみたいな雰囲気もあるから、入りにくい。だけど、思い切って縄の中に入ってみたら、自分の望む社会に近づけることがきっとできる。だから僕は、みんなに入り方を知ってもらいたいんです」

畠山さん

愛知県知事選挙は、現職の大村秀章が4回目の当選を果たした。

来たれ「選挙漫遊士」たち

漫遊をしてみたいけれど、何から始めたらいいの?
そんなあなたに、畠山直伝の「選挙漫遊の手引き」を伝授したい。

▽まずは狙いの選挙を定める。初心者は「知っている候補者」がいる選挙を選ぼう。
知っている人を基準に、ほかの候補者を見比べられるからだ。
▽選挙日程にあわせて、漫遊日程を決める。
今回のように1日で6人の候補者に会うのは結構ハード。食事や温泉も楽しみたいなら 、2日は確保したいところ。
▽候補者のホームページやSNSなどで演説の予定を調べ、どうまわるか日程を組む。公開されていない場合は、選挙事務所に電話やメールで問い合わせてみよう。
▽あとは実際に行って楽しむのみ!

ちなみに私が住む大阪でも、4月の統一地方選挙で、大阪府知事と大阪市長のダブル選挙が行われる。「選挙漫遊士」たちの襲来を首を長くして待っている。
(文中敬称略)

谷井美穂子記者
大阪局記者
谷井 実穂子
2008年入局。政治部などを経て2021年から大阪に。好きな漫遊メシは熊本の「からしれんこん」。