医療的ケア児 支援する法律
待ち続けた親子は

たんの吸引や人工呼吸器など、医療的なケアが必要な子どもや、その家族を支援するため、国や自治体に必要な対応を求める法律が、11日の参議院本会議で可決・成立しました。

難病や障害で日常的に、たんの吸引や人工呼吸器などが必要な「医療的ケア児」は、推計で2万人以上いるとされ、登校する際に保護者の付き添いを求められたり、保育所などで預かってもらえなかったりするケースもあります。

このため進学を諦めたり、進学先が限られたりするほか、家族も離職を余儀なくされるなどの課題が指摘されています。

こうした状況を改善しようと、超党派で取りまとめた法案は、11日の参議院本会議で採決が行われ、全会一致で可決・成立しました。

成立した法律では、子どもや家族が住んでいる地域にかかわらず適切な支援を受けられることを基本理念に位置づけ、国や自治体に支援の責務があると明記し、必要な対応を求めています。

そのうえで、学校や幼稚園、保育所の設置者に対し、保護者の付き添いがなくても、たんの吸引などのケアができる看護師や保育士などを配置することや、家族からの相談に応じるための支援センターを各都道府県に設置することなどを求めています。

法律は、ことし秋にも施行される予定です。

医療的ケア児の家族「はじめの一歩」

医療的ケア児の家族からは、法律の成立をきっかけに具体的な支援の充実を訴える声が上がりました。

山形県川西町の齋藤亨さん、明子さん夫婦の三女、ゆめ佳さん(7)は、難病「18トリソミー」と診断されています。生まれつき心肺機能が弱く、高濃度の酸素を鼻から送る「酸素療法」が欠かせないほか、1日6回の「胃ろう」で栄養をとっています。ゆめ佳さんのケアのほとんどは、コメ農家である亨さんと高校教師である明子さんが交代で行っています。

ゆめ佳さんは週4日、自宅からおよそ40キロ離れた上山市の特別支援学校に通うほか、隣接する南陽市の放課後等デイサービスを利用しています。送迎は毎日、亨さんが行っていますが、朝と夕方の合計でおよそ3時間かかるため、農作業ができるのは早朝や日中の5、6時間程度に限られます。

このため亨さんは、昼食や休憩時間を削っているほか、これまで冬場に行っていた除雪の仕事を辞めざるをえませんでした。

亨さんたちは、ゆめ佳さんの就学前から、送迎がしやすいことや、地元の同世代の友達ができてほしいという思いから、町内の小学校に通わせたいと町と2年間にわたり話し合いを重ねてきました。

こうした姿勢が町を動かし、おととし、小中学校での医療的ケアのガイドラインが策定されましたが、町によりますと、受けている酸素療法は看護師でも慎重な対応が必要なうえ、会話によるコミュニケーションが難しいことなどから、ゆめ佳さんの受け入れは、かなわなかったということです。また、近隣の特別支援学校への通学も検討しましたが、受け入れ態勢が整っていなかったことから断念しました。

今回の法律の成立によって、亨さんと明子さんは訪問看護師による学校への同行の実現など、医療的ケア児と家族への具体的な支援につながってほしいと訴えます。

明子さんは「はじめの一歩としてはいいのかもしれません。支援が柔軟になっていくきっかけには、なるかなと思います」と話していました。

亨さんは「看護師の確保などは国の補助が必要になると思うので、その裏付けとして法律は重要だと思うが、本当は『医療的ケア』にあたることができる人の範囲を見直してほしい。現状は、簡単なケアでもハードルが上がっているので、実情に合った形になれば」と話していました。

待ち続けた親子「これからが本当のスタート」

この法案の成立を心待ちにしていた親子がいます。

東京・江戸川区に住む山本阿伎さん(37)です。

3歳の息子、瑛太くんは、出産時のトラブルで重度の脳性まひがあり、人工呼吸器やたんの吸引といった医療的ケアが必要です。

さらに、自分で歩いたり食べたりすることができないため、昼夜を問わず生活面すべてで介助が必要です。

山本さんは「夫婦で順番におきて、4時間ずつ寝て、座って待機も必要です」と話していました。

経済的な理由もあり、子育てをしながら美容関係の企業で働いていますが、希望通りにはヘルパーからの支援を受けることは難しく、会社の配慮で担当部署を変更し在宅勤務を増やすなどして、なんとか仕事を続けています。

しかし、今後、瑛太くんが小学校に進学すると、親の付き添いが必要になり、仕事を辞めざるをえないのではないかと不安を感じていたといいます。

山本さんは「家以外で母でもなく妻でもない、1人の女性として必要とされるというのは自分でいられる時間であり、必要とされたいと思っていて、働きたいです」と話しています。

国会で自分たちのような親子を支援するための法案が提出されると聞き、山本さんは同じような悩みを抱えていた母親たちと連携し、ことし3月からオンラインで支援の実現を求める署名活動を始めました。

2000人を目標に署名を始めましたが、同じように悩んでいた家族だけでなく、さまざまな人たちから賛同する声が寄せられ、1か月ほどで目標の10倍以上の2万6500人の署名が集まりました。

署名とともに「医療的ケアのある子どもたちも地域でいっしょにすごせるといいな」とか、「どんな障害や病気があっても明るい未来がある社会に」といったメッセージも寄せられました。

そして先月14日には集まった署名を、法案を議論する衆議院の厚生労働委員会に手渡し、法案の成立を訴えました。

山本さんは、今回の法案をきっかけに支援の体制が整備されていくことを期待しています。
山本さんは「これから法律ができてからが本当のスタートだと思うので、どう法律が私たちの生活につながっていくか、自分たちにできることをしていきたいなというふうに思っています」と話しています。

専門家「取り組み 前向きに考えるきっかけに」

日本小児科学会会長で、埼玉県立小児医療センターの岡明病院長は「『医療的ケア児』をどうやって社会が受け入れ、支援していくかという大事な法律だ。今まで取り組みに後ろ向きな自治体もあり、地域差があったと思うが、今回の法律により、前向きに考えてもらえるきっかけになると思う」と述べました。

そのうえで「学校現場では看護師などを確保しないといけないが、医療的行為には何らかの危険性も伴い安全の観点も大事だ。また、責任が過剰になりすぎてもいけないので、安全に社会参加を進めるためにはどうしたらよいか、医療の側や学校現場、そして行政が相談しながら取り組む必要がある」と指摘しました。

さらに「支援センターが、家族と学校、行政を結び付ける役割を果たせるようになれば取り組みは前に進みやすい。支援センターをどう運営するかが、とても大事だ」と述べました。

田村厚生労働相「体制の整備に尽力」

田村厚生労働大臣は閣議のあと、記者団に対し「医療的なケアが必要な子どもが安心して、それぞれの場所で学んだり保育を受けたりできることは非常に重要だ。今までも看護師や保育士などの配置などで支援をしてきたが、さらなる体制の整備に力を尽くさなければならない」と述べました。

自民 野田幹事長代行「今後は人材や予算獲得が大切」

息子が医療的ケア児で、法案の作成に携わった自民党の野田聖子幹事長代行は、記者団に対し「作業に数年かかったが、さまざまな苦難を乗り越えて成立し、非常によかった。子どもたちが安心して生きていける道筋をつくることができた」と述べました。

そのうえで「医療的ケアが必要な子どもたちが懸命に生きていることや、生きていくために計り知れない親の犠牲の上に成り立っていることを周知徹底していきたい。普通に生まれた子どもたちと一緒に教室で学ぶべきだという方向性を示したので、今後は必要な人材や予算を獲得していくことが大切だ」と述べました。

立民 荒井元国家戦略相「ここまで やっとこぎ着けた」

法案の作成に携わった、立憲民主党の荒井元国家戦略担当大臣は、記者団に対し「生まれてくる子の障害を考えて、子どもをつくることに踏み切れない人たちがたくさんいることを解決しないと、本当の少子化対策はできない。また『医療的ケア児』のために仕事を辞めてしまう親がたくさんいることも、人材の損失になっている。いろいろな支援を得ながら、ここまで、やっとこぎ着けたという思いだ」と述べました。