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2024年3月13日(水)

“教育虐待” その教育は誰のため?

“教育虐待” その教育は誰のため?

「成績が悪いと子どもをどなる」
「睡眠時間を削って勉強させる」
教育のためによかれと思った言動、実は「教育虐待」かもしれません。教育虐待とは、子どもの心や身体が耐えられる限度を超えて教育を強制すること。佐賀で起きた元大学生の両親殺害事件では、背景に教育虐待があったと裁判で専門家が証言し注目を集めました。受験などが過度に競争的と指摘される日本。どうすれば教育虐待を防げるのか。子、親、それぞれの声から考えました。

出演者

  • 武田 信子さん (臨床心理士(元 武蔵大学人文学部教授))
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

“あの教育は虐待だった” 苦痛の声が広がる

桑子 真帆キャスター:
成績が悪いと、どなりつける。睡眠時間を削って勉強をさせる。ついつい親がとる、こうした行動。かつては、「教育ママ」「スパルタ教育」などの言葉で語られてきました。親がよかれと思っても、子どもにとっては深く傷つく場合もあります。

子どもが耐えられる限度を超えて教育などを強制することが「教育虐待」であるという認識が、今、広がり始めているんです。
次々と声が上がるきっかけの1つとなった事件があります。
2023年のちょうど今頃、佐賀県で、当時大学生だった長男が両親を殺害した事件です。

長男が両親を殺害 “教育虐待”が背景に

その事件は、2023年3月、佐賀県鳥栖市の住宅街で起きました。
九州大学の1年生だった長男が、父親の教育を巡る虐待への報復として、ナイフで両親を殺害。先週、2審の判決で懲役24年が言い渡されました。
長男は現在、拘置所に勾留されています。面会に訪れた友人は、長男は穏やかな性格だと話します。

長男の友人
「普通に優しくて、真面目で、冗談も言うから、おもしろい子で。あんなにいい子が事件を起こしてしまった」

長男は、なぜ殺害に至ったのか。裁判で動機を明かしました。


父親を殺害した理由について
「父から受けた仕打ちに対する報復のためです」

裁判記録より

裁判では、長男の心理鑑定を行った専門家が、背景に「教育虐待」があったと指摘しました。
心理鑑定を行った、西澤哲(さとる)さんです。長男との6回におよぶ面接や親族への聞き取りを実施。その結果、「教育虐待」と判断したのは、父親の支配のもとに教育が行われていたからだといいます。

臨床心理学が専門 山梨県立大学 西澤哲特任教授
「子どもの人生がどうのこうのというよりも、自分のために、子どもにレベルの高い大学に行かせたい。子どもの進路を利用している、自分の満足のために。そういう意味では、典型的な教育虐待かなと考えた」

父親の方針のもと、長男は小学生のころから学習塾へ通いました。父親は勉強を教える際、間違えるたびに、ひどく叱ったといいます。

成績が悪ければ、正座で1時間以上にわたり説教。長男が宿題を終えて遊んでいる時も、父親は勉強をせずに遊んでいると思い込んで、叱責しました。

建築士になりたいという将来の夢を口にすると。

西澤哲特任教授
「『そんなもん(建築士)なれるわけねえだろ』って頭ごなし的に。“自分は将来こんなことをやってみたい”というのを、全部たたき潰されている感じがする。父親の考えとは違う自分を全く描けないままに大学生まできた」

父親は、なぜ厳しい教育を長男に強いたのか。ギャンブルで借金を抱えた家庭で育った父親。大学受験にも失敗し、運送会社など、職を転々としました。その生い立ちが影響していると西澤さんは見ています。

西澤哲特任教授
「自分の人生にすごい劣等感を抱いて、無能感、無力感を持って成長した。それだけに学歴コンプレックスが非常に強かった」

周囲にも、自身の学歴を「九州大学中退」と偽っていたと父親の弟は証言します。

父親の弟
「高校も大学も違っていて、うそをついていた。いろいろな所で言っていたみたいですね」

自分をよく見せようとする中、父親は長男の学歴に執着するようになったと見られています。

父親の弟
「見えっぱりですよ。結局、被告(長男)は自分の所有物で、自分を引き立たせるためのツールくらいに思っていた面もあるんじゃないのか」

長男は父親の期待に応えて、九州大学へ進学を果たします。
しかし、大学進学後も干渉は続きました。長男は、ある思いを強くします。


「いつか仕返しをしてやろうと思うことで、その思いを杖(支え)のようにしていました」

裁判記録より

事件を起こす3か月ほど前、友人に複雑な胸の内を語っていました。

長男の友人
「心の中に泥だんごがあって、それを布が覆っているんだけど、泥だんごが大きくなってシミができるんだけど、そのシミを拭っても拭っても消えないんだよねって言われました。心の中でためていたものが爆発しそうというか、その気持ちを消そう消そうとしても、消せなかったのかな」

大学に入って1年がたとうとしていた、2023年3月9日。
長男は、父親と、止めに入った母親を殺害しました。

臨床心理学が専門 山梨県立大学 西澤哲特任教授
「彼の目標は、なんとか父親の支配から逃れることに、人生の目標がいっちゃったんじゃないか。そのゆがみを作ったのは、父親でもあるんだと思う」

“教育虐待”とは? 限度を超えた教育

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
「教育虐待」という概念を、10年以上前から学会で提唱してこられた、武田信子さんをお招きしています。

とても痛ましい事件でしたけれども、これは、決して特異な例ではないというふうに考えたほうがいいですか?

スタジオゲスト
武田 信子さん (一般社団法人ジェイス代表理事)
教育虐待という概念を10年以上前から学会で提唱

武田さん:
「教育虐待」というふうに言うと、世間では殺人とか、そういうイメージになると思うんですけれども、実は、結構あちこちで、いろんな人たちが受けている状態だと思っています。

桑子:
今回、番組ではホームページを通じて、皆さんの経験談を募集しました。10代から60代まで幅広い世代の方からお寄せいただきました。ありがとうございます。一つ読ませていただきます。

「部活を選ばせてもらえない。自分の進学校を決めさせてもらえず、親の望まぬ学校なら願書を書かない」という30代の男性の方の経験談です。
では、親のどういう考え方が教育虐待につながってしまうのか。親の心理から読み解いていきたいと思います。

親は、「教育熱心」でありたいと思いながらも、「教育虐待」につながってしまうケースもあるということで。「教育熱心」である場合というのは、子どもはそもそも別の人格だというふうに考えられています。そうすると、子どもが幸せな状態かどうかというのを第一に考えることができて、無理だった場合に別の道を考えることができます。ただ、一方で、自分の子どもが自分の作品だと思ってしまうと、子どもと自分の成功が大切で、その道を“良かれ”と信じて疑わない。そうすると、「教育虐待」につながってしまうということになります。このように、読み上げると分かるような気もするんですけれども、では、どこに境があるのか。具体的にどういう行為が「熱心」なのか「虐待」なのか。この判断基準は、どういうふうに考えたらいいのでしょうか。

武田さん:
「教育熱心」というふうに言われる人たちは、実際に子どもが、今、どんなことを感じているんだろうかとか、何を考えていて、どうしたいんだろうということに、とても共感をする力があるんですね。「教育虐待」というふうになってしまう場合は、もう子どもと自分が一体化していて、この子にとっていいことは、自分が全部知っていると。だから、すべて自分が決めてしまうということをしてしまう感じです。「教育虐待」の人たちも、自分が悪い親だとは全く思っていないです。

桑子:
良かれと思ってやっているわけですからね。こうして「教育虐待」に陥ってしまう親が、どうしてそうなってしまうのか、今回、背景にあるものとして3つ挙げさせていただきました。

背景には…
◆親の不全感
◆「子どもの人生は親の責任」
◆競争的な社会

まず、「親の不全感」。親の理想を実現できていないという、佐賀の事件でも背景の一つとして指摘されていました。そして、「子どもの人生は親の責任」なんだという強い考え方ですね。さらに、「競争的な社会」です。社会的な影響もあるということで、実は、ここで見ていただきたいものがあるんですけれども、「国連子どもの権利委員会」から、日本は改善勧告を出されています。

「あまりにも競争的な制度を含む、ストレスフルな学校環境」であると。さらに、「社会の競争的な性格により、子ども時代と発達が害される」と。教育制度、社会、どちらにも競争的だという指摘を受けているのは、日本と韓国のみ。これは、子どもの権利条約を批准しているOECD=経済協力開発機構加盟国のうち、日本と韓国だけということになっています。これは、社会の影響もある、親だけの責任ではない、というふうに考えていいでしょうか。

武田さん:
はい。それは社会全体の空気感ですね。すごく競争的な社会になっていますので、その競争の中で、子どもが成功をしないとしたら、それは親の責任だというふうに問う声が上がってくるわけですね。もし、子どもがちゃんと育たなかったら、それは育てた親が悪いというふうに、みんな言うわけなんですけども、その「ちゃんと育つ」というのがヒエラルキーの上のほうに行くということになっているので、そうすると絶対に、勝つ人と負ける人というのが出てしまう。そうしたら、人並みには、あるいは、人よりちょっと上には行ってほしいというふうに、普通の親だったら思いますよね。その結果として、一生懸命になり過ぎてしまう、子どもの姿が見えなくなってしまう、ということが起きるんだと思います。

桑子:
こうして、さまざまな背景の中で起きる「教育虐待」ですけれども、虐待を受ける子どもにとっては、長きにわたって傷を残します。

”教育虐待” 長きにわたる影響

子どものころに受けたという教育虐待の影響に苦しむ、30代のユキさんです。
10代のころから精神的な不調が続き、現在は働くことができていません。
ユキさんは、母親の指示で、幼稚園から大学まで5回の受験をさせられてきました。

ユキさん(仮名・30代)
「ある種のレールの上にはギリギリ乗っかってはいるけど、でも結局、こうやって体調不良で倒れてしまうわけだし」

幼稚園に入る前から、塾を掛け持ちさせられていたユキさん。自宅に帰ると、母との学習が待っていました。「あなたはとりえがないから勉強するしかない」と言われながら、母の作った問題を解く日々だったといいます。拒否すると、母親はヒステリーを起こすため、従うしかありませんでした。
そんな中、母親はたびたび、自分とユキさんを同一視するような言葉をかけたといいます。


「私たち本当に頑張ってるよね」
ユキさん(仮名・30代)
「何で“うちら”って人称になっているんだろう。違和感はさすがに生じて、でも、『それが愛情なんだ』って伝えられました」

次第にユキさんは、母親の意思が自分の意思かのように錯覚していきました。母親から命じられた受験勉強以外、何にも興味を持てず、同級生の話題にもついていけなかったといいます。

ユキさん(仮名・30代)
「みんなが将来の進路とか、いろんな選択肢を模索して、楽しく話している時に、私だけ、その輪に入れなくて、親はなんて言うんだろうとか、何を望むんだろうってことしか頭にない」

それでもユキさんは、虐待を受けていると気付くことはできませんでした。母親の友人など、大人たちから、たびたびかけられた言葉があったからです。


「あなたのためだから」
ユキさん(仮名・30代)
「『(お母さんは)娘思いだよね』って、いろんな人に言われる中で、なんか心が痛むんですよね。それを言われるたびに。母親がここまで自分事のように私のことを思うのは、私が出来が悪いからだって。だから、私が違和感を持つのはおかしいと、高校3年ぐらいまでは思っていました」

母親に、人生のゴールかのように言い聞かされてきた大学受験。ユキさんは、第一志望の大学に合格しました。しかし、受験を終え、生きる目的が分からなくなります。精神のバランスを崩し、入退院を繰り返すようになりました。母親と自分を同一視してきたため、他人との距離感が分からず、大学の人間関係でもトラブルが続きました。

ユキさん(仮名・30代)
「(先輩が)思ったような接し方をしてくれなかった時に、すごいかんしゃくを起こして、暴言を先輩に吐いてしまったり、変な振る舞いをしているなって、頭では分かっているんだけど、感情を抑えられない。なんで、こういうことが起こるのかって、よく分からないまま」

ユキさんは、感情のコントロールなどを難しくする「複雑性PTSD」と診断されました。医師からは、教育の中で受けた虐待が原因だと告げられました。その後、就職したものの、症状が悪化し、休職。教育虐待の影響は、今も続いています。

ユキさん(仮名・30代)
「(親が)教育虐待として自覚しているケースは、ほとんどないかもしれないけど、負の連鎖が続いていって、ずっと生きづらさとして残り続ける」

中には、親になってから苦悩を抱える人もいます。

亮平さん(38)
「子どもですね」

3児の父親の亮平さんです。
自分が教育の中でされたように、しつけの中で、子どもに手を上げることが何度かありました。妻と相談し、育児には積極的に関わらないようにしています。
子どものころ、亮平さんは、クラスで5位以内に入れないと両親からたびたび暴力を受けたといいます。

亮平さん(38)
「気が狂いそうなぐらい痛い。ものすごく嫌な思い出ですね」

亮平さんは恐怖心から勉強に打ち込み、難関私立大学に入学しました。
両親からの教育は虐待だったと考えていますが、一方で、「厳しい教育があったから、学歴を手にすることができた」という思いも拭えません。

亮平さん(38)
「自分自身を振り返った時に、(恐怖心がなければ)勉強しなかっただろうな。すべて悪だったと捉えるより、プラスに捉える。そう解釈している自分はいます、正直」

ジレンマを解消できない亮平さん。父親になった今、虐待を繰り返したくないと思いつつ、暴力などで脅す以外、いい方法が分からないといいます。

亮平さん(38)
「育てるのが、ものすごいしんどくて、自分が子どもの時にされていたやり方と同じ。親に対して恨みもあるし、批判もしているけど、完全には乗り越えられていない」

“教育虐待”を防ぐ 考え方のヒントとは?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
このように、教育虐待の影響を長年受けるケースは珍しくありません。

ある支援団体の調査です。子どものころに教育虐待を受け、成人しても、現在も治療を受けていると回答した人が65%に上ったという調査があります。中には、「複雑性PTSD」と診断される人までいるということで、なぜ、ここまで深刻で、しかも、長く続いてしまうというふうに考えていらっしゃいますか。

武田さん:
一般に虐待というふうに言うと、殴る、蹴るというような、ひどいものをイメージすると思うんです。そして、実際にハンガーでたたかれたりもするんですけれども、実は、身体的虐待よりも、じわじわといじめられるというか、「あなた、もうちょっと勉強しないとだめなのよ」「あなたは、できない子なのよ」なんていうようなことを毎日毎日言われていると、それが、だんだん心の中にしみ渡っていってしまって、自分を肯定できなくなっていってしまう。しかも、それを、愛してもらいたい親から言われているわけですよね。そうすると、やっぱり私が悪いんだ、自分が悪いんだ、というふうに思ってしまうわけです。さらに言うと、家庭の中で、そういうふうに言われ続けていて、どろどろの生活をしているわけなんだけれども、そこからいったん外に出てみると、学校でも、「勉強できない、おまえが悪い」と言われるし、社会全体が競争的な、先ほどの国連で言われた、競争的な価値観の中で動いているので、救いが無くなってしまって、八方塞がり。子どもの立場からは、もう動けない状態になってしまうんですね。

桑子:
自分で気付くのも、どんどん難しくなってしまうということになるのでしょうか。

武田さん:
そうですね。

桑子:
では、親は、どのように子どもと向き合っていけばいいのかというところで、武田さんに大きく2つのポイントをいただきました。

大切なのは…
◆子どもへのリスペクト
◆対話できる関係作り

武田さん:
まずは、子どもを尊重するということです。今、子どもがどんな表情をしているのか、何を考えているのか、しっかりと子どもの様子を見て、その子どもの気持ちに寄り添うということですね。自分は正しいんだから、自分の思ったとおりにすればいいのだというのではなくて、それで、どう思っているの?とか、どんな感じなの?というのを言葉であるか、それとも表情であるか、分かりませんけれども、やり取りをする。そして、あなた、嫌なんだったら別の方法あるよね?とか、そういう対話をずっと繰り返して、決定しないで、次にまた何か言われたら、また関係を作るということを繰り返していく。その中で、信頼関係が作られていくのだというふうに思います。

桑子:
対話って、しようと思ってもなかなか難しかったり、こじれてしまった関係を修復するのは難しいと思いますけれども、今からでも修復はできますか?

武田さん:
はい、私はできると思います。実際にそういう事例を見てきていますし、それから、親が、今、この番組を見て、話を聞いて、私は何かやってきちゃったかもしれない、俺はやってきてしまったかもしれないと思っている人は、そこから改めて学んで、スタートすればいいのだと思います。

桑子:
おしまいは、母親から教育虐待を受けていたというユキさん。気持ちに変化が。

失った“自分”取り戻す 新たな夢“学ぶ喜び”

母親の意思に従うあまり、自分を見失っていたユキさん。
最近、初めて、自分で好きなものを見つけました。

ユキさん(仮名・30代)
「気づいたら熱く応援していた。涙が出るほど、うれしかったですね。自分っていう人格は一生育たないのかと思った時期もあったんで、ちゃんとここに自分の心があったんだって」

そして今、新たな夢のため、勉強を始めています。今度は自分のために。

ユキさん(仮名・30代)
「学ぶって、義務感や圧力でやるものじゃなくて、楽しくてやるものなんですよね。学んでいます。少しずつ、まだまだ先が長いけど」
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