人口獲得大競争 私たちが自治体を“選ぶ時代”に?

いよいよ始まった4年に1度の統一地方選挙。
NHKは、地方の「いま」について、全国1788の知事、市区町村長を対象とした初めての大規模アンケート調査を行い、9割を超える1664人から回答が寄せられた。つづられた自治体トップのやりがいや悩み、そして本音。
アンケート結果をもとに、地方の課題を探るシリーズ。
3回目は「激化する自治体間競争」。現場を取材した。
(西林明秀、並木幸一、阿部有起)

【リンク】第1回・「廃止もやむなし」4割超 老朽インフラどうしますか?
【リンク】第2回・ふるさと納税 激化する競争 税の奪い合い?

人口減少時代「競争は激しくなっていますか?」

2022年に生まれた子どもの数は79万9000人余り(厚労省発表)。統計開始以来、初めて80万人を下回り、想定を上回るペースで少子化が進む日本。
人口減少をどう食い止め、財源をどう確保するのか。自治体ごとの個性がより浮き彫りになる時代に入っているのではないか。
そこで、アンケートではこう聞いてみた。

「あなたは、今、自治体間の競争が激しくなっていると思いますか」

グラフ:自治体間の競争は激しくなっているか

そう思う 42.6%
どちらかといえばそう思う 36.4%
どちらかといえばそうは思わない 17.2%
そうは思わない 2.8%
無回答 1.0%

「そう思う」「ある程度そう思う」を合わせるとおよそ8割に上る。
そう回答した自治体に「具体的にどのような競争が激しくなっていると考えるのか」自由記述で答えてもらった。記述欄を分析すると。

登場するワード「人口」「ふるさと納税」「移住」 「返礼品」「子育て」「支援」「減少」「定住」「地域」「確保」 

「人口」が最も多く使われ、次いで「ふるさと納税」「移住」「返礼品」「子育て」といったワードが多く登場した。「ふるさと納税」や「返礼品」というワードは、自治体の収入に直結する問題だ。
この問題は、前回の特集をお読みいただきたい。

【リンク】ふるさと納税 激化する競争 税の奪い合い?

今回は「人口」「移住」というワードに着目した。
コロナ禍で高まったと言われる移住熱。自治体間の「移住者獲得競争」がヒートアップしている。

移住先は「3つの自治体から選ぶ」

千葉県鎌ケ谷市に住む石井祐也さん(28)・帆乃花さん(28)夫婦。祐也さんは建設会社で高速道路の補修などの仕事をしている。3歳の娘がおり、帆乃花さんは現在2人目を妊娠中だ。

仕事に追われる生活に疑問を感じた2人は、コロナ禍も後押しし、豊かな自然の中で子どもと向き合う時間を増やしたいと、移住を本格的に検討し始めた。

(祐也さん)
「大きな理由は2人目の妊娠がわかったことです。『子育て移住』というスタンスで移住先を探したいです。子どもが過ごす場所というのを優先して考えています」

夫婦は、複数の自治体のパンフレットを取り寄せ、東京などで行われる移住説明会に何度も足を運んだ。

移住先の候補を、実家のある静岡市から“ほどよく離れた”3つの自治体に絞り込んだ。
最後は自分の目で見て決めようと、週末を利用して、家族で、一泊二日の移住先候補自治体の見学ツアーを決行した。待っていたのは、自治体の「アピール合戦」だった。

候補① 小山町「子育て政策に力を」

最初に訪れたのは、富士山のふもと、静岡県東部の小山町

案内した小山町の担当者がPRしたのは「子育てのしやすさ」。医療費や給食費が無料で、子育て世帯に優しい町の方針を説明した。
町内の子ども園も見学。比較的新しく、都会では考えられない敷地の広さも魅力だ。

(帆乃花さん)
「とにかく広くて、今生活している環境からすると、こんなところ日本にあるんだなというくらい。田舎のイメージで来たら施設がすごくきれいで、町が新しいことをしようとしているのがすごくよくわかる」

候補② 富士宮市「都市部へのアクセス」

午後には2つ目の候補地、富士宮市を訪れた。

写真:静岡県富士宮市

案内してくれた市のコーディネーターが強調したのは「交通の利便性」だ。富士宮市中心部から新幹線の駅「新富士」まで車でおよそ20分。そこから東京までおよそ1時間で行ける。新幹線通勤をする人には駅近くの駐車場料金として、年に最大10万円の支援も行っている。静岡市までなら車や電車で1時間だ。

候補③ 川根本町「住宅支援が充実」

2日目に訪れたのは内陸部に位置する川根本町。町のセールスポイントは圧倒的な自然と住環境だ。絶景の吊り橋やSLが走る大井川鐵道はSNS上でも人気だ。

写真:静岡県川根本町

町の移住コーディネーターの案内でこの日は空き家を見学した。家賃は4万円。現在の千葉県のアパートのおよそ半額だ。
さらに、移住者などを対象に月額2万円の家賃補助も始まるという。

(帆乃花さん)
「どの自治体も熱意はあって、移住しに来てほしいんだなという気持ちを感じた。3つの地域で特色が違う。情報は十分もらったので、どこの部分を大事にしたいかで決めたい」

石井さんたちは、3つの自治体から最終的に選び、この夏にも移住する予定だ。

「マッチング」が大事に

移住希望者の相談などにあたっている、東京・千代田区のNPO「ふるさと回帰支援センター」。コロナ禍で相談件数は増加傾向にあり、去年は初めて5万件を超えた。

自治体の場所だけでなく、支援策などの情報を入念に調べ、移住先を選ぶ人が増えているという。

「ふるさと回帰支援センター」稲垣文彦 副事務局長

(「ふるさと回帰支援センター」稲垣文彦 副事務局長)
「どういうライフスタイルを送りたいか。例えば子育てしやすいところというのがあればネットで情報を調べ、相談で確認したりだとか、そういう方も多いです。自治体の特徴のPRもすごく大事なんじゃないでしょうかね」

移住促進策 効果は?

自治体が力を入れる「人口獲得」への施策。どの程度効果を上げていると考えているのか。アンケートでは質問をぶつけてみた。

「あなたの自治体で行っている移住促進策は、どの程度成果を上げていますか」

グラフ:移住促進策の成果

大いに上げている 5.2%
ある程度上げている 56.4%
あまり上げていない 29.2%
まったく上げていない 1.4%
移住促進策は行っていない 6.7%
無回答 1.1%

6割以上が効果を上げているとした一方、3割が上げていないと回答。
移住熱を取り込み、転入者の増加につなげたい。試行錯誤が繰り広げられている。

“競争疲れ” 自治体からは悲鳴も

ただ、アンケートからは“競争疲れ”もかいま見えた。
「競争が激化している」と答えた自治体の自由記述欄を見ていると、悲鳴に似た声も聞こえてくる。

「人口減少という言葉から、移住、出生率などの数値。住民への暮らしの安全確保より、数値化しやすい施策が注目される点に危機感を持っている。マスコミのつくる暮らしやすさに踊ってはいけない」(中部地方 町長)

「子育て世代の争奪戦。自分もやっているが、近隣の自治体で人口を奪い合っても根本的解決には繋がらない」(九州地方 市長)

「人口減少やコロナ禍を契機とした価値観の変化が進む中、限られた財源の中で多くの人、事業者に選ばれる施策を打ち出せるか、また、いかに多くの方に認知され魅力を感じてもらえるようPRするかの競争だと考える」(東海地方 市長)

自治体間競争の功罪は?

地方自治に詳しい北海道大学の宮脇淳名誉教授は、自治体間競争の激化による功罪両面をこう分析する。

写真:北海道大学 宮脇淳名誉教授

「『あの町はここまでやっているのに、この町はできていない』といったような感覚は、競争が激しくなったからこそ感じられるようになった。行政や議会側も、住民のニーズに応えるべく、試行錯誤を欠かさなくなった。ただ、人口を取り合う競争は、最終的に勝者・敗者が生まれ、潰し合ってしまうのは悪い競争だ」

人口増を目指さない「適疎」という生き方

自治体間競争が激しくなる中、人口を増やさないという方針を立てた町がある。
北海道のほぼ中央に位置する、東川町、人口およそ8500人の町だ。

写真:北海道東川町

15年ほど前から、「人口を増やすことだけがまちづくりのあり方ではない」として、みだりに人口を増やすための政策を打ち出すことをやめた。
いまは、人口を「8000人前後」に維持することを、総合戦略の目標に掲げている。

町は、この考え方を「適疎」(てきそ)と名付けた。
過疎でも過密でもない、「適当に疎」がある町こそ、住民が豊かに過ごすことが出来ると考えている。

大雪山のふもとで自然豊かな景観があり、旭川空港も近い。移住希望者への人気も高く、連日、「東川に住みたい」という連絡が相次いでいる。もっと住宅を増やせば、人口増にはつながる。しかし、町は、移住希望者に対し、「部屋に空きが出るまで待ってください」と伝えている。おおむね半年程度「待つ」必要があるという。

「適疎」を打ち出した松岡・元町長は、3月末で退任した。退任を前にこう語った。

写真:東川町の松岡元町長

「お互いの顔が見えて、名前を呼び合って、会話が弾むようなコミュニティ社会を目指した結果、『適疎』という言葉にたどりついた。競わないまちづくりが正しかったかどうかは、10年後、20年後にわかると思う。争った結果、人口が多かったり増えたりすることだけに、価値があるのか。あなたの町にとって大切なものは何か、いま一度考えてほしい」

選挙プロジェクト記者
西林 明秀
2015年入局。松江局、沖縄局を経て2023年から報道局選挙プロジェクト。
政治部記者
並木 幸一
2011年入局。山口局から政治部。官邸、野党担当などを経て、現在厚生労働省を担当。
政治部記者
阿部 有起
2015年入局。鹿児島局、福岡局を経て2021年から政治部。今夏から野党クラブ所属。趣味はツーリング。