“忍者の里” で
燃えて消えたものとは

滋賀県南東部にある甲賀市は隣接する三重県伊賀市とともに「忍者の里」として知られています。この街で「あるもの」が燃やされたことが大きな問題に発展しました。そのあるものとは…。取材しました。
(大津放送局記者 大本亮/報道局選挙プロジェクト記者 加藤慎平)

1本の電話から始まった

甲賀市は、手裏剣投げや水面を歩く「水蜘蛛の術」といった忍者体験ができる観光施設が有名です。毎年2月22日「にん・にん・にん」の語呂にちなんで設けられた「忍者の日」には、市職員が恒例の忍者姿でコスプレ業務ーーー。

ところがことしの「忍者の日」の2週間余り前。2月上旬、私の携帯電話に取材先から連絡が入りました。

「甲賀市で”のっぴきならないことが起きた”という話を聞いた。去年の衆議院選挙で何かが起きたらしい」というのです。

”のっぴきならないこと”という言葉に不祥事だと直感した私は、すぐに取材を始めました。

最初は、言葉を発しなかった関係者に取材を重ねると、「開票作業の担当者が選挙結果を確定させようと、余った投票用紙を白票として水増しした」と話したのです。

開票作業は、絶対に公平・公正に行われていると信じていた私には、発言の内容をすぐに理解することができませんでした。

不正はこうして行われた

開票作業での不正は、去年10月22日の衆議院選挙で行われていました。

この日、甲賀市では市議会議員選挙も行われました。開票所には通常の衆院選よりも100個多い400個にのぼる投票箱が集められ、開票所の廊下にあふれていました。

午後9時から始まった開票作業。およそ160人の職員を仕切っていたのは、選挙管理委員会の事務局長をかねる総務部長と総務部次長、それに総務課長のいずれも当時の幹部3人でした。

作業が終盤にさしかかった午前0時半をすぎたころ、幹部3人は、集計された票の数が各投票所でカウントされた票数の合計よりも数百票、少ないことに気付いたのです。

ミスの許されない開票作業で終盤での痛恨のトラブルに、担当者らは投票用紙を探し回りましたが、見つかりませんでした。

こうした中、数字上のつじつま合わせを思いついた3人は、投票に使われなかった白紙の投票用紙を無効票の中に紛れ込ませて水増しし、選挙結果を確定させたのです。

ところがその翌日、空の投票箱を保管していた部屋に記入された投票用紙が入ったままの箱が見つかりました。

ここで3人は市役所の幹部とはとても思えない行動に出ます。捜査関係者によりますと、当時の総務課長が燃やして処分したということです。

私は、山あいにあるこの課長の自宅を訪ねましたが、敷地には小型の焼却炉が置かれていました。選挙管理委員会には、当然、黙ったままでした。

3人のふだんの仕事ぶりについて市議会議員などに話を聞くと「真面目な人で仕事もきちんとしていた人がまさかこんなことをするとは信じられない」という声も聞かれました。

不正の背景と要因は?

なぜ不正が行われたのか。取材を進めていくと2つの重要なポイントがかいま見えてきました。

1つは、3人の心理状況です。当日は、台風21号が滋賀県に接近し各地で影響が出ていました。総務部長というのは、市の防災対策を指揮する役職です。部長のもとには市内の被害情報も刻一刻と伝えられていたことでしょう。開票作業の指揮と防災対策の指揮、「二足のわらじ」を迫られました。

(写真:滋賀 竜王町 2017年10月23日)

3人の聞き取り調査を行った甲賀市の松山仁選挙管理委員長は、「開票当日は台風21号の被害の情報もあり混乱していた。総務部長ら3人は『焦った』と説明している」としています。

正確で迅速な開票作業が求められる心理的なプレッシャーがかかる中ミスが発覚したときの焦りは相当なものだったかもしれません。

一方、制度面の問題もありました。3人が使われなかった白票の投票用紙を簡単に持ち出せる環境にあったことです。

当日、開票所には、2万6000枚余りの使われなかった投票用紙が集められ、当時の総務部長の座席の近くに置かれていました。甲賀市では、使われなかった白票の投票用紙の総数は、開票所に集められた時点で、1回集計されます。開票作業の開始後は、封筒に入れられいつでも取り出せる状態でした。今回の不正は、その封筒から抜き取られた投票用紙、数百枚が白票として水増しされていたのです。

市民の怒りは続く

甲賀市には、問題の発覚からわずか10日間で77件の苦情などの電話が寄せられました。その後も市民の怒りは、おさまっていません。

地元の2つの市民団体は、全容解明などを求める要望書をそれぞれ提出しました。こうした中、ことしは恒例の「忍者の日」に合わせた職員の”忍者コスプレ”を自粛する事態となりました。

再発防止策は?

甲賀市の選挙管理委員会は再発防止に動き出しています。3月6日付で第三者委員会を設置し、次の選挙となることし6月の滋賀県知事選挙までに再発防止策を打ち出す方針です。

相次ぐ白票操作

実は、開票作業中の不正は、近年全国で相次いでいます。

平成25年の参議院選挙の比例代表では、高松市で、ある候補の得票が「ゼロ票」だったことに、市民から「私はその候補に間違いなく投票したのにゼロ票なのはおかしい」などと疑問の声があがりました。

その後、捜査のメスが入り、選挙管理委員会の当時の事務局長らが逮捕されました。実際には、300人余りが投票した特定の候補の束を一時見失い、白票を増やして、つじつまを合わせたのです。

また平成26年の衆議院選挙では仙台市で、平成27年の統一地方選挙では相模原市議会議員選挙でも白票の操作が起きています。

専門家「どこでも起こる可能性」

なぜ、不正が繰り返されるのか。川崎市で40年近く選挙事務に携わり、甲賀市選管の第三者委員会に入ることになった小島勇人さんは、「甲賀市で起きた問題の構造はこれまでの事件とほとんど同じだ。投票者の数と実際の票の総数が一致しない場合に当落への影響のない白票を使って調整しようという発想は浮かんでくるものだ。しかし、だからと言って不正をするのは、全く別次元の問題だ」と指摘しています。

そして再発防止策については、「開票作業の際、最初に白票の数を固めて疑いを持たれないようにすべきだ。また、ミスが起きたら、数え直す勇気を持ってほしい」と訴えています。

今回の問題で、甲賀市では、結局、有権者数百人の民意が反映されず「忍者の里」よりも「白票操作」の街というイメージがついてしまいました。有権者が1票に託した願いや希望を踏みにじったことを決して忘れず「一票の重み」を改めて心に刻んで役割を果たし続けていくことが求められていると思います。

大津局記者
大本 亮
平成28年入局。警察担当を1年経験し、現在は遊軍として課題や話題を掘り起こしている。趣味は、筋トレとマラソン。
報道局 選挙プロジェクト記者
加藤 慎平
平成23年入局。鳥取局、静岡局を経て、選挙プロジェクトに。鉄道の旅が好き。