私は“学校”に行きたい
医療的ケア児どう支えるか

学校に通いたくても、乗り越えなくてはいけない高い壁。
壁に向き合うのは「医療的ケア児」と呼ばれる子どもたちです。
病気や障害でたんの吸引や人工呼吸器など、日常的に医療的なケアが必要となるからです。
こうした子どもや家族を支援しようと国会が動きました。
希望どおりに学ぶことはできるのか。
(及川緑、山枡慧)

「医療的ケア」は生活の一部

山形県川西町の齋藤ゆめ佳さん(7歳)。特別支援学校に通う2年生です。

ゆめ佳さんは、難病の「18トリソミー」という染色体の異常がある病気を抱えています。18番目の染色体が通常より1本多く、心臓などに重い先天性の障害を伴う病気です。

おなかに小さな穴を開けてチューブを通す「胃ろう」により食事しています。また、高濃度の酸素を鼻から送る「酸素療法」も欠かせません。

ゆめ佳さんのように、病気や障害に伴い「医療的ケア」が必要な子どもは「医療的ケア児」と呼ばれています。

ケアのほとんどは、コメ農家の父、亨さんと、高校教師の母、明子さんが行っています。
本来、医師や看護師などが行うことですが、亨さんにとっては、日常生活の1つになっているといいます。

「『医療的ケア』は医療なんだけども、私たち家族からすると、すべてのことが生活の一部なんですよ。私たちからすると、どれが医療行為なのか正直わからないでやっている。これをやらないとこの子は生きていけないからやってるだけで、医療行為でもなんでもない」

増える「ケア児」

「医療的ケア児」は、全国に2万人以上いると推計されています。
この10年間で、およそ2倍に増加しました。

背景には、医療の進歩に伴い、難病を抱えて生まれても助かる命が増えたことがあると指摘されています。ゆめ佳さんが暮らす山形県内でも100人を超えています。

立ちはだかる「進学の壁」

そんな子どもたちを待ち受ける壁のひとつが「進学の壁」です。

ゆめ佳さんの両親も「地域の友達を作ってほしい」という思いから、地元の小学校に通わせたいと考えていました。
町と2年間にわたり話し合いを重ね、小中学校での医療的ケアのガイドラインの策定につながりました。

しかし、日常的に「酸素療法」を必要とするゆめ佳さんのケアを、学校現場で担うのは難しく、また、会話によるコミュニケーションが難しいことなどから、受け入れはかないませんでした。

母の明子さんは、こう振り返ります。
「『医療的ケア児』と言いながらも、あまり手がかからないので、だったら普通の小学校に通うのも可能じゃないかという思いも、実はあったんです。でも、酸素を使う状態が医療的ケアなので、ちょっと調子が悪くなって、サチュレーションという酸素飽和度の値が急激に下がることもあるんですが、学校の先生は酸素を上げることが出来ないと」

このため、ゆめ佳さんは、看護師が常駐するなど受け入れ体制が整った特別支援学校に週4日、通うことになりました。しかし、学校は、自宅からおよそ40キロ離れた上山市にあります。さらに、放課後にデイサービスを利用するため、学校からおよそ20キロ離れた南陽市まで移動しています。

実は、ゆめ佳さんのようなケースは少なくありません。

2019年度の文部科学省の調査では、特別支援学校のほか、幼稚園や小・中学校、高校に在籍する医療的ケア児は、あわせて9845人。
登校する際に保護者の付き添いを求められたり、医療的ケアを行える人材が学校にいないなどの理由から受け入れてもらえなかったりするケースも多く報告されています。

進学を諦めざるを得なかったり、通える学校が限られたりする「進学の壁」に直面するのです。

送迎が保護者の仕事にも…

車椅子で生活する、ゆめ佳さんを、学校に送迎するのは、父の亨さんです。

朝と夕方の往復で、およそ3時間かかるため、亨さんが農作業をできるのは、早朝や日中の5、6時間程度に限られるといいます。

ゆめ佳さんの入学にあわせて、冬場の収入源となっていた除雪の仕事を辞めざるを得なかったといいます。
母の明子さんも親の負担は大きいと話します。

「お金がかかるからといって、農業以外の時間でアルバイトをしたりとか、副収入を得るようなことをしようかなと思っても、この状況では無理な訳ですよ。送迎の時間は決まっているし、何かあったら呼ばれるし、最初のころは付き添いもしなければいけなかった」

「医療的ケア」にあたるため、家族が仕事を制約されたり、離職を余儀なくされたりすることも深刻な課題として指摘されています。

支援に国会が動いた

「医療的ケア児」やその家族を支援しようと、国会が動きました。
6月11日の参議院本会議で「医療的ケア児支援法」が成立したのです。

法律では「医療的ケア児」や家族が住んでいる場所にかかわらず適切な支援を受けられることを基本理念にしています。そして、国や自治体による支援を、これまでの「努力義務」から「責務」として明記し、必要な対応を求めています。
また、学校や幼稚園、保育所の設置者は、保護者の付き添いがなくても、たんの吸引といったケアができる保育士や看護師の配置を行うとしています。
さらに、家族からの相談に応じるための支援センターを各都道府県に設置することなどが盛り込まれています。

具体的な規制や罰則などは盛り込まれていない「理念法」と位置づけられていますが、「財政的支援を行う上での根拠となる法律だ」と期待されています。

国のさらなる支援が必要

支援法は、自民党や立憲民主党など超党派の議員連盟や支援に取り組む団体が中心となり、およそ5年間をかけてまとめられました。「医療的ケア児」をとりまく環境の改善につなげることや、地域間格差を是正することなどを目指し、人材育成や財政支援の裏付けとなる法律が必要だと考えてきたといいます。

成立した参議院本会議では、中心となって進めてきた衆議院議員や関係者が傍聴席で採決の様子を見守りました。

早くからこの問題に取り組んできた立憲民主党の荒井聰・元国家戦略担当大臣は、こう思いを語ります。
「生まれてくる子の障害を考えて、子どもをつくることに踏み切れない人たちがたくさんいることを解決しないと、本当の少子化対策はできない。また『医療的ケア児』のために 仕事を辞めてしまう親がたくさんいることも、人材の損失になっている。いろいろな支援を得ながら、ここまで、やっとこぎ着けたという思いだ」

そして、みずからも「医療的ケア児」の長男を育てている自民党の野田聖子幹事長代行も今後の取り組みに決意を新たにしました。
「作業に数年かかったが、さまざまな苦難を乗り越えて成立し、非常によかった。子どもたちが安心して生きていける道筋をつくることができた。医療的ケアが必要な子どもたちが懸命に生きていることや、生きていくために計り知れない親の犠牲の上に成り立っていることを周知徹底していきたい。普通に生まれた子どもたちと一緒に教室で学ぶべきだという方向性を示したので、今後は必要な人材や予算を獲得していくことが大切だ」

支援法の制定を受け、田村憲久厚生労働大臣も、早速、さらなる支援に取り組む考えを示しています。


「医療的なケアが必要な子どもが安心してそれぞれの場所で学んだり保育を受けたりできることは、非常に重要だ。今までも看護師や保育士などの配置などで支援をしてきたが、さらなる体制の整備に力を尽くさなければならない」

人材確保、責任体制をどうするか

今回の支援法について、日本小児科学会会長で埼玉県立小児医療センターの岡明病院長は、大きな一歩になると評価しています。
「『医療的ケア児』をどうやって社会が受け入れ、支援していくかという大事な法律だ。今まで取り組みに後ろ向きな自治体もあり、地域差があったと思うが、今回の法律により、前向きに考えてもらえるきっかけになると思う」

ただ、コロナ禍で浮き彫りになったように、全国的な看護師不足が指摘される中で、医療的ケアを行うために必要な知識や技能を備えた人材は限られているのが現状です。さらに、学校現場に看護師が配置されていても、万が一の際のリスクを負えないとして、保護者の付き添いを求めているケースがあります。

人材の確保や責任体制は、どうすればよいのか。岡氏は、医療、学校、行政の連携が不可欠だと指摘します。

「学校現場では看護師などを確保しないといけないが、医療的行為には何らかの危険性も伴い、安全の観点も大事だ。また、責任が過剰になりすぎてもいけないので、安全に社会参加を進めるためにはどうしたらよいか、医療の側や学校現場、そして行政が相談しながら取り組む必要がある。支援センターが、家族と学校、行政を結びつける役割を果たせるようになれば、取り組みは前に進みやすい。支援センターをどう運営するかが、とても大事だと思う」

「支援法はゴールではなくスタート」

「年齢も上がり、体力がついたり酸素が不要になったりしたら、また改めて地元の普通学校に通いたい旨を伝え転校させてもらえるとのこと。それを目標に前向きに歩んで行こう!」

ゆめ佳さんの地元の小学校への通学を一度断念した2年前、母の明子さんは自身のSNSに心境をつづっていました。

「町はたくさん調べ、動いてくださったので、恨む気持ちはなかったし、残念だったけど仕方ないという気持ちでした」と振り返る明子さん。
ゆめ佳さんを小学校に通わせたいという希望は、いまもかなっていませんが、日々の成長に喜びを感じています。

そうした中で、今回の支援法に、明子さんも期待を寄せています。


「初めの一歩としては、きっかけとしてはいいのかもしれません。これからどんどん膨らんで、どんどんよくなるかもしれません」

父、亨さんは、学校で行われる「医療的ケア」そのものの見直しにもつなげてほしいと考えています。


「支援の実現に向けた裏付けにはなると思っています。学校で可能な医療的ケアの中身の見直しなどにつながるといいなと思います。現状は、簡単なケアでもハードルが上がっているので、実情に合った形になれば」

「医療的ケア児」が希望どおり学べるようになるために、今回の支援法はゴールではなく、スタートです。行政、学校、医療が連携して、子どもたちの状況に応じて、実効性のある支援の手を差し伸べられるのか、これからの取り組みが問われることになります。

山形局記者
及川 緑
2018年入局。山形局で警察担当を経て2019年から米沢支局。県内の医療的ケア児の取材も担当。これまで取材で出会ったお子さんたちのやんちゃな行動や笑顔に元気をもらっている。
政治部記者
山枡 慧
2009年入局。青森局を経て政治部に。文部科学省や野党、防衛省の取材を経て、去年9月から厚生労働省を担当。