「ヅ」と「ズ」どっち? 現場で何が

政府は8日、マイナンバーカードをめぐる一連のトラブルを受けた総点検の中間報告を公表した。
「総点検」を進める、全国の団体や自治体を取材すると、見えてきたのは「手作業」に頼らざるを得ない現場だった。何が起きているのか?
(塘田捷人、市野凜)

※(更新)記事の最後で動画をご覧になれます。

“新たに1000件”

8日、総理大臣官邸で開かれた、政府の「マイナンバー情報総点検本部」。
カード取得者向けの専用サイトで閲覧できる情報がマイナンバーに正確にひも付けられているか確認する総点検の中間報告が行われた。

総点検は、マイナンバーカードを取得した人向けの専用サイト、「マイナポータル」で閲覧することができる税や健康保険証、住民票の情報など29の項目について、マイナンバーへの情報のひも付けが正確に行われているかを確認する。
中間報告では、
▼カードと一体化した保険証に誤って他人の情報が登録されていたケースが新たに1069件確認され、これまでの累計は8441件に増えた。
また、▼公務員などの年金を運営する「共済組合」でもあわせて118件、マイナンバーと年金情報のひも付けに誤りがあった。
さらに▼障害者手帳とのひも付けでは、都道府県などの自治体のおよそ2割にあたる50の自治体で、適切な方法で作業を行っていなかったことが確認された。

政府はこれまでの点検状況を踏まえ、マイナンバーと本人の情報をひも付ける際に照合する情報の種類が少ないなどトラブルが懸念されるケースでは、今後、すべてのデータを点検する。
さらに再発防止策として、マイナンバーの登録事務で新たに省庁横断のガイドラインを策定するほか、情報の正確性を定期的に確かめる仕組みの導入を検討するとしている。

5000件あまり“不一致”

今後、全国各地の自治体や団体で総点検が本格化することになる。
総点検で何が行われるのか。

一部の団体では、総点検を進めており、私たちは現場を取材することにした。

兵庫県の職員などが加入する保険組合「地方職員共済組合兵庫県支部」では、5月、健康保険証のひも付けミスが発覚した。登録の際に生年月日を誤って入力したため、同姓同名の別の人のマイナンバーに個人情報がひも付いてしまう人為的なミスだった。

そこで組合は、政府が総点検を要請するのに先んじて、個別データの点検作業を7月まで行った。
担当者は、作業は困難を極めたと振り返る。

(兵庫県 杉本環 共済担当主幹)
「一般の県民ではなく、県で名簿を管理している人の照会だったので必ず確認はできると思っていた。それでも作業は本当に大変だった」

共済組合に登録されている組合員のデータは約3万人分。全員の保険証データに、マイナンバーの情報を照らし合わせて、情報に食い違いがないか確認した。
情報は、氏名、読みがな、生年月日、性別、住所の5つだ。
しかし、表計算ソフトで照合すると、5681件で「不一致」となった。

一番多かったのは、住所の表記のずれだったという。例えばこんな違いだ。

さらに、読みがなの違いも、不一致を増やす原因となっていた。

一人ひとりに「どっちが正しい?」

番地表記方法などの不一致については、「同じもの」と判断。読みがなの違いや、「兵庫」が「大阪」になっているなど、住所の情報そのものが違うといった、さらなる確認が必要なデータを2424人分抽出した。
ここからが大変だった。これらの職員全員に、「どちらの住所が正しいですか?」「どちらの読み方が正しいですか?」と確認する作業を行った。
まずは、所属課にメールで照会。休みを取っている職員には、電話で確認してもらうこともあった。早ければ2、3日で返答があったが、長い人では2週間程度かかった。

しかし、退職者など連絡がつかない人もいた。その場合、県庁の地下倉庫などを探り、過去に本人から提出された住民票などを探し当て、ようやく照合できるケースもあった。
照合が終わったデータを、複数の職員で改めてチェックし、ようやく点検を終えた。
応援職員も含め、20人態勢で取り組み、すべてを終えるまでにおよそ40日間かかったという。

“手作業”再発防止はできるのか

総点検の中間報告と併せて、政府は、再発防止策を発表した。
そのひとつが、「マイナンバー登録事務のデジタル化」だ。

デジタル化が遅れ、手作業でひも付けを行ってきた反省をもとに、すでに再発防止を模索するところもある。
宮崎県障がい福祉課。
7月、知的障害者向けに発行する療育手帳の情報のうち、手帳の番号や障害の程度などが別の人のマイナンバーに誤ってひも付けられていたミスが2336件確認されたと発表した。

原因は、データを「コピペ」する際に、「行」がずれたことだった。

作業の中で、療育手帳のデータをコピーして貼り付けたのだが、そのときに行がずれた状態で貼り付けてしまった。
このため、「Aさんの識別番号とBさんの手帳の情報」、「Bさんの識別番号とCさんの手帳の情報」というように、次々にひも付く情報がずれ、2000件を超えるミスにつながったという。

情報の入力は職員1人が担当していた。さらに、入力後に別の職員によるチェック体制もなかったという。
1万人分の療育手帳の個人情報を表計算ソフトで管理していた上、照会や確認を手作業で何段階も繰り返す作業の中で起きた。

(宮崎県障がい福祉課 障がい児支援担当 川﨑修一郎 主幹)

「去年6月からマイナンバーとの連携が療育手帳でも始まったが、自動的に転記できるようなシステムの導入が間に合わなかった。今回の反省も踏まえて、より自動化して人の手がかからないような形でやっていくことが必要かなと思っている」

また、複数の職員によるチェック体制を設け、再発を防止したいとする。

「1人の職員が担ってしまっていたので、組織としてマイナンバー事務取扱の認識不足があった。今後は少なくとも5人くらいのメンバーで分担してチェックしていこうと思っている」

専門家“国が自治体支援を”

長年、自治体のデジタル化に関わってきた、「デジタル広域推進機構」の大山水帆代表理事は、自治体によって業務のデジタル化・システム化の度合いにばらつきがあるなか、国による支援が不可欠だと指摘する。

「特に中小規模の自治体ではデジタル人材が不足している。日常的に個人情報を取り扱っていない機関では、ノウハウや技術的なサポートも足りない。自治体の実態や業務を熟知していないと、なかなかミスを予測するのは難しく、国は、自治体に寄り添い、現場に即した施策を行ってほしい」

「延期」判断でカギ握る総点検

岸田総理大臣は、4日の記者会見で、来年秋に今の健康保険証を廃止する方針を当面維持する考えを示した。
その上で「作業の状況も見定めた上で、さらなる期間が必要と判断する場合には、必要な対応を行う」と述べ、総点検の状況次第では、廃止の延期も含め必要な対応をとる意向を示した。

健康保険証の廃止の時期にとってもカギを握る総点検。
政府は、ことし11月末を期限としてさらに点検を行ったうえで、最終的な結果を公表することにしている。

ミスは防止できるのか、そして国民の不安払しょくにつながるのか、引き続き取材していきたい。  

動画はこちら↓

神戸局記者
塘田 捷人
2018年入局。仙台局を経て神戸局。現在は兵庫県政を担当。
社会番組部ディレクター
市野 凜
2015年入局。首都圏局・前橋局・政治番組を経て現所属。