仕事に子育てに全力投球の毎日。ふと、つらい気持ちに襲われることはありませんか? 子育て中のパパ・ママにしのびよる心の危機 —— メンタルクライシス。2回目は、仕事復帰やきょうだい子育てのはじまりなど、状況が大きく変化するときの心の状態について専門家と一緒に考えます。

専門家:
大日向雅美(恵泉女学園大学 学長/発達心理学)
立花良之(国立成育医療研究センター こころの診療部/精神科医)

今回のテーマについて

精神力だけでは乗り切れない

立花良之さん

子育ての環境が大きく変わると、親にもストレスがかかることがあります。どんなに強い人でも、健康な人でも、心が疲れるときがあるのです。精神力だけで乗り切ることは難しいと知っておきましょう。

子育て状況が変わるときは、うまくいかなくて当たり前

大日向雅美さん

職場復帰や2人目の子育ては、親にとってどちらも初めての物語です。子育て状況が変わるときは、新人研修と同じなんです。うまくいかなくて当たり前だと考えて、自分をいたわってあげることが大切です。


仕事と子育ての両立で追い詰められる

育休明けの職場復帰。生活の変化で心の不調を感じたというママに話を聞きました。

娘が9か月のときに職場復帰して、忙しいパパに頼らないように仕事と育児の両立を頑張ってきました。復帰して1年ぐらいのころ、少しどうきを感じるようになり、ひどくはないのですが定期的に起こるようになりました。夜中の授乳もあり、体力的にも限界だったと思います。
そんな生活にようやく慣れてきたころ、イヤイヤ期がはじまったんです。仕事に遅刻することもありました。私は管理職の立場で、いつもは全体を把握しながら、みんなが言いづらいような人の機微にも気を配ることが多かったんです。でも、遅刻したり残業があまりできなかったり、自分の責任が果たせていないのではないかと悩みました。
子育てにも手を抜けませんでした。例えば、娘が遊びたいと言えば、家事などの用事をしたくても娘の気持ちを優先して遊びにつきあいます。保育士さんから「真面目ですね」と言われることもありました。
仕事も子育てもしっかりやりたいのですが、それで自分を追い詰めてしまいます。両立の難しさを感じています。
(お子さん2歳7か月のママ)

仕事も子育ても大切だと思う気持ちを捨てなくていい

コメント:大日向雅美さん

仕事も子育ても大切だと思う気持ちを捨てなくていいと思います。両方とも大事です。でも、仕事への向き合い方、子どもへの向き合い方を見つめなおしてみましょう。その価値観や方法を変えていくチャンスだと考えてください。別の言い方をすれば、うまくバランスをとることだと思います。

バランスが大事。でも自分一人ではできない

コメント:大日向雅美さん

バランスが大事になりますが、自分一人ではできません。例えば、パートナーとの関係で帳尻を合わせてみる。職場も同じです。今は迷惑をかけることがあるかもしれない。でも何年か後にはきちんと返していく、次の世代を支えていく。いろいろなところで、そういった帳尻合わせができると思います。「今は〇〇をする、〇年後は〇〇で返していく」のように、シートを作って見える化すれば、少しは気が楽になるかもしれません。

心と体が疲れているとき、自分では気づきにくい

コメント:立花良之さん

心と体がとても疲れて限界だったと思います。自分ではなかなか気づきにくいものです。気づきにくいのに「頑張らなきゃ」という思いで頑張ってしまい、疲れがどんどん蓄積されていく。そういった悪循環に陥ってしまいます。そんな状態にあることを、気持ちでは気づかなくても、体のほうからSOSが出ている場合もあるのです。

セルフモニタリングで客観的に自分をみる

コメント:立花良之さん

自分で気づきにくいからこそ、心理学や精神科の領域でのセルフモニタリングがあります。セルフモニタリングは、自分自身を客観的に見つめてみることをいい、難しいものではありません。
例えば、自分の「心のエネルギー」がどのぐらいなのかを数字で考えてみます。

「心のエネルギー」が全くないと感じるときを「0」、満ちあふれているときを「100」として、今の状態を直感でいいので数値化します。数字にすることで、自分の心の状態を客観的に見ることに役立つのです。日々、自分の心のコンディションを認識することが大切です。ストレスがたまる悪循環を防げます。


きょうだい育児がはじまって起こるメンタルクライシス

きょうだい子育てのはじまりでも生活が大きく変化します。番組に寄せられた声を紹介します。

第2子の出産後、家事ときょうだい育児の両立がうまくいかず、心が不安定になってしまいました。イライラを抑えきれずに上の子にきつく当たってしまう毎日、「なんて自分はダメな母親なんだろう」と自分を責めるようになりました。
(お子さん3歳・1歳4か月のママより)

上の子が2歳になる前に2人目を妊娠。上の子のイヤイヤ期と赤ちゃん返りに悩まされ、心身ともに疲れました。下の子が生まれてからも上の子のイヤイヤは増す一方で、何もかも嫌になってしまうときもありました。
(お子さん3歳・9か月のママより)

待望の第2子。でも、コロナ禍の中ではじまったきょうだいの子育てに、心が追い詰められていると感じます。イライラしたり、上の子に優しくできなかったり。後から思えばたいしたことじゃないのに、見過ごせずに厳しくなる気がします。上の子は、下の子をかわいがってくれたり、お世話をしてくれます。それなのにきつくあたってしまいます。一緒に過ごすときは楽しく笑っていたいのに、気づくと注意している自分がいます。楽しみにしていたきょうだい子育てなのにイライラばかりです。そんな自分が嫌になります。
(お子さん4歳・7か月のママより)

どん底のときは動けないこともある

コメント:大日向雅美さん

イライラしたり、上の子に優しくできなかったり、大変ですよね。客観的に見れば優しい子だとわかっていても、当事者にはわからないものです。どん底にいるときは動けないこともあります。そういうときは毛布にくるまって、「動けない私だって、あるがままの私でいい」と自分を認めてください。私たち支える人の心構えとして大切なのは、落ち込んでいる人に声をかけるとき「わかるわ、つらいのね」と、まずは共感すること。「元気出してね」とことばをかけるのはずっと後でもいいと思います。

どうして、「自分はダメだ」「子どもがかわいく思えない」となってしまうときがあるのでしょうか。

心の疲れによる認知のゆがみ

回答:立花良之さん

心の疲れが蓄積すると、脳の機能がいつもと違う状態になってしまいます。そのような、一時的な脳機能の変化によって起こるのが「認知のゆがみ」です。いつもと違う考え方をしてしまうことがあるのです。例えば、子どもがかわいいと思えなくなる、ダメな親だと自分を責めてしまうのは、認知のゆがみの典型だといえます。
このようなネガティブな思考は、さらにストレスとなり自分を追い詰めてしまいます。こうした悪循環を防ぐためにはセルフケアが有効です。


ストレスを和らげるセルフケア「コーピング」

ストレスから自分を助ける「コーピング」という方法について、伊藤絵美さん(臨床心理士)に教えていただきました。
コーピングとは「ストレスに対処してみる」という意味をもつ心理学の言葉です。次の3つのステップで行います。

  1. 自分のストレスに気づく
  2. 自分を認める
  3. 自分が心地よいと思う行動をリストアップして実践する

順を追ってみていきましょう。

ステップ1 ストレスに気づく

まず、何が自分のストレスになっているのかを考えてみましょう。でも、何につらさを感じているのかを気づくのは難しいものです。例えば「ひとりの時間がない」など、整理しようとせずに、思い浮かんだことを言葉にしてみたり、ノートに書き出してみるといいでしょう。

ステップ2 自分を認めてあげる

次のステップは、ストレスを抱えている自分を責めないこと。自分を否定せず、「私はしんどいのね」と自分の状態を受け入れて、認めてあげてください。

「子育てが大変なのは当たり前、もっと大変な人はいる」と思って、なかなか受け入れることができないかもしれません。そんなときは、心の中にいる子どものままの自分をイメージしてください。「つらい」と泣いている子どもがいるのです。泣いている子どもを言葉で言い聞かせることはできません。自分も同じ状態にあると考えてください。

ステップ3 心地よいと感じる行動をリストアップして実践

自分のつらい気持ちを責めることなく認めることができたら、今度は自分を助ける方法を考えます。自分が心地よいと感じる行動のリスト「コーピングリスト」を作ってみましょう。質より量、お金も時間もかからない手軽にできるものをリストアップするのがコツです。心地よいことを想像してコーピングリストを書き出すこと自体に、ストレスを和らげる効果があります。
また、親としての自分ではなく、個人としての自分のためにコーピングを考えることが大切です。子育て中だからこそ、子どもから離れたほうがいいときもあります。

コーピングリストができたら、ストレスを感じたときに実践してみましょう。いつでもどこでも使えるように、持ち歩くのがおすすめです。

コーピングを実践したママの声

リストを作るとき「こんなに書けるんだ、自分を癒やす行動がこれだけたくさんあるんだ」と思えました。それが書けたことで、何か安心感もありました。たあいないことだと思ってやっていたことが、自分にとって大事なことだったと再認識しました。
小さいことから大きいことまで書いたので、実際にできないこともありました。でも、できなくても書いてみたり、イメージしてみたりするだけでも違うんだと思えました。


ネガティブな考え方が変化し、新しい観点から物事を見られるようになる

コメント:立花良之さん

心の問題は、どんな人にでも起こりえます。どんなに健康な人でも、どんなに精神力の強い人でも。セルフケアのメリットは、ネガティブに考えてしまうとき、違った観点から物事を見られるようになることだと思います。

「落ち込んでいる自分を責めずに認める」というステップは、子育て中のパパ・ママにとっては難しいのではないかと思います。どう考えればいいですか?

落ち込んでいる自分に気づきを向け、評価はしない

回答:伊藤絵美さん

自分をダメだと評価しないことが大切です。元気にならないといけないと考えずに、落ち込んでいてもイライラしていても、あるいは何も考えられなくなっても、そんな自分に気づきを向けることです。評価をしてはいけません。

自分を評価しないためには、どうしたらいいのですか?

自分を評価しないためには「ふ~ん」がキーワード

回答:伊藤絵美さん

例えば「今、私は落ち込んでいるんだな。ふ~ん」のように自分を見てみましょう。客観的に、少し引いて自分の状態を見て、それを評価せずに「ふ~ん」という感覚にとどめるのです。そのような受け止め方を続けていきましょう。

それでも自分自身の評価が気になって、自分ができないことに対して「ふ~ん」と思えないときはどうしたらいいでしょう。

コーピングリストで切り替える・その行動を習慣化していく

回答:伊藤絵美さん

落ち込んでいるときは、考え方を切り替えることが難しい場合もあります。「ふ~ん」で受け止めきれないときは、コーピングリストを見てください。「どの方法で自分を助けようかな」と、リストを見るだけでも気持ちが切り替わります。自分で切り替えようとするよりは、「『ふ~ん』で受け止めて、リストを見る」を練習のように繰り返して、習慣化できるとよいでしょう。

コーピングリストは、元気なときに作っておいたほうがいいのでしょうか?

少し心に余裕があるときに作っておく

回答:伊藤絵美さん

元気があるときのほうが思いつきやすいですね。その意味では、よく睡眠がとれた日や、心のエネルギーのレベルが50を超えた日など、少し心の余裕があるときに作ったほうがよいでしょう。
ちなみに、私のコーピングリストには、「カエルの写真を見る」「ぬいぐるみをだっこする」などがあります。立派なコーピングである必要はなく、自分自身がホッとできるものを思い浮かべてください。


専門家からのメッセージ

セルフモニタリングやセルフケアは重要だが、周りの人に頼るのも大事

立花良之さん

今回、セルフモニタリングやセルフケアの話がありました。それらは、心の問題がより難しくなることを予防するために重要な方法です。一方で、自分一人でなんとかしようとしないで、周りの人にSOSを出したり、相談したりすることも重要です。例えば、パートナーや友人、自分の親など、信頼できる人たちに自分のつらい気持ちを打ち明けることは、とても大切なことです。

誰にでも「浮力」は備わっている。ときには「うずくまること」があってもいい

大日向雅美さん

自分がうずくまったとき一歩踏み出すには、やはり周りの人が大事だと思います。人が支えてくれるのです。
誰にでも「浮力」が備わっていて、とことん悩んでいるときに、フッと浮き上がって少し周りが見えることがある。そのとき、セルフモニタリングやコーピングのことを思ってくださるといいかなと思います。すぐ使える方もいるでしょう。でも、うずくまることがあってもいいと申し上げておきたいです。

※記事の内容や専門家の肩書などは放送当時のものです