検事総長ら 検察庁法
改正案に反対の意見書提出

検察官の定年延長を可能にする検察庁法の改正案について、ロッキード事件の捜査を担当した松尾邦弘元検事総長ら、検察OBの有志14人が「検察の人事に政治権力が介入することを正当化するものだ」として、反対する意見書を15日、法務省に提出しました。検察トップの検事総長経験者が、法務省が提出する法案を公の場で批判するのは極めて異例です。

検察庁法の改正案に反対する意見書を提出したのは、松尾邦弘元検事総長など、ロッキード事件などの捜査を担当した検察OBの有志14人です。

検察庁法の改正案は、内閣や法務大臣が認めれば検察幹部らの定年延長を最長3年まで可能にするもので、意見書では「改正案は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化するもので、政権側に人事権を握られ、公訴権の行使まで制約を受けるようになれば、検察は国民の信託に応えられない」としています。

そのうえで「田中角栄元総理大臣らを逮捕したロッキード世代として、検察を、時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動きは看過できず、定年延長を認める規定の撤回を期待する」と訴えています。

松尾氏は会見で「定年延長は、今までの人事の流れを大きく変化させる懸念がある。検察官にいちばん大事なのは自主・独立だ」と述べました。

松尾氏は平成16年から2年間、検察トップの検事総長を務め、ライブドア事件や日本歯科医師会をめぐる1億円不正献金事件などの捜査を指揮しました。

検事総長経験者が、法務省が提出する法案について公の場で反対意見を表明するのは極めて異例です。

検察庁法の改正案とは

改正案は、すべての検察官の定年を段階的に63歳から65歳に引き上げるとともに、「役職定年制」と同様の趣旨の制度を導入し、検事正や検事長などの幹部は原則63歳で、そのポストから退くことが定められています。

しかし特例規定として内閣や法務大臣が「公務の運営に著しい支障が出る」と認めれば、個別の幹部の役職定年や定年を最長3年まで延長できるとしています。

このため内閣の判断で定年が65歳の検事総長は最長で68歳まで、役職定年が63歳の検事長は最長で66歳までそのポストにとどまることができるのです。

論点1「政権の人事介入への懸念」

論点の1つは、検察人事への政治介入の懸念です。

検察庁は法務省に属する行政機関で、検察官の人事権は内閣や法務大臣にあります。

一方、検察は捜査や裁判で権力の不正をチェックする役割も担い、政治からの中立性や独立性が求められるため、実際には検察側が作成した人事案を内閣や大臣が追認することが「慣例」となってきました。

日弁連=日本弁護士連合会などは、内閣や大臣の判断で個別の検察幹部の定年延長が可能になれば、検察官の政治的中立性を脅かし、捜査を萎縮させるおそれが強いなどと指摘しています。

論点2「“個別の定年延長制度” 導入の経緯」

個別の検察幹部らの定年延長を可能にする特例規定が改正案に盛り込まれた経緯も論点です。

法務省が去年10月末の時点で検討していた当初の改正案では「公務の運営に著しい支障が生じることは考えがたい」などとして、個別に検察幹部の定年延長を認める規定は必要ないとしていました。

しかし、ことし1月、政府が従来の法解釈を変更し、東京高等検察庁の黒川検事長の定年延長を閣議決定しました。

個別の検察幹部の定年延長の特例規定は、ことしになって改正案に盛り込まれていて、有志の弁護士の団体などは「法解釈の変更による黒川検事長の違法・不当な定年延長を法改正によって後付けで正当化するものだ」としています。

論点3「定年延長を判断する基準」

また、内閣の判断で検察官の定年を延長する場合の判断基準が示されていないことも論点になっています。

元検察幹部は「恣意的(しいてき)な人事の運用ができないよう基準をできるかぎり細かく、具体的に定めることが必要だ」と指摘しています。

現職の検察幹部 さまざまな意見

検察官の定年延長を可能にする検察庁法の改正案について、現職の検察幹部からは、さまざまな意見が出ています。

NHKの取材に対し、現職の検察幹部の1人は「検察幹部が定年を超えても政府の判断で、そのポストにとどまることができるようになれば、政権の検察への介入を許すのではないかという批判は受け止めるべきだ。検察は巨大な権力を持つ組織で個別の定年延長を認めないことが、検事総長や検事長への過度な権力集中を防ぐ抑止効果にもなっていたと思う。新型コロナウイルスの影響が広がる中、急いで審議を進める話ではないのではないか」と話しています。

また、個別の検察官の定年延長を可能にする特例規定が、去年10月末の時点で法務省が検討していた当初の改正案に盛り込まれていなかったことについて、別の幹部の1人は「昨年の秋に法務省が必要ないとしていた規定を、なぜ黒川検事長の定年を延長した後に加えたのか説明すべきだ」と指摘しています。

一方、別の現職の幹部の1人は「今回の法改正で、政権が人事を通じて検察に介入しやくなるという危惧はよく分かるが、検察は常に正義とは限らず、暴走するおそれもある。検察をどのように民主的にコントロールしていくかという視点も必要だ」と話していました。

また検察幹部の1人は「検察の独立性という問題があることは理解できるが、定年延長を使って事件に介入しようとする政治家が、本当に出てくるとはあまり思えない」と話していました。

元東京地検特捜部検事「国民の信頼を揺るがすおそれ」

元東京地検特捜部検事でリクルート事件などを担当した高井康行弁護士は、今回の検察庁法改正案について「政治と検察の制度的なバランスを変える意味があり、国民の検察の独立性への信頼を揺るがすおそれがある」と指摘しています。

高井弁護士は、これまでの検察官の人事は、検察庁法に規定されている懲戒などを除いて罷免されないという「身分保障」と、定年が来れば一律に必ず退官するという「定年制」が政権の介入を防ぎ、2つの制度は検察の独立性を守る「防波堤」の役割を果たしていたと指摘しています。

このため、内閣や大臣の判断で個別の検察幹部の定年延長が可能になる今回の改正案については「一律の定年制という独立性を担保する制度の1つがなくなることになる。政治と検察の制度的なバランスを変える意味があり、検察の独立性についての国民の信頼を揺るがすおそれがある」と話しています。

また、内閣が個別の検察幹部の定年を延長する場合の判断基準が、現時点で示されていないことについては「恣意的な運用ができないような制度的な歯止めが必要で、基準をできるかぎり細かく具体的に定めることが必要だ」と指摘しています。