増える”自主返納”実態は?

マイナンバーカードをめぐるトラブルが相次ぐ中、カードを「自主返納」した人がことし4月から先月にかけて増えていたことが県庁所在地などの自治体への取材でわかった。制度への不信感を理由に挙げる人も多く、自治体の中には、返納しても個人情報とのひも付けが残ることなど、説明を強化する動きも出ている。独自調査で実態に迫った。

(阿部有起、名越大耕、能州さやか、柳澤あゆみ、三藤紫乃)

※記事の最後で動画をご覧になれます。

“自主返納”が増加

「メリット、デメリットについて正確に、まずわれわれに伝えるべきですし、運用手続きにしても、あちこちでマイナカードの使い方が周知されていませんし、進めるのであればもっと制度を熟成させて告知のしかたも工夫すべきだと思う」

6月、マイナンバーカードを自主的に返納した男性は、システムや運用上のトラブルを解決し、より丁寧に説明を尽くしてほしいと話した。

デジタル庁によると、本人の希望によりカードを返納した件数は、発行開始から7年間の累計でおよそ47万件。このうち、6月1か月間ではおよそ2万件に上ったとしている。

NHKは、一連のトラブルを背景に返納数がどのように変わったかを探るため、◇東京23区、◇道府県の県庁所在地、◇政令指定都市の、あわせて74自治体を対象に、6月までの月ごとの「自主返納」の数とその理由を尋ね、回答をまとめた。

その結果、「自主返納」の数は、▼一連のトラブルが明らかになる前の4月は124件、▼5月は205件、そして、▼6月は899件と、一連のトラブルが明らかになってから、増えていたことがわかった。

返納の理由は?

NHKは今回の調査で自治体にマイナンバーカードの返納の理由もたずねた。

すると、多くの自治体が「制度への不信や不安の声が寄せられている」と回答した。

このうち横浜市では、自主的に返納した人が5月の11件から6月は140件に増えた。

その多くで「マイナンバーカードに不安を感じる」とか「制度そのものが信用できない」という声が寄せられたという。

トラブル防止に「確認書」

では、自治体は一連のトラブルを受けてどんな対策をとっているのか。


6月3日、札幌市では、本人が希望していないにもかかわらず、健康保険証とマイナンバーカードを一体化させるというミスが起きた。

これを受けて、これまで口頭で行っていた本人の意向確認について、手続き方法を見直した。

誤ったひも付けを防止するための対策として導入したのが「確認書」だ。実際に、サポート窓口では、訪れた人に確認書を示し、▽健康保険証の利用登録と、▽「公金受取口座」の登録に関する説明を行った上で、「はい」と「いいえ」のいずれかの欄に、みずから 記入するよう求めていた。

札幌市デジタル企画課・柄澤晃人課長
「窓口ではひと手間増えているが、それほど大きな手間ではなく、間違いが起きるよりもずっといいことだ。紙を使うことで、申請する方と係員との間で、間違いなく手続きを進められるようになると思う」

窓口を利用した40代の男性は、札幌市の対応について。
「手間でも必要なことであって、それで安心になるのであれば、いいのかなと思います」

他の自治体も対策あの手この手

▼山形市では、窓口で健康保険証との一体化や公金受取口座の登録などの希望を書面でチェックしてもらい確認しているという。

▼松江市では、「マイナポータル」上で健康保険証や公金受取口座の情報を確認する手順をまとめたチラシをつくり、窓口を訪れた住民に情報に誤りがないか確認を進めているという。

▼鳥取市では、手続きの際の共用の端末のログアウトを忘れた結果、情報のひも付けのミスが起きたことを受けて、1人の手続きが終わるごとにパソコン自体を再起動する対策をとったという。

一方で、こんな回答をした自治体もあった。
▼長野市では、返納の手続きに訪れた人に対しては、再発行には1000円の手数料がかかることを説明しているという。

返納しても問題解決ではない!

自分の個人情報が誰か他人のものとひも付いていたらと、不安になるのは当然だろう。ただ、マイナンバーカードを返納したからといって、問題が解決するわけではない。

それはなぜか?

カードを返納しても、カードそのものに個人情報が記録されているわけではないため、マイナンバー制度のもとで個人情報はそのまま残るからだ。健康保険証の情報もひも付いた形で管理されることになる。

さらに詳しく説明しよう。

「マイナンバー制度」では、国民1人1人に12桁の番号の「マイナンバー」が割りふられている。

一方、「マイナンバーカード」は、顔写真が掲載されたICカードで、12桁のマイナンバーと氏名・住所・生年月日・性別の「基本4情報」が記載されている。

カードのICチップには、マイナンバーと顔写真のデータ、それに基本4情報のデータ、電子証明書などが記録されている。

一方で、それ以外の「年金や医療、税といった個人情報」は記録されていない。このため、さまざまな行政手続きを行う際は、年金や医療、税などそれぞれの機関が管理する個人情報とひも付けを行うことで一体的に運用が行われる仕組みだ。このひも付けは、マイナンバーと行われることから、仮にマイナンバーカードを返納したとしても、ひも付けられた状態は残ることになる。

また、政府は、来年秋に今の健康保険証を廃止しマイナンバーカードと一体化する方針だが、いまの健康保険証が廃止された後も、健康保険証の情報はひも付けの形で管理されることになる。

返納で使えなくなるサービスも

返納すると、カードでできていた行政サービスの利用ができなくなることがある。
専用サイトの「マイナポータル」で行えた、▽引っ越しの際の転出届の提出、▽パスポートの取得や更新の手続きなどのほか、▽年金記録の確認や、▽住民税や所得に関する情報などの閲覧ができなくなる。さらに、コンビニなどで住民票の写しなどの証明書の交付が受けられるサービスも使えなくなる。

不安なときはどう確認?

では、自分の情報がどうなっているか気になる人はどうすればいいのか?

自分の情報が正しくひも付いているかどうか不安がある人は、専用サイト「マイナポータル」で確認できる。

【リンク】詳しくは「知りたい!不安な時 どう確認?マイナンバーカード」

政府はどうする?

マイナンバーカードをめぐる一連のトラブルを受けて、政府はことし秋までをめどに、「マイナポータル」で閲覧可能な29項目すべてのデータの総点検を行うことにしている。

政府は、引き続き、デジタル社会の実現に向けマイナンバーカードの普及を進めていく考えだ。総点検を通じて国民の不安を払しょくし、計画通りに進めることができるのか、今後も取材を続けていきたい。

政治部記者
阿部 有起
2015年入局。鹿児島局、福岡局を経て2021年から政治部。今夏から野党クラブ所属。趣味はツーリング。
経済部記者
名越 大耕
2017年入局。福岡局を経て経済部。デジタル庁と情報通信業界などを担当。
社会部記者
能州 さやか
2011年に入局。秋田局と新潟局を経て2017年から社会部。
ネットワーク報道部記者
柳澤 あゆみ
2008年入局。秋田局、石巻報道室、国際部、カイロ支局などを経て2021年からネットワーク報道部。
札幌局記者
三藤 紫乃
2017年入局。札幌局が初任地。帯広局を経て再び札幌へ。現在、札幌市政を担当。