村議会消滅
危機を救った74歳

地方議員のなり手不足が言われて久しい。とりわけ、町村議会は深刻だ。先日行われた、信州・長野のある村の議員選挙も「無投票」に、しかも、村始まって以来の「定員割れ」。現地で取材すると、「なり手」を必死に探す議員たちの姿があった。地方では「無投票」を回避するどころか、定員を満たすことさえ大変な実情がかいま見える。
(長野局記者・大場美歩、高知局記者・寺迫紗良)

選挙が成立しない!?

長野市内から車で1時間半。長野県の西北端、新潟県との県境に位置する小谷村。北アルプスを望む人口3000人ほどの小さな村には、栂池高原スキー場などがあり、冬場はスキー客でにぎわう。

そんなにぎわいをよそに、村の人口は年々減り続けている。村には高校がないため、中学卒業と同時に村を出る子どももいる。高齢化が進む一方で、村の活力をどう生み出していくのか、重い課題がのしかかる。

4月17日、議員選挙が告示された。10人の定員に9人が立候補し「無投票」に。昭和33年に村ができて以来、初めて、「定員割れ」の事態となった。しかし、前議長の北村利幸さん(68)は胸をなでおろした。

「選挙が成立しない、再選挙になる可能性があったでね。再選挙になるといろいろと大変だで。再選挙を回避して喜んでいるようじゃダメなんだがね」

「再選挙」って?

立候補する人が定数より少なければ、選挙は無投票になるのは言うまでもない。前回・3年前の統一地方選挙で、無投票になった市町村議会議員選挙をみると、人口1000人以上、1万人未満の自治体では3割近く。1000人未満の自治体では6割以上にのぼる。

町村議員のなり手不足は深刻と言える。立候補する人が少なすぎても、議会が成立しなくなる。このため公職選挙法では、足りない分の数が定数の6分の1を超えると、再選挙を行うことになっている。小谷村の場合、定数が10なので、候補者が8人だと再選挙が求められるというわけだ。

実は、小谷村は告示前日まで、初めての「再選挙」の危機にさらされていた。

見つからない“後継”

村には8つの地区があり、選挙になれば、それぞれの地区から代々、代表として候補者を出してきた。そうすることで、議会は主に地区の代表で構成される。村の人たちの“知恵”とも言える。

それが、人口減少などを理由に大きく崩れ始めた。今回は、当初、10人の議員のうち7人が高齢や体力の限界などで引退の意向を示していた。それぞれの議員や地区の役員たちは、“後継者探し”に奔走するが、見つかったのは2人だけだった。

やむなく引退撤回…

このため、やむなく、引退を撤回する議員が相次いだ。北村さんもその1人。地区の会合が開かれるたびに、「後を継いでくれんか」と何人もに声をかけたが、断られ続けたという。返事はどれも「いまは仕事が忙しいでなぁ」。4期16年務めてきた北村さんにも、やりきれない思いがこみ上げる。「結局は人任せなんじゃないか。面倒なことは誰かがやってくれると。過疎化が進む今こそ、議員の力が大事なんだが」

「あなたしかいない」のに…

告示を5日後に控えた4月12日。役場では、立候補に必要な書類の事前審査が行われた。しかし、訪れたのは7人の陣営。「無投票」どころか、「再選挙」が現実味を帯びてきた。

村で初めての女性議員の横澤かつ子さん(74)は、「女性の視点を村政に」と、4期16年務めてきたが、今回は、年齢を理由に引退を決めていた。そして、村おこしに一緒に取り組んできた友人に立候補を打診した。「あなたならできる。あなたしかいないのよ」ーーしかし、期待した答えは返ってこなかった。

「村の危機を救わねば」

告示日当日。引退の撤回などで、立候補にめどがたっているのは8人だった。再選挙になるかどうか、村全体が固唾をのんで見守った。

届け出に現れたのは、引退を決めていた横澤さん。候補者は9人となり、「再選挙」はギリギリで避けられた。引退を決めていた横澤さんの気持ちを動かしたのは、北村さんだった。前日、こう説得を受けたという。
「頼むから、村の危機を救ってくれんか」
悩み抜いた末、立候補を決めた横澤さん。どこか吹っ切れた様子だった。

「代わりの人を探したんですが、ダメでした。私も74ですから、次は78。いつどうなるかわかりません。でも、誰かが村の危機を救わなければならないでしょ?年齢を気にしてたらなにもできませんからね」

初の無投票に

地方議員のなり手不足には、人口減少や若者の都市部への流出と合わせて、全国共通の背景もある。

高知県のほぼ中央部に位置する日高村。4月10日、定数10の村議会議員選挙が告示された。今回は、年齢や体調などを理由に、3人が引退の意思を固めていた。

合併して今の日高村ができた昭和29年以降、「無投票」は1度もないため、村は、今回も、投票日を知らせるチラシを配るなど、準備を進めていた。しかし、ふたを開けてみれば、立候補したのは、現職7人、新人3人の10人で、村始まって以来の「無投票」に。

「議員の給料じゃ…」

日高村は、人口約5000人。水質が日本一と言われる仁淀川などを生かした観光に力を入れているほか、甘みが強いトマトの生産が盛んな、のどかな村だ。

「議員に専念しちょったら食べていけんきね」ーーこう話すのは、6期23年務め、体調不良を理由に今回引退した壬生豊秀さん(68)。今後は、“本業”のトマト栽培に精を出したいという壬生さんは、「今のままだと、4年後は選挙が成立しなくなる」と心配する。

壬生さんは、かつて、「議員報酬の引き上げと定数削減」を提案した。1か月18万円の報酬を30万円に引き上げる一方、定数も削減すればいいと考えたが、これ以上定数を減らすと民意が反映されなくなると受け入れられなかった。
「手に職つけちゅう人は、議会になかなか出れんきねー、かと言うて、議員に専念しちょったら食べていけんきね。これやと、なかなかなり手はおらんわね。そんためにゃ、給料上げたりせにゃいかん」

「二足のわらじも必要」

9期35年務めて引退した岡本光男さん(68)は、報酬の引き上げ以外にも、議員の兼業や兼職を柔軟に認めなければ、なり手はいなくなると考える。

「やっぱり、兼業の禁止とか、縛りが多いきね。結局、自由業やないと、議員との二足のわらじは中途半端になるき。昔は、国鉄に勤めながら議員をする人もおったけんど、“企業側の理解”もないと、小さい村やと、議会なんてやっていけんきね」

報酬を引き上げ?反対論も

こうした状況を踏まえて、総務省の有識者研究会は、3月、小規模な自治体を対象に、法律で禁止されている地方議員の兼業・兼職を認めることや、兼業などの禁止は維持したまま、議員報酬の水準を引き上げることなどを提案。

一方、全国町村議会議長会は、「国が、議会制度の選択肢を提案することは、住民自治の侵害だ」として、導入に反対している。

また、与党内では、廃止された「議員年金」の代わりとして、地方議員の厚生年金への加入なども議論されているが、「地方議員だけ年金を復活させるのは国民の理解を得られない」と反対論も根強い。

しかし、2045年には東京を除くすべての地域で人口が今より減少するという推計を国の研究所がまとめるなど、地方の人口減少の傾向は、今も続いている。

 

長野局記者
大場 美歩
長野県高森町出身。選挙取材の事務局を担当。人口減少社会で、中山間地域が抱える課題を継続的に取材。
高知局記者
寺迫 紗良
平成28年入局。警察取材を経て選挙取材担当。特技は長身から投げ下ろす?ソフトボールのウインドミル投法。