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静岡 リニアの前に みんなに役立つ鉄道史 前編 NHK三上弥アナ

高速鉄道めぐる 利用者の「感情」が浮かぶ鉄道の歴史 
  • 2023年05月10日

          三上弥  NHK「現場のことば」第46回

           みんなに役立つ「鉄道史」 静岡県 前編

                         新幹線開業直後まで

リニア中央新幹線の建設や開業時期がどうなるのか、日々のニュースで伝えています。

静岡県内にリニアの駅が設けられる予定はありません。

静岡県外の各地では、建設工事が進められています。

一方、静岡県にいると、日常使いで気になるのが、新幹線の利便性です。

最速列車という視点で、2回にわたり、静岡県に関する「鉄道史」のポイントを特集します。

東海道新幹線「のぞみ」のほか、静岡県の駅をすべて通過していた旅客列車はあったのでしょうか。

静岡県で鉄道を利用する際の「感情」を考える上で、少しは役立つかもしれません。

東海道沿いの静岡県
鉄道主要路線の恩恵あり

静岡県は東海道沿いにあるので、鉄道省や国鉄の時代から、東京-名古屋-京都-大阪-神戸を結ぶ「東海道本線」の恩恵を受けてきました。

昭和9年には丹那(たんな)トンネルが開業して、主要ルートは現在の御殿場線経由から、湯河原・熱海・函南(かんなみ)を通る現在の経路になっています。

戦前には、特急「富士」・「櫻(さくら)」、超特急「燕(つばめ)」が走っていました。

戦後は特急「へいわ」が登場したあと、特急「つばめ」や特急「はと」が走りました。

いずれも、展望車付きの立派な客車を機関車が牽引する編成です。

昭和31年には、東海道本線の全線で電化が完成しました。

郵政省、つまり国が発行した切手には、当時の東海道本線のエース・特急「つばめ」が描かれています。

このとき電化されたのは静岡県内ではなく、京都-米原(まいばら・滋賀県)間です。

東海道本線全線の電化が完成ということで切手の図案に歌川広重「由井 薩埵嶺(ゆい・さったれい)」が選ばれたのは、静岡県にゆかりのある人たちにとっては嬉しいことと言えます。

現在は通常「薩埵峠(さったとうげ)」と呼ばれる高嶺からの眺望は、時代を問わず東海道随一(ずいいち)と評していいでしょう。

「東海道電化完成記念」切手 昭和31年11月19日発行
 客車を機関車が牽引する特急「つばめ」
静岡駅通過  静岡県内沼津駅・浜松駅停車
      背景  歌川広重「由井 薩埵嶺」
    作品名 「由比」ではなく「由井」

機関車牽引の客車の特急が営業運転を続けるなか、「東京-大阪 日帰り可能」をうたった電車特急「こだま」が運行を始めたのは昭和33年11月です。

両端の車両がボンネット型であることに特徴がある151系で運行された「こだま」は、ビジネス特急とも呼ばれました。

国鉄ビジネス特急「こだま」
昭和33年11月デビュー当初 
静岡県全駅通過

特急 「こだま」

電車特急「こだま」は、デビュー当初、静岡県内の駅には1本も停車しませんでした。

停車駅は、東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸です。

東海道・山陽新幹線「のぞみ」の停車駅のパターンに似ています。

昭和31年11月の運行開始時点で、特急「こだま」は2往復でした。

このうち1往復は東京-大阪間、もう1往復は東京-神戸間を結んでいます。

片道の所要時間は、東京-大阪間が6時間50分、東京-神戸間が7時間20分です。

東海道新幹線「のぞみ」が東京-新大阪間を2時間20分台で結んでいるのと比べるとずいぶん長いように感じるものの、蒸気機関車がふつうに走っていた当時としては、画期的なスピードでした。

東京発大阪行きの下り「第1こだま」と神戸発東京行きの上り「第1こだま」は、いずれも朝に出発して昼すぎには終着駅に着くダイヤです。

東京駅・大阪駅を「第1こだま」が出発する時刻は、上り・下りとも午前7時、到着時刻は午後1時50分でした。

神戸発東京行きの上り「第1こだま」は午前6時30分に神戸駅を出発して6時55分に大阪駅に着いたあと、5分停車して7時ちょうどに出発です。

この時刻設定には、「スジ屋」とも呼ばれたダイヤグラムを作成する職員たちや、当時の国鉄経営層の気概を感じます。

昭和33年11月時点の最速旅客列車が静岡県内の駅をすべて通過していたというのは、鉄道史における事実です。

特急「はと」
機関車のヘッドマークや展望車のテールマークで使用したデザイン

ただし、客車の特急「はと」・「平和」・「はやぶさ」は静岡駅に、「つばめ」は沼津駅と浜松駅に、客車の寝台特急「あさかぜ」は熱海駅と浜松駅に停車していました。

特急「はと」は、静岡駅のほか、熱海駅にもとまっています。

富士山
昔もいまも  静岡県の「鉄道車窓自慢」

国鉄ビジネス特急「こだま」
昭和35年6月ダイヤ改正から 
静岡県内にも停車

電車特急「こだま」が登場してから1年8か月後・昭和35年7月のダイヤ改正からは、「こだま」が静岡県内にも停車するようになりました。

1日あたり2往復4本ある「こだま」のうち、熱海駅にはすべて・上下合わせて4本、静岡駅に上下各1本、浜松駅にも上下各1本がとまるようになった改正です。

このときから、東京-大阪間は6時間30分に短縮されました。

展望車を併結して機関車が牽引していた特急「つばめ」は、この時のダイヤ改正で電車化されています。

特急「はと」は「つばめ」に一本化されたうえで、電車になりました。

昭和史の写真に登場する展望車の営業運転は、昭和35年のダイヤ改正前日まで続いていたということです。

ほとんどの特急 静岡駅に停車
昭和37年6月改正から

昭和37年6月の改正からは、寝台特急「あさかぜ」を除くすべての特急が静岡駅にとまるようになりました。

静岡駅に停車した定期列車の特急の愛称を列挙します。

「こだま」・「ひびき」・「富士」・「つばめ」・「はと」・「おおとり」・「さくら」・「みずほ」・「はやぶさ」。

このうち、「さくら」・「みずほ」・「はやぶさ」は客車の寝台特急=ブルートレインです。

静岡県、特に県庁所在地の玄関口とも言える静岡駅の利用者の視点では、利便性が高くなったダイヤ改正といえます。

寝台特急「あさかぜ」は静岡駅を通過したものの、熱海駅と浜松駅には停車していました。

静岡県の東部・伊豆および西部の利用者を配慮していたことが分かります。

このダイヤが続くのは、新幹線開業前日の昭和39年9月30日までです。

新幹線開業 昭和39年10月1日
超特急「ひかり」 静岡県全駅通過

前々回の東京オリンピック開会式の9日前、昭和39年10月1日に新幹線が開業しました。

当時の切手に JAPAN の表示はない
封書の基本料金10円の時代
現在84円

超特急と呼ばれた「ひかり」は静岡県内の駅には1本も停車せず、
新幹線の運行時間帯には、各駅停車の「こだま」が1時間に上下1本ずつとまるようになります。

新幹線開業当初からあった熱海駅・静岡駅・浜松駅とも共通です。

新幹線の三島駅・新富士駅・掛川駅は、まだありませんでした。

新幹線開業時の「ひかり」の停車駅は、東京・名古屋・京都・新大阪です。

新幹線「こだま」は、当時、東京-静岡間をおよそ1時間半で結びました。

新幹線開業前日の時点で、在来線の特急がおよそ2時間10分で結んでいたのに比べて、
かなりのスピードアップになります。

新幹線開業 昭和39年10月1日  木曜日
東京オリンピック 直前
開会式 昭和39年10月10日 土曜日

一方、静岡駅の利用者視点に立つと、在来線時代にはほとんどの特急がとまっていたのに、新幹線ができたら最速列車の超特急「ひかり」がすべて通過する状況になりました。

いまの状況にたとえると、一部の「ひかり」とすべての「こだま」は静岡県内にとまるけれども、「のぞみ」はすべて通過する感覚に似ているのではないかと考えられます。

 

「みんなに役立つ鉄道史」後編につづく


鉄道の運行数
数えるときは ○本 ×便

鉄道の運行数を数えるときの単位は「本」です。

「便」ではありません。

日本語の基本として、原則単体で運行している航空機や船舶、路線バスには「便」を使います。

一方、連なっていることが前提の鉄道は「本」で数えるのが大前提です。

ローカル線などで1両編成の場合も、鉄道の場合は「本」で数えます。

<正しい例>

大雨の影響で、★★線は、始発駅を午後5時以降に出発する予定だった上り・下りの合わせて10が運休しました。

◆◆線 ダイヤ改正で数減

<誤った例>

×10便 ×減便

鉄道各社のプレスリリースや報道・雑誌・WEBなどの記事で、「ダイヤ改正で○○線 減便」というように、鉄道に「便」を使った表記に接したことがあるものの、決してすすめることはできません。

プレスリリースを作成する人や取材して記事を書く人だけでなく、原稿をチェックする立場の人とも、鉄道の運行数の表現について認識を共有したいと感じました。

鉄道の場合、本数増・本数減のように、「便」ではなく「本」を使うということを改めて確認しておきます。


列車名の数字
最低限の 基礎知識

昭和53年10月2日以降の国鉄の列車名やJR各社の列車名の数字には、原則、下りに奇数、上りに偶数が付いています。

一方、昭和53年10月1日までは、国鉄在来線の定期列車の場合、上り・下りを問わず、1号から順に、2号、3号、4号のように数字がふられていました。

昭和52年のヒット曲の一節にある「8時ちょうどのあずさ2号」は、「信濃路へ」向かうはずだったと歌詞にあるので、新宿発午前8時の下り「あずさ2号」を指すと考えるのが自然です。

昭和53年10月2日のダイヤ改正で列車の番号が「下り奇数・上り偶数」になったため、新宿駅を午前8時に出発する下り列車は奇数番号になりました。「あずさ2号」は偶数なので、新宿発の下り列車としては、このダイヤ改正以降存在しません。

特急電車の先頭にイラスト付きの「ヘッドマーク」が掲示されるようになったのは「ごー・さん・とお(昭和53年10月)」と呼ばれるこのダイヤ改正からでした。

このため、昭和52年の歌謡曲に登場する「あずさ2号」のヘッドマークは、イラストなしの文字表記だったと考えられます。

さらに前には、列車名に付ける数字が「1号、2号・・・」ではなく、「第1、第2・・・」という時代がありました。

東海道本線の特急「こだま」が走行していた当時、上り・下りの両方向とも「第1こだま」・「第2こだま」が存在していたのが実例です。

昭和33年11月の下り特急「第1こだま」は東京発大阪行き、上り特急「第1こだま」は神戸発東京行きです。

列車名の変遷をたどっていくと、特集記事どころか、本を編めるくらいのボリュームになるので、関心がある人は、図書館などで関連の書籍に当たることをおすすめします。


NHK「現場のことば」
みんなに役立つ 鉄道史

「NHK発 鉄道150年」の取材を通じて、鉄道愛好者には既知の情報でも、静岡県内の利用者視点では役立つ「鉄道史」のあることが分かりました。

今回のような切り口の記事もないので、歴史をしっかり押さえておくことがポイントです。

NHK WEB特集「現場のことば」では、2回にわたって「みんなに役立つ鉄道史」をお伝えします。

< 報告 >   NHKアナウンサー  三上 弥


 

  • 三上 弥

    アナウンサー

    三上 弥

    平成6年度、 NHKにアナウンサーとして入局。
    NHKニュースや国会中継をはじめ、報道分野の業務を中心に担当。

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