これまでほとんど語られてこなかった不妊治療の悩み。これから、妊娠・子育てを考えている方や、経験者がまわりの人たちに知ってほしいという悩みを、専門家と一緒に考えます。

専門家:
笠井靖代(日本赤十字社医療センター 第二産婦人科 部長/産婦人科医)
松本亜樹子(NPO法人Fine 理事長)

今回のテーマについて

不妊に悩んだことのある夫婦の割合は、35%(およそ3組に1組)。治療を受ける人も年々増えています。
※2015年第15回出生動向基本調査より

番組で「不妊治療に関するアンケート」を実施したところ、治療を経験している400名以上の方が、率直な声を届けてくれました。正しい情報、お金や時間、仕事との両立、体への負担、メンタルの不調などの悩みが寄せられています。

今回の専門家の方も不妊治療の経験者です。

笠井靖代さん

私は男女雇用機会均等法の世代で、仕事が優先されて、妊娠・出産は後回しという世代です。36~37歳から断続的に不妊治療を行い、40歳のときに娘を授かりました。

松本亜樹子さん

私は、結婚してから10年ぐらい、病院に通いながら、いろんな治療を順番に進めていきました。結果的には、残念ながら子どもを授からなくて、今は夫婦2人で暮らしています。


不妊治療とは?

どういうことを不妊症というのですか?

避妊をせず性交を続けて1年間妊娠しないこと。医学的介入が必要な場合

回答:笠井靖代さん

妊娠を望んだ健康なカップルが、避妊をせずに通常の性交を続けて、1年間妊娠しない場合、これを「不妊症」と定義しています。病気など、医学的介入が必要な場合は期間を問いません。
今クローズアップされているのは、女性が高年齢になって、卵巣機能が低下して妊娠しづらい場合、不妊治療を受けている方は少なくないことです。一方で、若い女性でも、子宮内膜症や骨盤内の感染で卵管の通りが悪くなり、不妊治療が必要な場合があります。

※妊娠はするけれども、2回以上の流産、死産を繰り返して結果的に子どもを持てない場合を「不育症」と呼び、検査や治療が必要になる場合があります。

不妊治療の方法は?

不妊症の治療とはどういうものなのか、齊藤隆和さん(国立成育医療研究センター 不妊診療科診療部長)に話を聞きました。

解説:齊藤隆和さん

不妊治療は、まず「なぜ子どもができないか?」という原因を調べることから始まります。

不妊の原因は、男性・女性ともにおよそ50%ずつあります。どちらにどんな原因があるのかわからないので、夫婦一緒に検査することが大切です。

不妊治療の方法は、大きく「タイミング法」「人工授精」「体外受精」の3つに分けられます。

一般的に、最初に行うのは「タイミング法」です。検査によって排卵日をより正確に予測し、夫婦で性交のタイミングを合わせる方法です。

続いて「人工授精」は、排卵の直前に精液をとり、運動性のよい精子を選んで子宮内に注入し、妊娠率を高める方法です。

タイミング法と人工授精が先に行われるのは、体への負担が少ないからです。最後の手段となる体外受精は体への負担が大きくなります。

「体外受精」は、卵子と精子をそれぞれ体外に取り出し、シャーレに入れた培養液の中で受精させます。

その受精卵を子宮に戻すのです。ここからは高度不妊治療と呼ばれています。

体外受精の中には、精子の量が少ない場合などに行われる「顕微授精」という方法もあります。卵子に直接、針をさし、運動性のよい精子1個を注入する方法です。

日本産科婦人科学会のまとめ(※)によると、高度不妊治療で子どもを授かる割合は、治療あたり12.9%です。年齢別にみると、30歳では21.8%ですが、40歳になると9.8%になり、年齢があがるにつれて割合は下がっていきます。
※2021年 日本産科婦人科学会ARTデータより

すべての方が、治療すれば妊娠できるわけではありません。100回通っても、3年通っても、妊娠に到達できない方もいます。私たち治療を行う側には耳の痛いところですが、「不妊治療はゴールの見えない治療」のようにいわれることもあるのです。

私自身、すぐに授かるだろうと思っていたが、そうではなかった

コメント:松本亜樹子さん

私自身、子どもは、望めばすぐに授かるだろうと思っていました。でも、そんなことはありませんでした。それから、思い切って病院に行って、不妊治療を始めれば授かるだろうと思ったけど、それもなかなか授かりませんでした。

仕事を考えると、妊娠・出産に適した時期が見えなかった

コメント:笠井靖代さん

自分のことを振り返ると、出産の直前まで働いていることがかっこいいと信じ込まされていたところがあります。そのため、自分の問題として、仕事のステップの中で妊娠・出産に適した時期はどこなのか、なかなか見えなかったんです。特に女性にはタイムリミットがあります。簡単に妊娠できない場合があることを、よく知っておきましょう。


お金がかかる

不妊治療には、どれくらいのお金がかかるのでしょうか?

不妊治療の費用

※令和2年度 厚生労働省より

不妊治療の平均費用(治療周期あたり)は、人工授精の場合は、約3万円。体外受精では、約50万円です。金額は、治療を行うクリニックによって差があり、最大100万円かかる場合もあります。

不妊治療の大部分は自費診療

回答:笠井靖代さん

不妊治療の大部分は、自費診療になっています。そのため、クリニックによって費用が違う場合もあります。今、議論されている部分ですが、保険が適用できないことで、かかる費用の幅が広くなっています。

※特定不妊治療の助成制度についてはお住まいの自治体に問い合わせてください

回数が増えると高額に

回答:笠井靖代さん

注意しなければいけないのは、治療の回数です。1回の体外受精で妊娠するとは限りません。10回以上で授かる場合もあります。不妊治療にかかる総額が、その回数によって高額になる場合もあります。


仕事との両立が難しい

不妊治療と仕事の両立について、番組に寄せられた声を紹介します。

上司の治療への理解の欠如がつらい。「繁忙期までにめどはつくのか」など、悪気なく言われて、プレッシャーを感じます。

顕微授精は通院の回数も多く、仕事が続けられずに退職しました。理解のある職場なんて、ひと握りだと思います。

不妊治療をする中で初めて流産を経験しました。仕事は技術職で、「流産しました」となったときも、職場に男性しかいません。たまたま大型連休の時期だったからよかったのですが、ふつうは休んだほうがいいと思います。積み上げてきたキャリアや高額な治療費を考えると仕事をやめることはできません。

治療中であることを職場に伝えていますが、周囲に負担をかけていないか心配です。全力で仕事に取り組めず、うしろめたさがあります。両立の難しさのひとつに治療のスケジュールがあります。

黄色い部分が通院日です。高度不妊治療のため、ひと月に最低10日は通います。体の状態によって、診察日が突然決まることもあります。夜中の0時に採卵(※)のための、排卵を促すための注射を受けることが決まって、病院へ向かったこともあります。採卵や移植のためには休みが必要で、治療中に気持ちが悪くなることも、みなさんに知ってほしいと思います。
※採卵:卵子を採取すること


夜中の0時に病院へ行く必要があるのですか?

妊娠率が高くなるベストなタイミングを目指す

回答:笠井靖代さん

妊娠率が高くなるように、卵胞が育って、いちばん適した時期で採卵しようとします。同じように、育てた受精卵(胚)を子宮に戻す移植のときも、その方にとってのベストなタイミングを目指します。それでも、高い率で授かることができるわけではありません。できるだけよい条件をそろえるために、急に日程が決まる場合があるのです。自分でコントロールできない部分があるので、職場の上司や同僚の理解が、非常に大事になると思います。

どうしても上司に言いづらいときは、どうしたらいいでしょう?

職場の同僚や仲のいい人など、信頼できる人に話しておく

回答:松本亜樹子さん

仕事で関わりのある同僚や、違う部署で仕事上の関わりはないけど仲のいい方など、信頼できる人に話しておくことをおすすめします。誰かに話すことで精神的に救われ、何かあったときに味方になってくれるかもしれません。

治療と仕事の両立ができなくて退職をしたという女性は23%(※)、4人に1人になります。これを受け、厚生労働省では「不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック」の作成などをはじめ、不妊治療に理解ある職場の環境整備を推進しています。2020年より、不妊治療に対するハラスメントも法律で禁止されています。
※2017年 厚生労働省「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」より。男女合計では16%。


2人目からの不妊治療

2人目以降の子どものために、いつごろ不妊治療を再開しようか悩んでいます。

お子さんとの時間も大事にしてほしい

回答:笠井靖代さん

不妊治療を始めるために、お子さんとの時間が失われたり、卒乳や断乳の時期を早めたりするのであれば、よく考えて、大事な時間を確保しましょう。不妊治療で子どもを授かるかもしれませんが、妊娠・出産のあとには育児があります。小さな赤ちゃんが少しずつ成長して、親も試行錯誤しながらだんだん親になっていきます。それは、かけがえのない時間なので、目の前のお子さんとも向き合っていただきたいと思います。


正しい情報がわからない

どの情報を信じてよいのかわからない、必要な情報が見つからないという悩みも多く寄せられています。

不妊治療中、SNSで評判の妊娠しやすくなるというサプリメントの定期購入を月5万で契約しました。不妊治療で高額な費用を払っているので、金銭感覚もおかしくなっていたと思います。その後、夫婦で冷静に話し合い、契約は解除しました。ネットにはいろんな情報があって、どれが正しいのか見分けがつきません。不妊治療をしている人の掲示板もありますが、発言をどこまで信じてよいのかわかりません。

ほとんど何もわからないところからスタートするので手探りです。SNSでの体験談がいちばんの頼りです。

病院を選ぶとき、治療実績の開示がないので、本当にこの病院に通い続けていいのか不安にさいなまれます。


情報を選ぶときに、見たいところしか見えてこない、見たくないところがすごく気になるといったことがあります。情報が多すぎて精査ができず、つまずくこともあります。どう考えたらいいでしょうか?

公的な学会のホームページも情報源になる

回答:笠井靖代さん

わらをもすがるような気持ちで情報を集めたと思いますが、なかなか情報がなくて不安だという声もありますね。公的な学会が、一般向けのホームページを公開しているので、一つの情報源になると思います。

不妊治療に関係する学会のホームページでは、不妊や不妊治療について、一般の方にわかりやすく解説しています。信頼できる情報として参考にしてください。

日本産科婦人科学会
https://www.jsog.or.jp/modules/citizen/

日本生殖医学会
http://www.jsrm.or.jp/public/

日本受精着床学会
http://www.jsfi.jp/citizen/

※ホームページ画面は2021年10月時点のものです

当事者のリアルな体験を発信

情報不足を打開しようとしている人もいます。がんサバイバーの西部沙緒里さんです。乳がんを経験しましたが、それでも子どもが欲しいと、不妊治療を決意しました。
でも、どの病院に行けば授かることができるのか、そもそも母親になれる可能性がどれくらいあるのか、信じられる指標がなくてわからなかったといいます。

https://umumedia.jp/

不妊治療の情報不足を目の当たりにし、自らメディア「UMU(うむ)」を立ち上げることを決めました。人に言いづらい不妊や出産にまつわる体験談を、あえて実名や顔出しにこだわって発信しています。当事者から語られるリアルな体験が、悩みを抱える人には必要な情報だと考えているのです。

情報発信を通じて、当事者を取り巻く社会の空気そのものを変えたいと考えています。お互いさまで支え合える空気が、もっとできるのではないかと思っています。
(西部沙緒里さん)


メンタルの不調

2021年4月、体外受精などの高度不妊治療を始めた女性の半数以上に、うつの症状が見られるというデータが発表されました。

※2021年4月 国立成育医療研究センターより

番組のアンケートにも、悩みの声が寄せられています。

夫とけんかや険悪な雰囲気が増えて、涙を流す日々です。心療内科に通われている方も多いと聞きますが、誰がそうなってもおかしくないと感じます。

仲のよい友人の妊娠も喜べません。自分の心の狭さに精神が崩壊しそうでした。

子どもを持つ人がうらやましすぎて、どうしてあの人にはできて、私にはできないんだろうと思ってしまいます。そういう自分が本当にいやだと思いました。

不妊治療に通う妻を支えるために、もっと夫婦でよく話し合えばよかったと思っています。妻の話を、いわゆる愚痴として聞くのではなく、もっと気持ちを聞ける余裕を持っていればと。ただ、余裕を持つことすら難しいのが不妊治療かもしれません。

不妊治療への偏見が心配で、体外受精が成功するまで、親にも、同じ女性である姉にも言えませんでした。言いたくても勇気がでません。「そこまでしなくても」と言われないだろうか、それでもほしいという私の気持ちをわかってもらえるだろうかと不安でした。


みなさんの声を聞いて、いかがでしょうか?

パートナーに気持ちを伝えることが大事

回答:笠井靖代さん

親や友人には、言えることと言えないことがあるので、バランスが大切かと思います。不妊治療に関しては、パートナーには本当の気持ち、つらい気持ちを伝えなければいけません。パートナーに遠慮して自分で抱えることが増えてしまうと、余計に行き違いになってしまいます。

メンタルが追い込まれる理由でいちばん多かったのが「いつまで治療を続けるべきなのか、ゴールが見えない」という声でした。

区切りを仮で決めて、パートナーと一緒に考える

回答:松本亜樹子さん

ここで言うゴールは、子どもを授かることだと思いますが、自分にいつ来るのか、妊娠できるのか、なかなか見えないですよね。妊娠と出産は、自分でコントロールできないので、答えを出すのは難しいでしょう。だから、区切りのようなものを、仮決めしておくことが大事だと思います。
例えば、夫婦2人で、1年間は迷わずに頑張ってみると決める。1年たって、残念ながら子どもを授かっていなかったら、あらためて2人で話をする。治療を続けるのか、やめるのか。それとも、少し休んでみるか。パートナーと一緒に、治療のことや、子どものいる・いない人生を考えていただきたいと思います。

松本さんは、治療で悩む人たちを支える活動をされていますが、見えないゴールに悩む方は多いのですか?

そういった相談が増えている。私たちの体験を参考にしてほしい

回答:松本亜樹子さん

最近は、「不妊治療をいつやめたらいいか」といった、やめどきに悩む方の相談が増えています。私たち支援団体のサポートメンバーとも、治療のやめどきに悩む人にどうアドバイスするのか話し合っています。費用もかかるし、年齢や時間のこともあります。何をゴールに定めるのかも、人によって違います。
そのため、ゴールに悩む人には、私たちの体験を伝えています。サポートメンバーには、治療中の人、治療をへて子育てしている人、子どもを授からなかった人、養子を迎えた人など、さまざまな体験を持つ人がいます。グループカウンセリングやイベントを定期的に開き、自分たちの体験を話すことで、これからの生き方の参考にしてほしいと思っています。

同じ境遇の方と話せるだけでも大きなことだと思います。松本さんは、治療の区切りをどのように決めたのですか?

長い休みが続いているような感覚で、折り合いをつけていった

回答:松本亜樹子さん

不妊治療をやめると決めたとき、とてもつらかったです。夜になると毎晩泣いていました。昼間はわりと元気なんです。もう病院に行かなくていい。そんなことを思いながら過ごして。でも、夜、ベッドに入ると涙が止まらないんです。そんな日々が続いていたある日、ふと「治療したかったら、またはじめればいいじゃない」と思ったんですね。
誰かが私を縛り付けて、病院に行くなと言っているわけではない。私たち2人で決めたことで、誰かが「もうやってはいけない」と言っているわけではない。それなら、行きたくなったら行けばいいと思ったら、うそみたいに気持ちが楽になりました。
その後、「でも明日はきっと行かないよね。あさってもきっと行かないかな」という感覚がずっと続いて、なんとなくフェードアウトするような、長い休みが続いているような感じで、折り合いをつけていきました。

人の価値は、子どもを産む・産まないで変わらない

コメント:松本亜樹子さん

治療のやめどきで悩んでいる方がいたら、伝えたいことがあります。私は、子どもを産めない女性は価値がない、女として生きていけないのではないか、くらいに思ってしまっていました。でも、全くそんなことはありません。子どもを産もうが、産んでなかろうが、人の価値は変わらない。私は私、あなたはあなたなんです。


まわりの人ができることは?

今回、不妊治療をされている方がどんな気持ちでいるのかを、少しでも知ることができたと思いますが、私たち、まわりにいる人たちができることはありますか?

不妊治療を特別視しないでほしい

回答:松本亜樹子さん

いちばんは、不妊治療を特別視しないでほしい。例えば、「実は私、不妊治療をしているんです」とカミングアウトされたら、「そうなんですね」「できることがあったら言ってね」と、できるだけさらっと受け止めて、さらっと流してほしいのです。「そうなんだ。応援してるね」のように言っていただけたら、とてもありがたいし、励まされると思います。

実際に多くの方が不妊治療をしている

回答:笠井靖代さん

不妊治療は特別なことではなく、15~16人に1人の子どもが体外受精での妊娠です(※)。たくさんの方が不妊治療を受けていることを理解していただきたいと思います。
それから、松本さんから話があったように、女性が子どもを産む・産まないに関わらずに尊重されるような社会が大事なのではないかと感じています。
※最新の調査(2021年9月 日本産科婦人科学会)では、約14人に1人の割合になっています

※記事の内容や専門家の肩書などは放送当時のものです