出産後、心や体の変化を感じたことはありませんか。
番組ホームページで行ったアンケートでは、9割の人が何らかの不調を感じたと回答。多くの悩みが寄せられました。
「初めての育児というプレッシャーで、眠れない日々が続いた」
「ひとりぼっちの育児に耐えられなくなり、疲れきって何もできなくなった」
「出産後、心も体も、どうしようもなくしんどい」
産後の心と体の不調について考えます。

専門家:
笠井靖代(日本赤十字社医療センター 第二産婦人科 部長/産婦人科医)
市川香織(東京情報大学 准教授/助産師)

1人目の妊娠中、心のバランスが崩れた。2人目もそうなるのではと心配です。

妊娠後、ひどいつわりに苦しんで不安になり、思い悩んだ末、続けたかった仕事を退職しました。無事に出産したものの、仕事をあきらめた自分は負けたのだという気持ちも拭い去れず、産後、入院中もベッドで泣いていました。
退院後も、長男は寝かせると泣いてしまうので昼間はずっとだっこ。夜も2時間おきに授乳。産後1か月を過ぎたとき、このままでは自分が壊れてしまうと思い、出産した病院と保健センターへ電話をかけて助けを求めました。そこで自分の気持ちを話して楽になることができ、それまで世界がグレーにしか見えなかったのに、徐々に色づいてきた感覚を覚えています。
今は気持ちも落ち着き、そろそろ2人目を考え始めていますが、次の出産でもまた心のバランスを壊してしまうのではないかと心配です。
(2歳3か月 男の子のママ)

妊娠中は不安や抑うつ状態が起こりやすい。産後につながっていくことも。

回答:笠井靖代さん

妊娠中も産後も、本当に赤ちゃんのことを一生懸命考えて頑張ってこられましたね。妊娠中も、不安や抑うつ状態が起こりやすい時期だといわれています。さらに、妊娠中のそうした心の症状や不調は、産後にもつながってくることがあります。

保健師など、不安なことを相談できる先があると心強い。

回答:市川香織さん

出産前後に不安になることがたくさんあるというのは当然のことです。しかし、多くの人は「こんなふうに感じてしまう私がいけないんだ」と思ってしまいがちです。さらにそのことから、「私は母親失格だ」などと思い込むようになると、ますます追い詰められてしまうだろうと思います。
今、2人目を考えて悩んでいるようですが、1人目のつらい時期に保健師などに相談できているとのことですから、不安なことがあれば、またその保健師に連絡をするなどしてフォローしてもらうことができます。専門家につながっている、いつでも相談できるという状況があると、とても心強いと思いますよ。

産後の心と体の不調

番組アンケートで、心と体の不調についてたずねたところ、次のような結果となりました。

心の不調で多かったのは、「イライラする」「不安になる」「子どもの世話ができなくなる」などでした。

また、産後は体の不調も多く、「睡眠不足」「疲れやすい」「けんしょう炎や腰痛」などの訴えが目立ちます。「胃腸のトラブル」「耳鳴り・難聴」などを経験したという人も多く見られました。


産後、体力が低下していつもつらい。

産後、以前から患っている子宮内膜症が悪化しました。体力が低下して、カゼをひくと治りにくくなり、たえず腰痛やけんしょう炎に悩まされています。もともとあった偏頭痛も、痛みが強くなり、さらに、生理前のイライラが以前よりひどくなりました。元気だと言えるときがあまりなく、いつもつらいし、どこかしら痛いか、イライラしています。

産後の体の不調は、女性ホルモン分泌量の急激な低下、心の不調などいくつかの原因が考えられます。

回答:笠井靖代さん

産後の体の不調は、急激に女性ホルモンの分泌量が低下することや、赤ちゃんを同じ姿勢でだっこしたり、授乳をしたりすることが主な原因だと考えられます。
ただ、子宮内膜症やPMS(月経前症候群/生理前のイライラや体調不良などの症状)などは、婦人科を受診すれば少し症状を軽くする方法が見つかると思います。
胃腸のトラブルや耳鳴りなど、心のSOSが体の症状として表れてくる場合もあるので、注意してください。そのような場合は、メンタルクリニックなどの専門医に相談すると安心です。出産した病院で一度相談して、そこからつないでもらうことができると思います。

症状に気づいたら、我慢せずになるべく早く受診することが大事。

回答:市川香織さん

お母さんになると自分のことはどうしても後回しになってしまうので、症状があって気付いていても、ギリギリまで我慢してしまうことも多いのではないでしょうか。自分がまず元気になることが、子どもにとっても家族にとっても大事なことだと考えて、早めに受診することが大事だと思います。

産後のうつまたはうつ傾向

番組アンケートで「産後の不調がある」と回答した人のうち、10人に1人が、産後にうつ、またはうつ傾向になったと答えています。

解説:市川香織さん

かなりショックなことですが、妊娠中から産後1年未満の妊産婦の死亡原因の第1位は自殺です。
産後うつやうつ傾向は、早く気付けば、予防策を講じることもできます。とにかくそういう状況が起こるかもしれないということを、家族みんなで知っておくこと、みんなでケアすることが大事です。


体験談から考える。産後の心と体

体験談(1)頑張りすぎずに、周囲に助けてもらうことで元気を取り戻した

<1児のママ>
2歳5か月の男の子、パパとの3人暮らしをしています。
出会って半年で結婚。私は仕事を辞め、実家を離れて引っ越しました。そして、結婚後、半年もたたないうちに妊娠。短い期間で目まぐるしく環境が変わり、出産直後は自分のことを考える暇もありませんでした。しんどくても、それが当たり前だと思っていました。

でも、離乳食が始まる6か月過ぎから、次第に苦しさを感じるようになりました。
パパの仕事は3交代勤務でとても忙しく、息子と2人だけの夜を過ごすこともしばしば。特にパパが夜勤明けの日は、昼過ぎまで寝ているパパを起こさないように、息子を外に連れ出すなど気を遣いました。パパも疲れているので、「自分が我慢しておこう」と思っていました。

そして、息子が2歳を過ぎたある日のこと。心と体の疲れがピークに達していました。
家族で公園に出かける途中、出かけて5分もたたないうちに、突然、ポキリと心が折れたように感じて、パパに運転を代わってもらいました。心が形容しがたい程しんどい、そんな感覚に襲われて自分のことを保つことだけで精一杯でした。
家に戻ると、そのまま倒れ込んでしまい、涙が止まらなくなりました。「ひとりにしないで欲しい」とパパに言いました。パパはそんな私を見て、「そこまで思い詰めているとは思わなかった。放っておけない」と感じたそうです。

その後、すぐに心療内科を受診して、「しばらく子育てから離れて、もっと自分の時間を取るように」とアドバイスを受けました。

そこでまず頼ったのは、地域の有償ボランティアサービス。育児経験のあるサポーターさんに、子どもの世話を頼み、疲れた体を休めることにしました。さらに利用したのが保育園での一時預かり。疲れたとき、夫婦二人の時間を作りたいときなど、最大限に活用しました。
保育所の方が見守ってくれている、気にかけてくれているのが伝わってきますし、自分自身の時間が取れることで精神的に落ち着きました。

そして、少しずつパパへ素直に助けを求められるようになりました。以前は、パパが私に気を遣ってくれて「◯◯しておこうか」と言ってくれても「いいよ、私がやるよ」と言っていましたが、「じゃあお願いね」と言えるようになったんです。

一時は心と体のバランスを崩してしまいましたが、周囲の助けを借り、頑張り過ぎなくなったことで、少しずつ余裕が生まれてきています。

自分でSOSを出すのは難しい。パートナーであるパパが気付いてあげてほしい。

コメント:市川香織さん

本当にギリギリまで頑張られて、しんどかったですよね。ママは自分ではなかなかSOSが出せません。そうすると、一番身近なパートナーであるパパが気付くことがとても大事になってきます。
視点としては、ママはちゃんとごはんを食べているか、ちゃんと眠れているか、寝ているけど目は覚めているんじゃないか、最近笑顔が少なくなってきていないかなどを見てあげてほしいと思います。
例えば、1日のうちで朝ごはんなら一緒に食べられるとか、顔を合わせるタイミングで健康かどうかをお互いに確認できるとよいかと思います。


体験談(2)妊娠中から夫婦で話し合い、産後に備えた

<1児のママ>
産後は心も体も大変になると聞いていたので、自分がやっていけるか不安でした。そのため、妊娠中から夫婦で話し合って情報を集め、産後に備えるようにしました。その中で、産後ケアの専門家「産後ドゥーラ」(産後のママが体を休め、育児に専念できるよう、有償で家事や育児などのサポートを提供)のことを知り、出産前に予約をしておいたんです。夫も産後2週目ごろから育休を2週間取得しました。
産後は、夫の母や産後ドゥーラのサポート、夫の育休などもあり、産後1か月は家事を全くせずに過ごすことができ、体の回復も早かったと思います。

産後2週間がママが不安が高まる時期。その時期に一緒にいるだけでも心強い。

コメント:市川香織さん

パパが2週間目に育休を取られたとのこと。一般的にも産後2週間のころが一番ママの不安が高まる時期です。その一番不安なときにパパが一緒にいてくれた。それだけでもすごく心強かったと思います。

頼る先がない場合には、どのような公的サポートが受けられるかを相談して。

コメント:笠井靖代さん

実際には、パパにも実家にも頼れない場合もあると思います。最近では、出産する病院などに医療ソーシャルワーカーという専門職がいますので、どのような公的なサポートを受けられるかを相談したり、アドバイスをもらうこともできると思います。

地域の中にも子育て世代包括支援センターの整備が進んでいる。

コメント:市川香織さん

地域の中でも、生活の身近なところで相談できる場所が増えてきています。市区町村では子育て世代包括支援センターの整備が進められており、ワンストップで、妊娠中から子育て期のママたちが相談できる場所が作られつつあります。


子育て世代包括支援センターとは

子育て世代包括支援センターは、妊娠・出産・子育てまで、あらゆる相談を受け付け、アドバイスをくれる場所。
ここに相談すれば、ふさわしい支援サービスにつないでもらえるワンストップの窓口です。

2015年度からこの事業に取り組んでいる東京都文京区の「子育て世代包括支援センター」は、「ネウボラ事業」という名前で赤ちゃんやその家族をサポートしています。
「ネウボラ」とは「アドバイスの場」という意味を持つ、フィンランドの子育て支援制度の名前。この「ネウボラ」をモデルに、仕組みが作られました。

文京区では、妊娠がわかり、母子手帳を交付するときから支援が始まります。
地区担当の保健師が「母子保健コーディネーター」としてひとりひとりに面談を行います。
ベビーウェアのセットなどがもらえるといううれしいサービスも。不安や悩みがある場合、保健師・助産師など、別の専門家にもつないでくれます。区内在住のママ・パパなら、電話やメールなどで、いつでも、どんなことでも相談にのってもらえます。区内の助産院で、助産師から直接アドバイスをもらうこともできます。

出産直後、ママが負担を感じたときには、区内の助産院や病院でのショートステイを紹介してもらえます。文京区では、産後4か月まで赤ちゃんとママが一緒に泊まれるショートステイが利用可能。ママがゆっくり体を休めながら、赤ちゃんのケアや産後の不安などを相談することができます。

育児の不安や、産後の孤独感を解消したいときにはデイサービスの紹介もしてもらえます。保健センターで行われているデイサービスでは、助産師や保健師が、じっくり相談に乗ってくれます。一度参加すれば、その後も継続して連絡をくれるなど、親子の様子を見守ってくれます。

このほかにも、区内のさまざまな支援機関と連携。特に専門的なケアが必要な場合は、必要な情報を共有し、支援が継続して届く仕組みです。

助けてもらうということは恥ずかしいことではなく、他の人の知恵と力を借りて豊かな子育てができるようになることです。ぜひ声を上げていただければと思います。
(文京区保健サービスセンター 保健師 高松泉さん)

2018年4月時点で、761市区町村(1436箇所)に設置されている「子育て世代包括支援センター」。2020年度中に、全国すべての自治体に設置することが目標とされています。

※記事の内容や専門家の肩書などは放送当時のものです