中国から気球が! 撃墜した国 しない国 台湾有事対応にも影響

アメリカから日本にも飛び火した、中国の偵察用気球をめぐる騒動。日本政府は、異例のスピードで自衛隊の武器使用基準の見直しを進めた。最初は、たかが気球、と感じた人も多かったと思うが、取材を進めると、実は台湾有事をめぐる日本の対応にも変化を及ぼしていることが見えてきた。
(西澤文香、家喜誠也、立石顕)

2020年 危機感なかった日本

「当時、気球が飛んでいたことは把握していたのに、何も対応していなかった。後悔している。恥だね」(政府関係者)

東北地方で謎の気球型の飛行物体が目撃され、ちょっとした騒ぎになっていたのは、3年前の2020年。

ある政府関係者は、その時の対応を振り返り、取材に対してこう語った。

「気象観測用あたりだろうということで、危機感をもっていなかった。中国のものかどうかもわかっていなかった。一応、警戒はするけど、安全保障上の脅威にはあたらないだろうと」

当時の河野防衛大臣も記者会見で、こう答えていた。

「気球に聞いて下さい」「安全保障に影響はございません」

きっかけは ハワイ!?

ただ、安全保障が専門の明海大学・小谷哲男教授は、中国の偵察用気球への警戒感が高まったのは、アメリカでも去年くらいからだと指摘する。

「去年6月、ハワイで中国のものと思われる気球が墜落し、アメリカの情報機関が回収して分析していた。中国語が書いてあったり、搭載している機器が中国製だったりということだった。偵察用とそのころにもう結論づけていたと思う」

アメリカはそれ以降、気球を発見し、探知・分析する能力を飛躍的に向上させた。
2023年2月の気球についても、打ち上げ時点から捕捉していたとみられる。
中国はなぜ、多くの気球を飛ばしていたのか。

小谷教授は、偵察用衛星よりも高度が低く鮮明な画像撮影が可能であることや、ドローンよりも安価であることなどで気球を使うメリットがあるという。

(小谷教授)
「主な狙いは通信傍受だと考えている。飛行ルートが、アメリカのICBMの基地を重点的にカバーしようとしているようだ。この基地からとれる通信を解析、情報収集したいんだと思う」

対応に追われる日本政府

2月4日、アメリカは本土上空などを飛行していた中国気球を撃墜したと発表。


これを受けて、日本政府も対応に追われた。
2月14日には官邸の岸田総理大臣のもとに、国家安全保障局、防衛省の幹部らが集まり、対応を協議。
この日の夜には、2020年6月の飛行物体は、中国から飛行した気球と強く推定されると発表した。決め手はアメリカからの情報だった。

政府関係者は「写真だけは撮影してあったので、アメリカからさまざまな情報提供を受けて、中国のものとして考えて問題ないとなった」と話す。

3年越しの正体判明だった。

「武器使用基準」スピード見直し

これを受けて、2日後の2月16日には無人機への武器使用基準を見直すことを決めた。

これまで、警戒にあたる自衛隊の戦闘機などが武器を使用できるのは、「領空侵犯した機体による攻撃から身を守るための正当防衛や緊急避難に該当する場合」に限られてきた。

今回の見直しで、「そのまま放置すれば、ほかの航空機の安全な飛行を阻害する可能性がある気球や、ドローンなどの無人機に対しても、国民の生命や財産を保護し、航空機の安全を確保するためであれば、正当防衛や緊急避難に該当しなくても武器が使用できる」とした。

わずか数日間という、異例の速さでの武器使用基準の見直しが実現できたことに、防衛省内でも驚きの声があがる。
その背景をこう解説する。

(防衛省関係者)
「国会での説明も求められていたため、結論を急ぐ必要があった。自衛隊が実際に撃墜できるのかという運用面での課題はあるが、『撃墜することもある』というメッセージを出すことによる抑止力が1番の狙いだ」

台湾有事を念頭? 相次ぐ中国無人機

ただ、こうした対応の見直し、実は気球相手だけでは終わらない。

2023年元日。
中国軍の偵察型無人機が沖縄本島と宮古島の間の上空を飛行し、東シナ海から太平洋の方向に通過した。無人機の機種は「WZ7」。日本周辺では初めて確認した機種だった。

領空侵犯はなかったが、航空自衛隊の戦闘機がスクランブル=緊急発進して対応した。

同じ機種の無人機は翌日もほぼ同じルートで飛行し、2日連続で確認された。
2021年8月以降のおよそ1年半の間で中国の無人機による領空侵犯の恐れがあるとして航空自衛隊がスクランブル発進したのは12回にのぼり、その頻度が高まっている。

台湾有事を念頭においたものと指摘され、自民党内でもその常態化が危惧されている。

(自民 安全保障調査会長 小野寺元防衛相)
「最近は、我が国の沖縄周辺においても中国の無人機がかなり航行するようになった。まだ公海上だがいついかなるときに我が国の領空に接近するかもわからない」

気球の対応見直しが中国無人機にも?

ある政府関係者は、気球への対応の見直しは、中国の無人機への対応も念頭に置いたものだと話す。

「中国の無人機が近年かなり増えている。これを日本として新たな脅威として捉えていて、だからこそ、自衛隊の武器使用基準の見直しも行った。無人であれば、撃ち落としても死者が出ることはないからね。撃ち落とす場所は地上に何があるかに気をつけないといけないが」

これまでは、自衛隊の武器使用は正当防衛や緊急避難にあたる場合に限られていたため、無人機に対しては実質的には撃てないのではないかと運用面での課題が指摘されていた。これが、使用基準が明確になったことで、ルールの面では無人機への対応は前進したと言えるという。

「武器使用の対象は、気球に限らず、ドローンや大型の無人機も当然含まれる。これまでは無人機に対する考え方が必ずしも明確ではなかったが、これでより備えが万全になった」(防衛省幹部)

一方、別の防衛省関係者はこう明かした。

「今回、急きょ、基準見直しをやったようにみえるかもしれないが、実は、以前から省内で不断に検討を重ねていた。中国の無人機の航行という『立法事実』が積み重なっていたからだ。ただ、実際の見直しのタイミングをいつにするか、なかなか難しいなあという感じだったが、気球で関心が高まったこの際、対応を明確にした」

無人機対応に残る課題

しかし、課題もある。
無人機による領空侵犯が相次いだ場合、自衛隊はそのたびにスクランブル発進することになるのか。安価な無人機への対応に、相次ぐ戦闘機のスクラブル発進。そのコストと労力の両面での非対称性に、防衛省・自衛隊からは危機感が出ている。

(防衛省幹部)
「領空侵犯が常態化した場合は、長期にわたって対応できるのかは別課題だ。常に自衛隊によるスクランブルで対応していたのではこちらが消耗させられる」

台湾有事の危機が指摘される中、2022年9月には、実際に所属不明の民生用の無人機が、台湾が実効支配する離島の沿岸の上空に飛来したため、台湾軍が撃ち落としたと発表している。
こうした事態は、日本にとって、近い将来、南西諸島周辺などでないとは言い切れない。

自民党の防衛族のある幹部は、「今回は、緊急で『武器使用基準の見直し』ということになった。しかし、党内には、『今の法律が有人機への対応を念頭に置いている以上、今回の対応では不十分だ。無人機に無人機で対応する場合も含めて、抜本的に、無人機に対応するための法改正が必要ではないか』という意見も根強くある」と話す。

相次いで飛来する中国の無人機にどう対応していくか。今後も日本の政治判断が問われることになる。

政治部記者
西澤 文香
民放を経て2019年入局。長野局から政治部。官邸クラブで総理番のほか、危機管理などを担当。
政治部記者
家喜 誠也
2014年入局。宇都宮局、仙台局を経て政治部。現在は官邸クラブで安全保障や危機管理などを担当。
政治部記者
立石 顕
2014年入局。2020年から政治部。当時の菅総理大臣の総理番を経験後、防衛省担当を経て自民党を担当。