自民の埋まらない亀裂 立民の体力不足 山梨県知事選挙

タイトル画 山梨県知事選挙特集

自民党と公明党が推薦する現職が圧勝した山梨県知事選挙。
16年ぶりの保守分裂選挙だったが、告示日時点から現職の長崎幸太郎の優位は動かず、圧勝した。
なぜなのか。
自民党側、立憲民主党側のそれぞれの事情を探った。

(立町千明 関口紘亮)

分裂を食い止めたい自民

現職の長崎が再選を目指した今回。得票率で60%を超え、次点の元自民県議にダブルスコアを付けた。
しかし、選挙前、長崎には不安要素があった。

長崎と堀内。

長崎知事と堀内衆議院


近年の山梨の選挙を語る上で、避けて通れないのがこの両者の戦いだ。かつて、衆議院の議席をめぐって、長崎と自民党の堀内詔子(のりこ)衆議院議員が争い、自民党は一枚岩ではなかった。(長崎、堀内のいきさつはこちらの記事で)

その溝を深めたのは県有地をめぐる賃貸借契約の問題。長崎は、県が100年近く前から堀内一族が営む「富士急行」に貸している県有地の賃料が適正でないとして、これまでの契約が無効だとする立場を取り、裁判となった。
これを発端に県議会の自民党は「長崎派」と「富士急行派」に分裂した。そして今回、長崎の県政運営を良しとしない「富士急行派」から県議会議員の志村直毅が「現県政は独断専行型の政治だ」と訴えて、立候補を表明した。

その後、党の推薦をめぐって県連総務会が開かれ、1時間にわたる協議が非公開で行われた。
出席者によると執行部からは長崎を推薦する方針が示され、一部の党員からは「自主投票にすべきだ」という意見も出たが、拍手による決定で長崎に軍配が上がった。
この結果を受け堀内が「党人として歩んでまいりたい」と発言。この発言を周囲は「撃ち方やめ」と受け取り、一部の「富士急行派」も長崎の支援に回った。

立民の弱体化の影響

保守分裂を横目で見ていた野党第一党・立憲民主党は、知事選挙の対応を模索していた。衆議院議員4期目の中島克仁の立候補が注目され、中島に近い議員は「本人も出る可能性を否定せずに動いていた」と話すが、結局、中島が出ることは無く、自民党を離党した志村の支援に回った。

立民が候補者を擁立できなかった一因は、去年7月の参議院選挙で現職だった立憲民主党のベテラン輿石東の後継、宮沢由佳の落選だ。自民党の新人に2万票差で敗れたのだった。
このときの比例票の内訳を見てみると、立民への投票は5万6124票で、率にして15.1%だったのに対し、宮沢が初当選した2016年の参議院選挙で当時の民進党は11万0783票、率にして28%だった。
党への支持が低迷している影響をまともに受けた形となった。

そして、知事選の告示まで1か月を切った12月11日、立民県連の幹部会で独自候補の擁立を見送り、自主投票とする方針が決まった。
理由について立民県連幹部は「この段階で候補者を擁立するのは現実的ではない」と述べたが、内実はおととしの衆院選と去年の参院選で立て続けに議席を失い、これ以上負け戦を重ねる訳にはいかなかった。

ベテラン輿石は…

知事選挙を終えた2日後、輿石に話を聞いた。

輿石は山梨県出身。小学校の教員を務めた後に、有力支援団体の山梨県教職員組合=いわゆる「山教組」(さんきょうそ)の支持を受け国政に進出。
当時、民主党政権の参議院幹部を歴任し「参院のドン」と呼ばれた重鎮だ。

輿石東


立民県連が独自候補の擁立を断念した判断について、輿石は口を挟まなかったが、候補者を立てることは事実上困難だったと認める。

「候補を立てて戦っても、選挙というのは、当選しなければ全然力を発揮できないわけでしょう。だから当選できるという力を、実力を、常日頃からつくっておかなきゃだめでしょ」

少人数学級で勝負に出た長崎

輿石の政治的な基盤でもある「山教組」。
山梨県内で圧倒的な組織力を誇り、鉄の結束のもとにその動向によっては選挙情勢をひっくり返すこともできる存在だ。
その「山教組」が動かなかったのには理由がある。
長崎が掲げる“少人数学級”の推進だ。
1クラスあたり25人以下にして、子どもたちの教育・指導を手厚くする政策で「山教組」も評価している。
現在は小学校低学年に適用されているが、長崎は告示日前日の1月4日、対象学年の拡大を打ち出したのだった。

長崎「来年度から小学校3年生について、再来年度からは小学校4年生までに25人学級を実現してまいりたい」
少人数学級は、長崎の重要政策の1つであり、子どもたちと向き合う時間が確保できるだけでなく、働き方改革にもつながると教職員から支持されている。長崎は23年度の予算編成の時期に間に合うタイミングに発表しただけだと話すが、陣営関係者からは「選挙を意識していないわけがない」と耳打ちされた。

「山教組」にくさびを打つつもりはなかったのか、選挙後に長崎に率直に尋ねてみた。
長崎「選挙において政治的な活動を求めてやっているのではなくて、政治的な活動をされている集団の皆さんがご理解いただいたのは“結果”だと思っています」

インタビューに答える長崎知事


当の輿石には響いたのか。
輿石「そんなに意識してくれているかね。それは意識してもらってありがたいが。『山教組』を意識するということは教育や子どもを大事にするってことでしょ。私は教育や子どもを大事にしてくれるかどうかというものさしで支持もし、反対もする。これは私の持論」

説明する輿石

立民県連幹部は「『山教組』の組織力をどう生かすかは輿石先生によって大きく変化する。少人数学級の流れは止めたくないという思いは必然的に働いたのは当たり前で、長崎にあえてけんかを売ることはない」と補足する。

東京に事務所を構える輿石。告示日と翌日に、甲府市に入り連合山梨や「山教組」の新年の会合に出席したものの、知事選に言及することはなかった。

NHKが知事選で行った出口調査では、立民の支持層で、長崎に入れた人は30%あまり、衆議院議員の中島が支援した元県議の志村に入れた人はおよそ40%台後半と立民票が割れたことが見て取れた。

舞台は統一地方選へ

自民党関係者は、ことし最初の選挙で党が推薦した候補を落とすわけにはいかず、長崎の圧勝は絶対だったと話し、安堵するがー。

分裂の残り火はくすぶっていた。
投票日4日前の1月18日、反長崎の保守系元首長らが、長崎をロシアのプーチン大統領になぞらえて痛烈に批判する動画を公開。その翌日、長崎は「名誉毀損だ」と刑事告訴し泥仕合となった。
さらに県連は、党が推薦した候補を応援しなかったとして党所属の県議や元市議など7人に対し離党勧告や党員資格停止などの処分を決めた。そのうち現職県議5人は長崎の県政運営を良しとしない、いわゆる「富士急行派」だった。党内の亀裂は埋まらなかったのだ。

自民は分裂のしこり、立民は体力の低下という課題を背負ったまま4月の統一地方選挙へと戦いの場を移す。

長崎「今回の知事選では県政運営や政策をめぐってさまざまな立場が分かれた。有権者には両方の選択肢があってしかるべきだが当然、次の県議会議員選挙をはじめ、統一地方選挙で誰を選ぶかの1つの要素になってくる」
長崎は、その後の記者会見でさらに、こう述べた。「力添えをいただいた同志を仲間として、しっかりと応援するのは当然のことだ」
自らを支援したかどうかで統一地方選挙での候補者への対応に差が出ることを示唆している。
一方、輿石は…
「緊張感のある政治を求めるために、特に立憲民主党系、野党の候補をたくさん地方議会へ出していく。この候補者には絶対に投票したいっていう候補者がいれば、投票率も上がる。それは政党の責任、政治家の責任だ」と述べ党勢の回復に意欲を示す。

長崎と輿石

山梨の県議選では各党・組織が候補者を立てる方向で調整を進め、激戦が予想される選挙区もある。統一地方選挙は次の衆議院選挙をにらんだ重要な選挙だ。県内政界の勢力図がどう変化していくか追っていきたい。
(文中敬称略)

甲府局記者
立町 千明
2009年入局。富山局から政治部を経て甲府局へ。現在は県政キャップ兼自民党を担当。
関口記者
甲府局記者
関口 紘亮
2009年入局。選挙プロジェクトなどを経て甲府局へ。遊軍キャップ。県知事選挙では立憲民主党を担当。