育児と介護を同時に行う「ダブルケア」。親や家族の介護に小さな子どもの世話。心身ともに限界を感じている人も少なくありません。ダブルケアの当事者や、今後に不安を感じる人たちの悩みを聞きながら、どう向き合えばいいのか、専門家と一緒に考えます。
小薮基司(横浜市すすき野地域ケアプラザ 所長/社会福祉士)
植木美子(一般社団法人 ダブルケアサポート 理事)
今回のテーマについて
ダブルケアをしている人は、全国に25万3000人(※)。特に30~40代が多いといわれています。深刻な社会問題になっているといえるのではないでしょうか。
※2016年 内閣府調べ
晩婚化・晩産化などが要因になっている
育児・介護・仕事を両立するには?
パパと娘(1歳3か月)の3人家族です。母は71歳で、5年前から入院しています。自宅から病院まで、電車とバスを乗り継いで片道2時間。コロナ以前は、月に5回以上通っていたこともありました。父は81歳で、実家にひとり暮らしです。ときどき身のまわりの手伝いに行きますが、片道1時間半かかります。実家から病院も1時間かかります。
今後、母や父に何かあったとき、すぐに対応できるのか気が気でないです。父が体調を崩して救急搬送されたこともありました。コロナで緊急事態宣言のときに子どもを預けることができるか、私が仕事中のときどう動けばいいのか、母が病院から出たときどう介護すればいいのか、想像がつかず不安です。
そんな中、産後のストレスも重なり体調を崩してしまいました。私自身にきょうだいはなく、実家の近くの親戚は体調を崩しているので頼れません。同世代の友人に介護をしている人はなく、理解されにくく、相談することもできません。
いずれ仕事に復帰する予定ですが、育児と介護、そして仕事をどうすれば両立できるのか悩んでいます。
(お子さん1歳3か月のママ)
周りに頼る人がいないケースが増えている
回答:植木美子さん
核家族化が進み、ひとりっ子の方も増えているので、周りに頼れる人がいないという話をよく聞くようになりました。
今後、介護の当事者になる人も含めて、基本的な情報から教えてください。
まずは地域包括支援センターに相談を
回答:小薮基司さん
家族介護者の方が住んでいる地域に、「地域包括支援センター」という相談センターがあります。まずは、そこで困っていることを伝えて、相談に乗ってもらいましょう。
地域包括支援センターとは
「地域包括支援センター(※)」は、介護をはじめ、高齢者の生活全般の困りごとを相談する窓口です。社会福祉士、保健師、主任ケアマネージャーなど、専門の資格を持つスタッフが連携して解決方法をアドバイスしてくれます。
※地域によって名称が異なることもあります
地域包括支援センターに行けば、介護も子育てもひとつの窓口で相談できますか?
「断らない相談」の体制をつくっている
回答:小薮基司さん
相談しても大丈夫です。地域包括支援センターは、介護保険制度の仕組みで、高齢者の相談が専門になりますが、子どもの問題、生活困窮の問題なども、とにかく相談を受け付けます。話を聞き、問題を一緒に整理して、必要であれば専門の部署を紹介するわけです。
それぞれの部署の相談担当は、連携を大事にしています。私は高齢分野が専門ですが、よく子ども専門の方と連携をしています。そういった流れは、全国的に広がっていて、「断らない相談」をテーマにした体制がつくられているのです。
家事・育児・介護・仕事を両立するためのポイントはありますか?
ケアマネージャーに相談を
回答:植木美子さん
まずは協力者が大事です。家族や親戚の方など、頼れる人がいない場合は、ケアマネージャーに相談しましょう。ケアマネージャーは、利用者や家族と相談して、介護の計画「ケアプラン」を作る人です。施設などの利用がスムーズにできるように便宜を図ったり、言いにくいことを代わりに伝えてくれたりもします。
会社の介護関連の制度を調べる
回答:植木美子さん
勤めている会社に介護で使える制度があるか確認してみましょう。例えば、介護休暇や、有給休暇でも介護の場合はどのような配慮があるのか、などです。また、実際に制度を利用した人の話を聞くことも大切です。
介護はチーム戦
回答:植木美子さん
介護は、ひとりで全部行うようなものではありません。介護の専門家やプロと一緒に協力することも大切です。介護はチーム戦だと考えてください。
介護のイライラ… 子どもへのしわ寄せが心配
78歳になる母が、徒歩10分のところにひとり暮らししています。去年、認知症と診断され、食事や入浴の介助が受けられるデイサービスを利用するようになりました。でも、母は行きたがらず、毎回けんかになってしまいます。とてもわがままになって、いろんな理由をつけて行きたがりません。
私の負担も増え、家でイライラするようになりました。そのイライラがいつも一緒にいる子どもに向かってしまいます。よくないとわかっているのに、嫌なのに、きつい言い方をしてしまいます。子どもも「ごめんなさい」とすぐ謝ってきて、私が追い詰めてしまっているのに、とてもつらくなります。どうにか自分の気持ちをコントロールできないかと思っています。
(お子さん小学校3年生・1歳4か月のママ)
認知症であることを受け入れていく
回答:植木美子さん
なかなか難しいことかもしれませんが、認知症という病気であることを、少しでも受け入れてあげてください。今は、認知症に関する本もたくさんあり、認知症の本人がどのように思っているかなど、少しずつわかってきたこともあります。やはり、いちばんつらいのは、忘れていってしまう本人なのです。
けんかになる場合は第三者を
回答:植木美子さん
デイサービスに行く・行かないでけんかになってしまうような場合は、例えばケアマネージャーや送迎してくれる施設の方など、第三者に入ってもらうことで、うまくいく場合もあります。
介護される側も介護チームの一員に
回答:植木美子さん
「孫のために行ってくれる?」とお願いするのもひとつの方法です。例えば「今日は、あの子が行きたいところがあって、お母さんがデイサービスに行ってくれると、とても助かるよ」のように、いつもは介護されるお母さんも、介護チームの一員になってもらうような感覚でお願いするわけです。そのように視点を変えてみるのもよいでしょう。
地域包括支援センターは介護する側の相談もできる
回答:小薮基司さん
相談の方ご自身が、いちばんケアが必要なのかもしれません。まずは、お母さんの介護ではなく、自分のことを相談しましょう。その相談相手をぜひ作っていただきたいと思います。
地域包括支援センターでは、介護する側の相談もできます。自分を主語にして「私が困っている」と伝えてください。介護の相談というイメージを持っているかもしれませんが、自分のことをたくさん話してもいいのです。「私の介護」の相談に、何度行っても大丈夫ですよ。
介護で子どもに我慢させていることがつらい…
3人の子どもを育てながら、同居する義理の母を介護しています。認知症の母の在宅介護はもうすぐ5年です。毎日、深夜にもトイレ介助をしなくてはいけません。午前3時ごろにトイレに連れて行ったり、おむつを替えたり、ぬれてしまったシーツを替えたりします。そのとき、どうしてもバタバタして、一緒に寝ている4歳の娘を起こしてしまいます。早朝には、もう一度母の様子を見に行きます。オムツを履かず、おしっこがたれた状態で歩かれることもあるし、オムツがびしょびしょなのに、取り替えさせてもらえない日もあります。なかなかパパの協力も得られず、すっと寝不足が続いています。
心配なのは、子どもたちへの影響です。例えば、子どもが「〇〇に行きたい」と言っても、介護のために行けないのが現実です。子どもも「〇〇をやってみたいけど、ばあばがいるから無理だよね」と言うようになりました。そんなことを言わせてしまっていることが、とてもつらいです。
(お子さん小学校2年生・1年生・4歳のママ)
ケアプランでパパの役割も話し合う
回答:小薮基司さん
介護の負担がひとりに集中しています。ダブルケアをしている人は約25万人ですが、そのうちの17万人が女性(※)で、その割合が大きくなっています。女性に集中しているわけです。
ひとつの方法は、夫婦で相談に行くことです。ケアプラン(介護の計画)の中に、パパの役割をしっかり話し合って書き込むようにしましょう。
※2016年 内閣府調べ
「もっと育児をすればよかった」と後悔している方が多い
回答:植木美子さん
調査をすると、ダブルケアの当事者・元当事者には「もっと育児をすればよかった」と後悔している方がとても多いことがわかります。それは、どうしても介護を優先していたからだと思います。当事者に「育児と介護、どちらをとるか」と聞くと、みなさん「介護」と答えるのです。
子どもが大きくなってくると、「ちょっと待ってね」というお願いを聞いてくれるようになります。子どもたちも、いい子に待っているんです。そうすると、「その間に介護をしてしまおう」と考えてしまうと思います。
ダブルケアは子育て優先で
回答:植木美子さん
私は、当事者の方と話すときは、「子育て優先で」と言い切って伝えています。介護はきちんとしたシステムがあります。お願いできる部分は外に出して、プロに任せるのがお互いのためにもなるでしょう。子どもに関しては、「待って」ではなくて、全精力で向かっていただければと思います。
介護に多くの時間を割かれることで、子どもにどんな影響があるのか。発達心理にくわしい遠藤利彦さん(東京大学大学院教授/発達心理学)に伺いました。
子どもは家庭の外でもいろいろな経験をして育つ
ダブルケア 当事者の相談先
今、ダブルケアの悩みを語り合う場が、全国に広がりつつあります。それは「ダブルケアカフェ」です。現在、全国に20か所になります(※)。コロナ禍の今は、主にオンライン・ミーティングを活用して、参加者が日頃の悩みを吐き出したり、情報交換をしたりしています。
※岩手奥州ダブルケアの会 調べ
ダブルケアカフェ主宰者のひとり、室津瞳さん(NPO法人 こだまの集い 代表理事)もダブルケアの当事者。3年前、妊娠中に父が末期がんであることがわかり、さらに母にも別の病気が見つかりました。フルタイムの仕事と、3歳の子どもを育てながらのダブルケアだったといいます。とにかく、目の前のことを必死にやるしかなかったそうです。
そんな室津さんが、ダブルケアで頑張っている仲間たちに話していることがあります。それは、子どもに目を向けてほしい、ということです。
自分が壁にぶつかっているときに、先輩たちから実際の体験を聞けると、とても心強いですね。
当事者同士で話をすると心が解放される
親ではなく、配偶者の介護でダブルケアをしている方からのお悩みも寄せられています。
パートナーの介護についてよく聞くようになった
ダブルケアを知ってほしい。支援されてもいい人だとわかってほしい
※記事の内容や専門家の肩書などは放送当時のものです