試される日本の中東バランス外交

パレスチナのイスラム組織ハマスが奇襲攻撃を行い、報復としてイスラエル軍がガザ地区への軍事作戦を開始してから1か月。犠牲者は増え続けている。アラブ諸国に原油を依存する日本は、どう対処すべきなのか。今まさにイスラエルとパレスチナ双方に配慮した“バランス外交”が試されている。
※G7外相会合の結果と今後の焦点を盛り込み、記事を更新しました。
(安藤和馬、加藤雄一郎、五十嵐淳)

バランス腐心

日本政府の基本的な考え方はこうだ。

表。日本政府の基本的な考え方①人質の即時解放と一般市民の安全確保②全ての当事者が国際法を踏まえて行動すること③事態の早期沈静化

しかし、この1か月、その言い方は変遷してきた。

10月7日、ハマスなどパレスチナ武装勢力が、ガザ地区からイスラエルに数千発のロケット弾を発射。


▼10月8日
攻撃の翌日、岸田総理が「X」に投稿。

岸田総理が「X」に投稿。「ハマスなどパレスチナ武装勢力がガザからイスラエルを攻撃し、罪のない一般市民に多大な被害が出ており、強く非難する。多くの方々が誘拐されたとも報じられており、早期解放を強く求める。またガザ地区でも多数の死傷者が出ていることを深刻に憂慮しており、全ての当事者に最大限の自制を求める」

日本はアラブ諸国に原油の9割以上を依存しており、中東地域の安定は死活問題だ。
イスラエルが報復に出る中、当初、日本はあくまで「全ての当事者」に自制を求めた。
外務省の関係者はこう解説する。

「周辺国も含め中東戦争に発展しないよう自制を求める意味があった」(外務省関係者)

しかし、イスラエル、ひいては、それを支持する同盟国アメリカにも配慮してか、表現は変わっていく。

▼10月10日
秋葉国家安全保障局長がイスラエル大使と会談。

▼10月11日
岡野外務事務次官がイスラエル大使と会談。
日本政府として初めて「テロ攻撃」という表現を使い、ハマスなどによる奇襲攻撃を断固非難した。

欧米が「テロ」と非難する中、日本政府は当初「テロ」という表現を使わなかった。
それを変更した理由について、外務省幹部はこう説明した。

「音楽祭で無差別攻撃をするなど残虐な行為が明らかになってきたため、テロ攻撃と呼ぶことにした」(外務省幹部)

ただ、別の政府関係者は、次のように明かした。

「今回は『双方に自制を求める』というのはダメだ。ハマスは国家ではないから、イスラエルとは別で、同列にしてはいけない。完全にテロリズムだ。ユダヤ人コミュニティーが日本の態度を批判する声明を出そうとしたようだが、なんとか止めた」(政府関係者)

▼10月13日
日イスラエル外相 電話会談。
上川外務大臣「イスラエルが国際法に従って自国を守る権利を有するのは当然だ」

日パレスチナ外相 電話会談。
上川大臣「ハマスなどテロ攻撃を断固として非難する。事態の沈静化に向けて関係者への働きかけをお願いする」

一方で、日本政府は、イスラエルの攻撃で犠牲者が増え、人道状況が悪化するガザ地区への支援にも取り組んだ。
ガザ地区の一般市民に1000万ドルの緊急人道支援を実施することを表明した。

▼10月21日

上川大臣がエジプトで開かれた「カイロ平和サミット」に出席。
パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長とも会談し、事態を沈静化させる重要性を確認するとともに、人道状況の改善に向けて緊密に意思の疎通を図っていくことで一致した。

▼10月22日

G7の日本を除く6か国の首脳が電話で会談し、共同声明を発表。
イスラエルへの支持と、テロに対する自衛の権利について改めて表明するとともに、民間人の保護を含む国際人道法の順守を求めていくことを確認した。

しかし、声明に日本の名前はなかった。なぜなのか。

松野官房長官は記者会見で「6か国は誘拐・行方不明者などの犠牲者が発生しているとされる国々だ」と説明した。

「G7の中で日本は欧米と違う。アメリカはユダヤの人たちの影響力があり、大統領選挙も控えている。イギリスは”三枚舌外交”の歴史、ドイツはホロコーストの歴史がある。日本は是々非々でいいのではないか」(外務省関係者)

国連決議を棄権

▼10月27日
国連総会の緊急特別会合で、ヨルダンが取りまとめた人道目的での休戦などを求める決議が121か国の賛成で採択された。
アメリカ、イスラエルは反対。日本は棄権した。

人道目的での休戦などを求める決議。(賛成)。中国、ロシア、フランス、イラン、トルコ、スペイン、タイ、インドネシア、ブラジル、南アフリカ、エジプト、UAE、ケニア、北朝鮮など。(反対)。アメリカ、イスラエル、オーストリア、ハンガリー、トンガ、ミクロネシア、フィジー、パプアニューギニア、マーシャル諸島、パラグアイなど。(棄権)。日本、韓国、イギリス、ドイツ、インド、オーストラリア、カナダ、イタリア、オランダ、ポーランド、フィリピンなど。

上川大臣は記者団に「支持できる内容も含まれていたが、テロ攻撃への強い非難の言及がないなど、バランスを欠いていたから総合的に判断して棄権した」と説明した。

「棄権したのはバランスを欠いていたと大臣が判断したためだ。内容的には賛成してもよかったが、テロへの言及がなく、ヨルダン提出でパレスチナ側の主張の色合いが濃い内容だった」(外務省幹部)

一方で、棄権したことに対して、パレスチナをはじめアラブ諸国から不満の声が出たとされるほか、国会で野党から追及を受けた。

「アラブ諸国からは『日本しっかりしろよ』という声が上がっている。エネルギー問題を抱えている以上、日本はバランスを取らざるをえない」(外務省幹部)

▼10月31日
日本政府は、ハマスによるテロ攻撃を認めない立場を明確にするとともに、組織の収入源を絶つため、幹部ら9人の資産を凍結するなどの制裁を科すことを決定した。

現地訪問

▼11月3日
上川大臣がイスラエルとパレスチナ暫定自治区を訪問。

イスラエル外相と会談

イスラエルでは、コーヘン外相と会談し、ハマスの攻撃はテロであり、断固非難する考えを示した。
その上で、人道目的の一時的な戦闘の休止が必要であり、すべての行動は国際人道法を含む国際法に従って行われるべきだという考えを伝えた。

パレスチナ暫定自治政府外相と会談

同じ日に、パレスチナ暫定自治政府のマリキ外相ともヨルダン川西岸で会談し、ガザ地区の深刻な人道危機に懸念を示した上で、およそ6500万ドル規模の追加の人道支援を行う考えを伝えた。

イスラエル訪問に至るまで、外務省内ではさまざまな意見があったという。

「行ったところで、連帯を示せと言われて煮え切らない態度をとれば、『何しに来たのか』と言われかねない」(外務省関係者)

「欧米各国の首脳、外相が立て続けに現地入りしている中、日本だけが入らなければ『日本は油が欲しいだけ』と言われかねない。外交的損失は大きい」(外務省幹部)

一連の訪問では、双方への配慮もかいま見られた。

上川大臣はイスラエルで、ハマスの攻撃で犠牲になった人や今も人質となっている人の家族とも面会した。

「イスラエル国民と連帯しており人質の解放やテロのない世界に向けてできる限りの努力をしたい」

一方、ヨルダンにあるUNRWA=国連パレスチナ難民救済事業機関の本部では、ガザ地区出身で戻ることができなくなっている中学生と面会した。

「ガザ地区の悲惨な状況に心を痛めている。早く情勢が沈静化するよう日本としても努力したい」

人道危機が深刻化

ガザ地区の人道危機が深刻化するにつれ、上川大臣はイスラエルの攻撃で一般市民の犠牲が増え続けている状況に懸念を示した。

上川大臣(3日)
「一般論として、いかなる場合においても、むこの民間人を無用に巻き込む攻撃は国際人道法の基本的な原則に反するものであり、正当化できない」

「イスラエル外相との会談では、表に出している以上に、大臣は先方に対して強く国際法に従うように言った。向こうの胸中は嫌がっていたかもしれないが、特段何も言われなかった」(外務省幹部)

G7外相会合へ

▼11月7日~8日
G7外相会合(東京)

G7の旗

日本は議長国として議論をリードしなければならない。
外務省の幹部は、こう意気込んだ。

「G7外相会談は議長国として外交をやってきた外務省の総決算で、中東情勢は最も大きなテーマになる」(外務省幹部)

すぐさまの「停戦」は難しくても、「人道的休止」に向けて議論を主導したい考えだ。

「G7ではテロ発生当初と比べると、アメリカもトーンが変わり『戦闘の一時停止』と言っているので、各国で一致していけると思う」(外務省幹部)

問われるバランス外交

元外交官で、キヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦 理事・特別顧問は、次のように話す。

「中東地域はやはり欧米諸国の方がはるかに知見があって、介入してきたわけです。日本はそういった歴史はないわけですから、その分むしろ良い立場にある。中東諸国が我々に対して悪意を持っていることもなく、むしろ信頼されていると思うんです。日本の立場というものをうまく使いながら、一定の役割を果たしていくべきだと思っています」

「今の日本の外交というのは、ようやくバランス外交ができるようになって、そして対応に苦慮しているとは私は思えません。日本の考え方は基本的に国際社会の考え方と同じだと思います。日本がやらなければいけないことは、やはり中東地域を安定させるために何をすべきなのかということを知るべきだと思っています。G7というのがあるわけですから、そこで議長国としての役割を果たしていくということだと思います」

その上で、一時的な戦闘休止を実現するべく、G7議長国として議論を主導すべきだと指摘した。

「停戦と呼ぶか中断と呼ぶか議論をするよりは、とにかく中断でも何でもいいから、戦闘はやめると、そして人道的な活動ができるようにすることに力を注ぐべきだと、私は思っています」

「下手すると、1つ間違えると、この問題は中東地域全体に拡大してしまう。そうなれば当然のことながら、インド太平洋地域にも影響が出てくると思います。その意味で非常に強いメッセージをG7で出さなければいけない。G7がたまたま、この時期に開かれるわけですから、この役割というのは極めて重要だと思っていまして、国際的な最大公約数を、もちろんアメリカ欧米諸国だけではなくて、中東諸国の考え方も念頭に置きながら正しい方向性を作っていくべきだと思っています」

そして、その先には、和平プロセスの再開を見据えるよう訴えた。

「ただ単に停戦をするとかそういうことではなくて、戦闘が終わったあと、どのような形でガザを統治するのか、誰がするのかということを考えなければいけないと思ってます。その延長上には必ず中東和平プロセスの再開ということが見えてこなければいけない」

「日本が中東和平プロセスで果たす役割というのは、もうすでに経験や前例もある。国際社会がみんなで知恵を出し合って協力しながら多国間の協力の枠組みを作った。そのとき日本はちゃんと中にいたわけですから、それと同じようなことができないはずはないと思います」

G7外相会合の成果は?

G7外相が集う

東京で開かれていたG7外相会合は、8日、2日間の日程を終え、討議の成果を盛り込んだ共同声明を発表した。
共同声明では、イスラエル・パレスチナ情勢について、
▼ハマスなどのテロ攻撃を断固として非難し
▼人質の即時解放を求めるとした上で
▼ガザ地区の人道危機に対処するため、戦闘の人道的休止や人道回廊の設置を支持するとしている。
そして
▼イスラエルと自立可能なパレスチナ国家が共存する「2国家解決」が公正で永続的な平和への唯一の道だとしている。
議長を務めた上川大臣は記者会見で、こう強調した。

G7外相会合 議長国会見

「G7で一致したメッセージをまとめることができたのは重要な成果になった」

今後は?

日本が訴えた通り、G7として戦闘休止の必要性では一致した。
当初、各国の間では温度差があるとも言われていたなかでの今回の結果。
外務省の幹部らは、こう話す。

「議長国としての役割は果たせた」(外務省幹部)

「戦闘の『中断』と呼ぶか『休止』と呼ぶかなど、細かい表現の違いはあったものの、大きな異論は出ず、一致できた」(会合に同席した関係者)

では、実際に、戦闘の休止につなげることはできるのだろうか。
別の外務省幹部はこう話す。

「G7で一致しても、実効性を担保できるかは難しい」(外務省幹部)

先行きは不透明だという見方が大勢だ。
戦闘休止へ影響力を持つのはアメリカだが、今のところ大統領の求めにもイスラエルは応じていない。

日本は、イスラエルとの間で歴史的な経緯などを抱える欧米各国と違い、バランスをとりながらアラブ諸国とも関係を築いてきた。その日本の強みを生かし、アメリカとともに、イスラエルだけでなく、ハマスに影響力を持つ関係国にも協力を呼びかけ事態の沈静化につなげられるかが焦点となる。さらには外交努力を粘り強く続け、和平交渉の再開へ導くことができるのか、日本の中東外交がいま問われている。
(※11月7日 ニュース7などで放送)

政治部記者
安藤 和馬
2004年入局。山口局、釧路局などを経て政治部。外務省キャップを務める。
政治部記者
加藤 雄一郎
2006年入局。鳥取、広島局を経て政治部。政治部では与野党や官邸などを取材。現在は外務省サブキャップ。
政治部記者
五十嵐 淳
2013年入局。横浜、山口、広島局を経て政治部。
現在は外務省クラブで外務大臣番、欧州地域などを担当。