ふるさと納税 激化する競争
税の奪い合い?

統一地方選挙を前に、NHKは、地方の「いま」について、全国1788の知事、市区町村長を対象とした初めての大規模アンケート調査を行った。9割を超える1664人から回答が寄せられ、そこには自治体トップのやりがいや悩みなどたくさんの本音がつづられていた。

アンケート結果をもとに、地方の課題を探るシリーズ。
2回目は「ふるさと納税」だ。

【リンク】第1回 橋や道路…「廃止もやむなし」4割超 老朽インフラどうしますか?

ふるさと納税 プラス?マイナス?

制度が始まって15年がたつ「ふるさと納税」。
寄付額は年々増加し、昨年度は開始時の100倍となる8300億円を超えた。


しかし高額な返礼品で寄付を集める自治体が相次ぐなど、この制度はたびたび議論の対象になってきた。

アンケートの自由記述欄からは、「ふるさと納税」に対する自治体トップの向き合い方に温度差があることがうかがえる。

制度をうまく活用しようという肯定意見はこうだ。

「返礼品も含めて、いい意味で競争が激しくなっていると考える」(福島県会津坂下町・古川庄平町長)

「多くの人が注目する市場になっている。魅力的な返礼品を開発できれば、町の認知度を上げられるチャンス」(岐阜県八百津町・金子政則町長)

「それぞれが切磋琢磨することで各自治体の魅力向上につながっていくこともある」(三重県紀北町・尾上壽一町長)

一方、「ふるさと納税」への疑問や、自治体間の格差を指摘する声も多く見られた。

「成功しているところは、ネットショップ化している。疑問を感じながらも、貴重な財源としてさらなる努力をしている」(岐阜県下呂市・山内登市長)

「自治体間でふるさと納税の収入が違い、勝ち組、負け組ができてきている」(岡山県総社市・片岡聡一市長)

「山の幸は海産物に比べて厳しい。小規模事業者が多く、メニューは多いが額は少ない」(広島県世羅町・奥田正和町長)

では、全体の傾向はどうなっているのだろう。
「ふるさと納税」はプラスとマイナス、どちらの影響が大きいと思うか、アンケートで聞いてみた。

ふるさと納税の影響聞いたグラフ


その結果、「プラスの影響」は69.1%、「マイナスの影響」が15.0%、「どちらともいえない」が15.4%。
自由記述では、「ふるさと納税」の現状への疑問を投げかける意見が多かったが、全体を単純に足し上げると「プラス」と好意的にとらえている自治体が多かったことになる。

しかし、結果を詳しく見てみると、自治体の規模によってまったく考え方が違うことが分かった。

プラスの影響と回答したのは、
政令市を除く「市長」が67.5%、「町長」が74.1%、「村長」が80.7%。
自治体の規模が小さくなるにつれて、プラスの割合が高まっていく。

一方、人口規模の大きい「政令指定都市」ではプラスがわずか5.0%。
東京23区で「プラス」はゼロだった。(無回答の2区を除く)

なぜ自治体の規模でこんなに差が?

なぜこれだけの差が出るのか。
「ふるさと納税」は、寄付した金額のうち、自己負担の2000円を除く部分について、所得税や住民税が控除される=差し引かれる制度だ。本来は自分が住む自治体などに納める税金が、寄付という形で別の自治体に入ることにもなる。

ふるさと納税に詳しい慶応大学の保田隆明教授は、人口規模が大きいほど、制度上、どうしてもマイナスの影響が出やすいと指摘する。

慶応大保田教授

たとえば人口が5000人の町なら、全員がほかの自治体に寄付しても出て行く額は限られる。一方で20万人、30万人いる自治体で、大半がふるさと納税で寄付してしまうとそれだけ税金が流出していってしまう。規模が小さい自治体ほどマイナスになりにくい制度なので、全国の自治体の規模感を考えると、アンケートの結果は妥当なのかなと思う

“プラス”を感じる首長は

現場の実情はどうなっているのか。
「プラス」と回答した自治体の1つ、鳥取県の江府町を訪ねた。江府町は人口がおよそ2600人と県内で最も少なく、中国地方最高峰の「大山(だいせん)」のふもとにある町だ。

島根県江府町の景色

この町が今年度集めた寄付額は約5億4700万円。(2023年2月末現在)
4年前の1057万円と比べると、なんと50倍以上に増えている。

アンケートに回答してくれた白石祐治町長に話を聞くと、その大きな理由は、地元の魅力である奥大山の「天然水」に気づいたことだと教えてくれた。

白石町長

「奥大山の水は本当においしく、ふるさと納税で多くの人に知ってもらった。地元にとっては誇りというか、自分たちの町には世の中から評価されるものがあるんだと、そういう自信にはつながった」

町が「水」に力を入れるきっかけとなったのは、水道から出る水がおいしいことに感動を覚えたという東京から移住した職員だった。「せっかくある宝の持ち腐れだな」と考えたこの職員は、「ふるさと納税で水を推していきたい」と提案。ただ、地元出身の職員からは「水で大丈夫か」と疑問の声も上がったという。

返礼品の水

それでも、予算が限られる中で、ふるさと納税のサイトでの紹介を、移住者の職員を中心に自分たちで制作。写真や文字にも工夫を凝らし、水の魅力がPRできるよう取り組み、返礼品を取り扱う仲介サイトも大幅に増やした。町長が「手作り感」と表現する工夫で、寄付額の大きな増加につながった。

寄付による財源を生かして、町は、今年度から町に1校ある義務教育学校の給食の無償化を実現したほか、家庭学習を後押ししようと小学生から高校生までの子どもがいる家庭でWi-Fiを使ったインターネット使用料を補助するなど、住民サービスの向上につなげている。
さらに地元では、水と組み合わせる形で、地域のさまざまな商品をふるさと納税の返礼品にしようという動きが活発になるなど、地域の活性化にもつながっているという。

職員たち

昨年度の決算ベースで、ふるさと納税による寄付額は、町の一般会計の歳入全体のおよそ10%に達したという。白石町長は、「ふるさと納税」について「制度がある以上、うまく使って町のためになるようにしたい」と考えている。

「町のことを知っていただくというのが前提なので、そういう意味でものすごく意味のある制度だと思う。ただ、あまり頼りすぎるのもいけないので、政策の基盤のところというよりは、どちらかというと、町の未来への投資になるようなことに、いただいた寄付を使っていくようにしたい」

保田教授は、江府町のように、自治体が自分の力で地元の魅力を再発見していくことも、制度がもたらした効果の1つだと指摘する。

今までの地方創生はやはり国にやってもらってという意識が非常に強かった。そこに対して、ふるさと納税は自分たちで自走するんだって意識を植え付けた。地域の人にとって当たり前のことが、都市部の人から見たら魅力的だということは結構ある。最終的には地域に自信を取り戻す、これをふるさと納税という制度でうまくやっていこうということではないか

マイナスなのはなぜ?

一方、マイナスの影響と回答した自治体では何が起きているのか。制度の弊害の1つとして指摘されるのが、住民税の控除、つまり自分が住む自治体に納めるはずの税金が差し引かれることによる都市部からの税金の流出だ。

こちらは、総務省がまとめた、今年度の住民税が減収する見通しの自治体を、額が多い順にまとめた図だ。

最も多いのは横浜市で230億900万円。次いで、名古屋市が143億1500万円、3位は大阪市で123億5900万円などと、政令指定都市や東京23区が上位20自治体を占めていて、これらだけで、住民税の控除による減収の25%を占めている。

こうした状況をどう受け止めればいいのか。地方自治に詳しい法政大学の土山希美枝教授は次のように指摘する。

法政大学土山教授

税金というのは、その地域に住む人々にとって必要不可欠なことを行うためのもので、自治体の失政というわけでないのに、その税金が流出することを制度として認めてしまっていることが大きな問題だ。これにより本来できたはずの政策ができなくなってしまう、ということをしっかりと考えないといけない

競争に加わりたくない

住民税の減収見通しが大きい20の自治体のうち、8つの区が入っている東京23区。特別区長会として制度の抜本的な見直しを求めている。今年度、23区の住民税の減収見通しはあわせて704億円にのぼる。今後、住民サービスの低下につながりかねないと強く指摘している。

練馬区前川区長

23区の1つ、練馬区の前川燿男区長を訪ねた。
アンケートでは「返礼品争いなどは本来の行政のあるべき姿からかけ離れた競争が見受けられる」と回答。その真意を聞くと。

「住民が税金を負担し、その対価としてサービスを受けるという、地方自治や民主主義の根幹のあり方を、この制度が破壊してるからだ。この制度を導入した国の責任は重い」

ふるさと納税により、練馬区から流出した住民税は、年々増加傾向にあり、今年度は37億5000万円と、過去最高となる見通しだ。37億円という額は、練馬区の小中学校1校の改築にかかる平均の費用と同程度にのぼる。財政課の担当者は「大変手痛いもので、今後もさらにエスカレートする可能性がある」と、肩を落とす。

ふるさと納税で住民税が失われていますと書かれたホームページ

それでも練馬区では「過度な返礼品競争」に加わりたくないとして、返礼品を一切提供していない。制度がこのままでは、さらに減収が続く可能性があるが、今後どうしていくのか。前川区長は。

おかしな話が、当然のようにまかりとおっていることに危機感を感じる。他の区長は分からないが、私は、根本的に間違ったことをやる気はない。最後まで、筋を通したい

現状への違和感を訴え続け、他の大規模自治体などと連携して、制度の見直しを強く求めていく考えを示した。

制度の今後を考える

みずからの努力で自主的な財源を増やし、住民のための政策を実現する地方の自治体がある一方、都市部から地方への税金の流出や、地方の間でも返礼品をめぐって不公平感、税金の奪い合いへの危惧が広がっていることがアンケートから見えてきた。2人の専門家に、ふるさと納税の現状をどう分析し、今後どうしていくべきなのか、考えを聞いた。

慶応大学 保田隆明教授
「地方に関心を向けたという点で、この制度は大きなインパクトがあると思うが、ある特定の地域だけがよくなって、ほかの多くが犠牲者となるのはよくなく、現場の自治体と国で改善すべきことを検討していくタイミングになっていると思う。また、ふるさと納税は、ホップステップジャンプで考えると、あくまでホップステップで、自治体の側も制度に依存しすぎないことが必要だ。今後の議論の非常に重要な論点になるのではないか」

法政大学 土山希美枝教授
「寄付された金額のうち、半分近くは返礼品の調達や広告などに使われている。これも税金の流出で、利益還元型のバラマキ政策だと考えている。地域の産品や地域の特徴を広く伝える現場の取り組みを否定はしないが、利益配分をしながら競争的に税金を集めることを促進するのは本来、あってはならない。寄付を受けた自治体に何をもたらし、奪われた自治体は何を失ったのか。制度が本当に必要不可欠なものであるか問題提起をしていくべきではないか」

賛否を含めさまざまな議論がある「ふるさと納税」。国や自治体は今後、どうしていくべきなのか。税金を支払う私たち一人一人も、改めて考える機会にしてみてはどうだろうか。

選挙プロジェクト記者
石井 良周
2011年入局。高知局、仙台局などを経て2021年から選挙プロジェクト。ふるさとは千葉県。
選挙プロジェクト記者
西林 明秀
2015年入局。松江局、沖縄局を経て2023年から報道局選挙プロジェクト。