3倍近い値上げに「待った!」


私たちの生活に欠かせないゴミ袋。住む街によって、自治体指定の有るところ、無いところ様々だ。物価高で苦しいのに、指定のゴミ袋が、3倍近く値上げされると聞いたら…。「値上げは困る」「必要なら値上げやむなし」激論が巻き起こった。別の街では、ゴミの名前が変わったという。ゴミをめぐって、今いったい何が起きているのか?

※(更新)記事の最後で動画をご覧になれます。

(田川優、栄久庵耕児、馬見塚琴音、金澤志江)

ゴミ袋 10枚500円?

事の発端は2022年の3月。
愛知県瀬戸市で、家庭用ゴミ袋を「10枚500円」に値上げする条例が賛成多数で可決された。45リットルの燃えるゴミの袋10枚は現在およそ180円。3倍近く値上げされることになったのだ。

人口12万7000余り。古くから陶磁器の生産が盛んで、「瀬戸物」の産地としても知られる瀬戸市。
市では、燃えるゴミの量が減らず、ゴミ処理にかかる費用が年々増加。ここ5年間で1億3000万円も増え、市の財政にとっても負担となっていた。


加えて、近隣の自治体と共同で使っている処理施設も老朽化。これ以上、燃えるゴミを増やせないという事態に直面していた。

当時、値上げ条例に賛成した議員は、苦渋の決断だったと振り返る。

自民新政クラブ副団長 小澤勝 議員
「ゴミ袋は安いほうがいいに決まっています。それはそのとおり。ただ、安いからいいんではなくて、ゴミの減量化を進めないといけないから、手段として、ゴミ袋の値上げやむなしというかたちになった」

市は、値上げに合わせて、ゴミ袋の売り上げの一部を、市の財政に組み込むことも決めた。この財源を増加するゴミ処理費用に充てるほか、ゴミ出しの利便性の向上に活用するなどして、市民に還元すると説明。あくまでも、値上げはリサイクル意識を高めるものだとして、2023年9月から値上げが実施されるはず、だった。

「ゴミ袋値上げ」が市長選の争点に

ことし4月の瀬戸市長選挙。現職が引退し、新人3人の争いとなり、最大の争点として浮上したのが「ゴミ袋の値上げをこのまま実施するか」だった。

「値上げ凍結」を訴えたのが、元市議の川本雅之氏だ。

「ゴミの減量は、分別回収等の進展により成果を上げています。市民の負担を今、増やすことはいかがなものかと考えます。値上げは凍結するべき」(川本氏の選挙公報より)

一方、自民・公明両党が推薦した、元市議の水野良一氏は、「子供や孫の世代に、自分たちが出したゴミ処理の負担を押しつけてはいけない」と、計画通り値上げを実施すべきと訴え、激しい争いとなった。

結果は、値上げ凍結を訴えた川本氏が勝利。水野氏との差はおよそ1700票、3.6ポイントの差だった。


川本新市長は、さっそく、市議会にゴミ袋値上げ凍結の条例案を提出すると表明。

一方、瀬戸市では、市長選挙と同時に市議会議員選挙が行われたが、市議会の会派別勢力は変わらなかった。最大会派は、ゴミ袋の値上げを決めたときの条例に賛成した会派のままで、このまま行けば、条例案は否決されるという見方が強かった。

川本市長も、凍結の難しさをこう語った。
「可決のハードルは高い。状況が変わったことを議員の皆さんにご理解いただきたい」

値上げ凍結条例案 激しい論争に

6月。市議会で条例案の審議が始まると、激しい論戦となった。

(値上げ実施派)
「値上げをしなくてもゴミの量が今後も減っていくという見通しは甘すぎる」
「ゴミを減らすための対案がない」

(値上げ凍結派)
「安易に値上げをしては、ゴミの分別をしてきた市民の努力に水を差す」
「物価高が続く中で、家計に与える影響が大きく市民の理解を得られない」

議会での「ゴミ袋論争」は、市民の間でも話題となった。駅前で話を聞いた。

「子どもが小さいので(値上げは)負担にはなりますからね…。困っちゃうね」

「必要なら値上げしてもいいと思う、それがちゃんとしたものに使われるのであれば」

「電気代とかも高くなったとか言っているので、ゴミ袋もとなるとつらい」


市内では、値上げに備えたとみられる「買いだめ」も起きた。


市は、ホームページに「値段にかかわらず、9月からゴミ袋自体が変更になるため、現在のゴミ袋は使えなくなる」と説明するページを設けるなど、事態の沈静化に追われることになった。

1票差で・・・

そして、凍結条例案の採決を迎えた7月4日。
議長を除く市議の数は25人。取材では、賛否は拮抗。いったん値上げに賛成した議員の中にも、凍結賛成に回る人がいるという情報もあり、関係者が固唾をのんで採決を見守った。

結果、賛成13 反対12。
1票差で凍結条例可決となった。

去年は、値上げに賛成したものの、今回は会派を離脱して凍結支持に回った議員は胸の内をこう語った。

戸田由久 議員
「市長選で示された民意をいかに受け取るかが大前提だ。ゴミの問題は市民の方々にご協力いただかなければ、うまくいかない。本当に断腸の思いだったが、違う議決をさせていただいた」

どうする?今後のゴミ行政


川本市長は、ほっとした表情を浮かべ、報道陣の取材に応じた。
「市民の皆さんと約束をした公約が、1つこうして達成でき、うれしく思っています

一方で、ゴミ袋値上げの必要性は、今後検討することもあり得るという考えを示した。
「ゴミ減量を進め、ゴミへの関心が高まった市民の皆さんと、今後のゴミ行政についてしっかり話し合い、1年半から2年後をめどに再度値上げの必要性を判断したい」

市の幹部は、この発言の意味をこう解説する。

「ゴミを減らさないと次こそは値上げの議論になってしまう。先送りにしただけにならないように、減量に向けて意識が変わらないといけないということだと思う」


「分別頑張ったんやけど、燃やすしかないごみ」

ゴミ袋ではなく、ゴミの「名称」で勝負に出た自治体もある。

徳島市は、5月「燃やせるごみ」の名称を変更した。
その名も、「分別頑張ったんやけど、燃やすしかないごみ」


ゴミの削減がなかなか進まない現状を受け、市民の徹底した分別を促そうという職員のアイデアを採用。

市は、ゴミのなかでも「紙類」のリサイクルが十分には進んでいないことに危機感を感じていた。市の調査では、2021年度の可燃ゴミのうち、4割近くが紙類だった。チラシやお菓子の箱、さらにトイレットペーパーの芯も、可燃ゴミではなく「雑がみ」として出せば再利用できる。分別の意識を高めてもらうため、あえて長い名称にしたという。

名称変更の発表後、ユニークな呼び方にインターネット上で注目が集まる一方、市民からは賛否両方の声が。

(評価する声)

「ユニークな名前が目を引いてしまうので、ゴミを分別しないといけないと思ってしまう。これをきっかけに分別の意識が高まると思う。インパクトがある(17歳・女子高校生)

「お菓子の箱などは可燃ゴミとして捨ててしまっていたが、再利用できるものは、しっかり分別していきたい(18歳・男性)

(批判的な声)

「これまでの名称の方が慣れているし、分かりやすい(80代・女性)

「名前を変えただけで実際に行動に移して分別するかどうかは疑問だ(40歳・会社員)

ユニークな名称変更から2か月。市には「雑紙の出し方を教えて欲しい」や「分別頑張ります」という声が数件、届いているほか、他の自治体から「参考にしたい」という問い合わせも来はじめているという。

市は、今年度に家庭から出されたゴミの内容を分析し、ゴミの量の減少につながったかどうか効果を検証して今後、公表することにしている。

ほかの自治体も、あの手この手で

そのほかの自治体でも、ゴミの減量に向けた試行錯誤が続いている。
「ゴミの名称」と「値上げ」を組み合わせたのが福岡県柳川市だ。
2021年、「燃やすごみ」から「燃やすしかないごみ」に名称を変更。


さらに1枚20円だったゴミ袋の価格も40円と倍に引き上げた。
市によると、昨年度(2022年度)のゴミの量は、導入前の年度(2020年度)と比べて13%あまりの減量につながったという。
一方、市民の負担軽減のため、資源物となるプラスチック類やペットボトルを回収するための袋の価格は半分に引き下げた。すると、ゴミの分別意識にも変化が生まれ、資源物の回収量が倍以上に増えたという。市は今年度から回収の頻度を増やすなど対応を見直し、リサイクルの推進を進めている。

“無料配布”の自治体も

あえて無料のゴミ袋を配布するというユニークな方策に出たのが大阪・箕面市だ。
まず、配布するゴミ袋の総容量を世帯ごとに決める。
例えば、4人家族の場合は、年間4200リットルとなる。
これを、それぞれの家庭で使いやすいサイズのゴミ袋を選んでもらい、無料で配布する。
ゴミ袋を使い切ってしまった場合は、追加で購入もできるが、40リットルのゴミ袋が10枚836円と、ゴミ処理経費を上乗せした金額となる。
「無料配布」開始前の2002年度と比較すると、2019年度には、ゴミの量を16.5%減らすことができたという。

専門家「ゴミの“自分事化”を」

ゴミ袋をめぐる全国の自治体のさまざまな動き。

ゴミ問題に詳しい東洋大学の山谷修作名誉教授によると、指定の有料ゴミ袋を導入している自治体(市と区)は、2000年ごろには2割ほどだったが、2023年には、およそ6割にまで増えているという。

「最近の例を見てみますと、手数料、つまりゴミ袋の価格が高いほどゴミの減量効果が高まっていくんですね。ほかにもゴミ減量の施策というのはあると思うんですが、有料化は、市民にゴミ減量の動機づけをできるということで、非常にインパクトが大きいということは言えますね」

「人口減少や高齢化によって地方自治体の財政状況が非常に厳しくなる中で、増大する福祉費用に対し、ゴミの処理費用は、ゴミを減らせば、縮減できる費用なんですね。そのため、ゴミ減量は優先的に取り組む政策になっているんです」

そのうえで、どんな政策をとるにせよ、住民のゴミへの意識を高めていくことが重要だと話す。

「ゴミを“自分事化”できれば、どういうふうにしてゴミを減らせばいいか考え、これまで可燃ゴミに入れていた雑紙などを資源物として分別するとか、生ゴミの堆肥化にトライしてみるとか、関心を持って実践してもらうことが期待できます」

私たちは…

ゴミ処理には予算がかかる。その予算を誰が、どう負担するのか。ゴミ袋に上乗せする自治体もあれば、予算措置で対応している自治体もある。ただ、いずれにしても、私たち一人ひとりの負担で成り立っていることに変わりはない。いつも使っているゴミ袋、もう一度見返して、自分の街のゴミ問題について考えるきっかけにしてみてはいかがだろうか。

動画はこちらから↓

名古屋局記者
田川 優
2021年入局。名古屋が初任地。事件担当を経て、現在は小牧支局で、地域の話題を幅広く取材している。
徳島局記者
栄久庵 耕児
2009年入局。松山局、国際部などを経て徳島局。現在、遊軍や選挙を担当。海外の人権問題などを中心に幅広く取材
福岡局記者
馬見塚 琴音
2015年から佐賀局キャスター、その後、大牟田支局記者を経て、現在、福岡県政キャップ。
ネットワーク報道部記者
金澤 志江
2011年入局。仙台局や政治部などを経てネットワーク報道部へ。気になるテーマを幅広く取材中。