長~い行列の正体は?

秋田県男鹿市の大型スーパー。店に入ると、食欲をそそる揚げたての匂いがふわりと香ってきます。あ、おいしそう。匂いに誘われるように歩を進めると、長~い、長~い行列が……。コロッケかな? ドーナツかな?
いったい……!?それは、とても意外なものでした。
(報道局選挙プロジェクト記者 仲秀和/秋田放送局記者 小島明)

行列の先は…

列は、スーパーのフードコートに続いていました。おいしそうな匂いはここからたちこめていたのです。しかし、長い行列の先は、食事を注文するカウンターとは別の方向に伸びています。行列の先頭にあったのは……
なんと市議選の期日前投票所。投票箱には、次々と一票が投じられていました。「手軽で便利」。そんな新しい投票スタイルが人気を集めています。

右肩上がりの期日前

投票日より早く投票ができる期日前投票。市役所などのほかに、自治体によっては、スーパーや駅など、人の集まりやすいところで投票できるのが特徴です。

国政選挙では2004年の参院選から導入されました。当初、700万人余りだった利用者の数は、去年10月の衆院選で2100万人を超え、投票した人の37.5%を占めました。3人に1人以上の割合です。

この時、ツイッター上では、驚くほどの混雑ぶりを実況するツイートがあふれました。「長蛇の列」「投票するまで一時間帰る人続出」「想像以上」

都道府県別に見ると、利用した人の割合が最も高かったのが、52.8%の秋田県。実に半数以上の人が期日前に投票していて、投票日当日に投票した人を上回ったのです。

期日前投票で、今、何が起きているのか。私たちは″期日前王国″とも言える秋田県を徹底調査することにしました。

期日前の″聖地″

そこで先月訪ねたのが、先ほどの男鹿市のスーパーでした。男鹿市は、衆院選での期日前投票の割合が、なんと7割以上。全国の市の中で、堂々の1位となりました。そう、ここ男鹿市は、期日前王国・秋田県の中でも″聖地″と呼べる場所なのです。

スーパーは、幹線道路に面し、大きな駐車場を備えています。車社会のこの地域にとっては、とても便利な場所です。

スーパーも積極応援!

男鹿市が″聖地″となった背景には、スーパーの側面支援も見逃せません。

期日前投票所の前に特売コーナーを設置。セール品を増やして後押しします。

店長みずから、館内放送で投票の呼びかけ。
「男鹿では『選挙はスーパーで』と言ってもらえるほど、ここで期日前投票することが定着しています。期間中は、多くの方に足を運んでいただくので、結果的に売り上げも大幅に増加して、本当にありがたいです」

有権者の意識は

期日前投票を利用する有権者には、どんな意識が働いているのか。
そこで私たちは、期日前投票の利用者を対象とした独自の意識調査を実施しました。NHKがこうした調査を行うのは初めてのことです。

先ほどの男鹿市のスーパーで、タブレット端末を使って、756人から回答を得ました。

「期日前投票の利用頻度」を聞くと、「ほぼ毎回」と答えた人が74.2%。一度利用すると、次も…という人が多いようです。

続いて、「なぜ期日前投票を利用したのか」を聞きました。
すると、6割を超える人が「買い物などのついでに投票できるから」と答えました。便利で身近なスーパーの本領発揮です。

また「当日の投票所が行きづらい」と答えた人が1割余りいました。
実際に話を聞くと、「当日だと近所の人がいっぱいいて、誰に投票しているか見られている気がする」

家の近くに設けられる当日の投票所は、かえって行きづらいと感じる人もいることがわかります。近所の人はほとんど顔見知り、そんな地域の微妙な空気感が伝わってきます。

秋田県は、高齢化率も全国一。印象に残ったのが、「段差がない作り」になっていることを評価する高齢者の声でした。
「当日投票所の学校の出入口は段差が多くて、歩くのが大変」
「車いすに乗っているので、バリアフリーの場所だと連れてきてもらいやすい」

対応を迫られる候補者

一方、投票を呼びかける側の候補者は、期日前投票をどうとらえているのでしょう。先月、同じ秋田県の能代市長選に立候補した斉藤滋宣さんを取材しました。

4期目を目指す現職の斉藤さんは、期日前投票が始まったその日、街頭演説を行っていました。
繰り返し強調したのが。
「家族の皆さんや友達に、期日前投票をすることをおすすめいただきますこと、重ねてお願い申し上げます」

実は、斉藤さんが演説していたのは、期日前投票所が設置された市役所の前。案内する看板まで、50メートルほどの場所でした。
演説を終えた後、斉藤さんを乗せた選挙カーは、市内をくまなく回りました。ウグイス嬢は、期日前投票を利用するよう、繰り返し、繰り返し、呼びかけていました。

斉藤さん。4回目の当選を果たしました。
「早い段階で、自身の政策や実績を十分に理解してもらい、期日前投票につなげていくことは大変重要だと思います。その対策をしっかり打たなければ、選挙に勝てないことになると思います」

今後の課題は

増え続ける期日前投票で、「有権者」も「候補者」も″選挙に対する動き″が早まる中、課題はないのでしょうか。
そこで、先ほどの意識調査をもう少し見ていきます。

「期日前投票という制度がなくても投票に行きますか」と聞いたところ、8割を超える人が「行く」と答えました。投票率アップを目的として導入された期日前投票ですが、実際は「もともと投票する人が早めに行くようになっている」という傾向が見てとれます。

さらに、注目したのが「投票する候補者を決めた時期」です。半数以上の人が「選挙期間に入る前」と答えています。

つまり、この2つの答えから、選挙戦が始まって候補者が支持を訴える前に、すでに誰に投票するかを決めていて、投票日を待たずに「期日前」に行っている、という特徴が見えてきます。
「選挙は投票日までに誰に投票するかを決める」という、かつての有権者の意識は、期日前投票が定着したことで、様変わりしつつあるのです。

こうした有権者の変化について、選挙制度に詳しい日本大学の岩渕美克教授は、懸念を示しています。
「有権者が選挙に関する情報を十分に理解しないまま投票するケースが増えれば、選挙戦が形骸化しかねない」

実際に、期日前投票を利用した人からは、気になる声も聞かれました。
「候補者の政策は全く知らない」
「投票所で並んだ名前を見て、誰に入れるかを決めた」

期日前投票は、各地の自治体で充実を図る傾向にあり、今後も多くの人が利用するとみられます。ただ、その一方で、ほとんどの選挙で、全体の投票率は低迷しているのが現状です。最近では、インターネットによる選挙運動が解禁されるなど、選挙への関心を高めてもらおうという工夫が少しずつ進んでいます。

有権者は、期日前であれ投票日当日であれ、情報を集め、納得する形で投票する姿勢が大切ですし、候補者は情報発信をより強めていくことが求められると感じました。

報道局選挙プロジェクト記者
仲 秀和
平成21年入局。前橋局、首都圏センターを経て、選挙プロジェクトに。太平洋を見て育つ。
秋田局記者
小島 明
平成26年入局。前橋局を経て、秋田局で選挙担当。大学時代にエジプト留学、革命後初の大統領選に触れる。