ニー知事は、勝ったのか

沖縄県議会。
玉城デニー知事を支える県議会の与党は、共産党や社民党をはじめとする勢力。対する野党は自民党。国会とは正反対の構図だ。
注目された今月7日の議員選挙では、与党が選挙前から議席は減らしたものの、辛くも過半数を維持した。
政府と対峙(たいじ)する玉城にとって、後ろ盾となる県議会の過半数は絶対に譲れない…与党の薄氷の勝利に至る攻防を追った。
(坂井一照)

名家VS銘菓 ブランド対決

「翁長」は沖縄の政界では特別な名前だ。
県都・那覇市の選挙区の新人候補の1人に、その名があった。翁長雄治、32歳。今回の県議選で最年少の候補だ。

翁長の父は、普天間基地の辺野古移設阻止を掲げ、政府と対立するも、おととし任期途中で亡くなった翁長雄志前知事。祖父も村長を務めた政治家一家出身の“プリンス”だ。志半ばで倒れた父親の遺志を継ぎたいと、玉城を支持する与党の立場で立候補した。

一方、野党の自民党。元県連会長の後継候補が那覇市で初の議席獲得を目指した。新垣淑豊、44歳。沖縄を代表する銘菓「ちんすこう」を作る老舗菓子店の長男だ。

「ちんすこう君」という独自のキャラクターをポスターに掲載するなど、ブランドを前面に打ち出した。政府と対立する玉城を批判し、新型コロナウイルスの影響で県内経済が大打撃を受ける中、政府との連携の必要性を訴えた。

定員11を16人が争う激戦の選挙区で、スタンスが全く異なる2人の新人候補は、今回の県議選を象徴する存在に見えた。

対政府の強硬策 県議会が後ろ盾に

基地問題を抱えているがゆえに、保守と革新の対立が激しい沖縄県議会。
選挙前、48の定員に対し、玉城を支える共産党や社民党などの与党は26議席、野党・自民党と中立の公明党などの勢力が20議席だった(欠員2)。玉城は過半数を占める与党の力を背景に、普天間基地の辺野古移設阻止に向けてさまざまな施策を打ち出してきた。

県が原告となって国を相手取り裁判を起こすにも、その費用を確保するための予算案を成立させるにも、議会の議決が必要だが、ともにスムーズに可決された。

裁判では県が敗訴するなど玉城の打つ手は行き詰まりも見せていたが、4月、事態は新たな局面を迎えた。
埋め立て予定海域の広範囲に軟弱地盤が見つかり、政府は、地盤改良の工事に必要な設計変更を県に申請したのだ。

新型コロナウイルスの感染拡大で全国に緊急事態宣言が出され、沖縄県も対応に追われるさなかの申請。玉城は「スケジュールありきで全くもって遺憾だ。断じて容認できない」と厳しく批判した。

政府は県が申請を承認しない限り、地盤改良の工事に着手することはできない。
玉城は、結論を出すまでにできるだけ時間をかけ、最終的には認めない方針だ。その間、政府の動きを止めることができる。

玉城にとっては、こうした強硬策をとり続けるためにも、県議選で与党の過半数維持が絶対に必要だった。

亡き父の志を継いで

「私が生まれた頃には父はもう政治家だった。父が市民のため、県民のため一生懸命働く姿を一番間近で見てきた。政治には市民の生活をよくする、社会を変えていく大きな力がある」

翁長は、父・雄志の存在を前面に打ち出して選挙戦を展開した。那覇市議会議員1期目の途中で今回の選挙に挑んだ翁長。街頭では、なぜ政治の道を志したのかを繰り返し訴えた。父・雄志は、辺野古移設をめぐり「闘う知事」の印象が強いが、翁長は、基地問題も含め父の志を受け継いでいくことに加え、自身が3人の子育てに取り組んでいることをアピールし、子育て支援策の拡充などの訴えにも力を入れた。

「お父さんの背中を見て政治の道に進んできた有望な新人候補です」

告示の翌日、翁長の隣で玉城が声を張り上げた。玉城にとって、翁長の父・雄志は、後継指名によって今の地位に導いてくれた恩人であり、おととしの知事選では翁長本人の支援を受けた。今回、玉城は、お返しとばかりに翁長の選挙戦をバックアップした。

知事自ら“インフルエンサーに”

玉城は公務の合間を縫いながら、ほぼ毎日、激戦の選挙区を中心に、与党候補の応援に精力的に回った。さらに新型コロナウイルスの影響で選挙運動が制約される中、SNSも積極的に活用した。

5月初旬、玉城周辺から「県議会議員選挙での情報発信広報戦略について」という文書が与党の陣営に届けられた。
候補者に対し、ツイッターやフェイスブックなど複数のアカウントを開設し、運動の様子を積極的に投稿するよう求め、これを9万人のフォロワーを持つ玉城のツイッターと連動させることで一気に拡散させようという戦略だ。

玉城の発信力を頼りに「知事自らが最大のインフルエンサーになる」とも記されていた。告示後、各候補者と連動するように玉城のSNSには選挙戦の投稿があふれるようになった。移動の車中、スマートフォンを充電器につなぎ、画面と向き合う玉城。直前に応援演説をした陣営の写真を素早く投稿していた。
「充電も切れるし、Wi-Fi環境がないところだとデータ容量がすぐアウトだ」

政府との対立より連携を

自民党・新垣の地元は首里だ。告示日には去年の火災で無残な姿となった首里城がのぞめる池のほとりで支持を訴えた。
「首里城こそが沖縄経済再建のシンボルとなるよう、少しでも早く再建できるよう取り組みたい!」

県政にとっての課題は基地問題だけではない。新型コロナウイルスの影響で国内有数の観光地、沖縄はかつてない苦境に立たされている。去年、観光で沖縄を訪れた人は初めて1000万人を超え、好調な観光業が県内経済をけん引してきた。しかし、感染拡大によって、ことし3月から、沖縄と海外を結ぶ航空路線はすべて運休し、クルーズ船の寄港もゼロとなっている。ことし7月までの4か月間に沖縄を訪れる人は、前年同時期に比べて87%減るという試算も出された。

首里城という屈指の人気観光スポットが焼失し、そこに追い打ちをかけるようなコロナ禍。新垣はこの危機を乗り越えるには政府との連携が必要だと支持を呼びかけた。

「経済支援のためには多くの予算がかかり、財源を確保していかなければいけない。しかし、今の沖縄県は政府と最も悪い関係にあると言われている。だからこそ我々が議会の立場でしっかりと交渉していくことが必要だ」

野党・自民の戦略

おととしの知事選以降、国政選挙でも連敗し、今回の選挙を反転攻勢のきっかけとしたかった野党・自民党。県が発注する委託業務をめぐって、玉城が契約を結ぶ前に業者側と飲食をしていた問題や、焼失した首里城の管理責任について厳しく追及を続けるなど、対決姿勢を鮮明にしてきた。

今回の選挙でも、「政府との対立による振興予算減額でさまざまなゆがみが出ている。このような県政運営が続いていいはずがない」と批判。政府の振興予算を過去最高水準に復活させることなどを訴えた。

こうした訴えによって期待したのは、経済界からの支援だった。

県議選に向けて党県連の最高顧問のポストに、元知事であり、沖縄電力会長や県商工会議所連合会会長などを歴任した仲井真弘多を迎えた。

辺野古沖の埋め立てを承認した仲井真は、6年前の知事選で翁長雄志に敗れた。その後、表舞台からは遠ざかっていたものの、自民党は、そのパイプを生かした企業票の取りまとめに期待を寄せた。
仲井真は、県議選にあたって経済界が独自に設立した「経済振興で沖縄の未来を実現する会」の世話人に就任。組織が盤石でない新人候補に支援企業を紹介するなど精力的に動いた。

一方で不安要素もあった。1つは内閣支持率の下落だ。
5月のNHKの世論調査では、「支持しない」が、「支持する」をおよそ2年ぶりに上回った。国政選挙とは異なり、地域の課題が争点となりやすい県議選には直結しないという見方の一方、「逆風にならなければよいが」と心配する声もあがっていた。

もう1つ、自民党にとって大きな誤算となったのは、4月末に公明党が候補を当初の4人から2人に絞りこんだことだった。公明党県本部は、選挙運動に伴う新型コロナウイルスの感染リスクに考慮したと説明した。

知らせを受けた自民党県連の幹部は「寝耳に水だ」と驚きと困惑を口にした。公明党などと合わせての過半数奪回をもくろむ自民党に、冷や水を浴びせかけたこの動き。公明党県本部は「普天間基地は県外・国外移設」と、党本部や自民党と一線を画し、玉城県政に対しては「中立」の立場をとっている。国政との違いを感じさせる一幕だった。

与党“薄氷の勝利”その背景は

投票の結果、「玉城与党」は選挙前より1議席減らしたものの、過半数の25議席を確保した。一方の野党側は、自民党が選挙前の13議席から17議席に伸ばすなど、中立的な勢力も含め23議席を獲得し、与党に肉薄した。

那覇市の選挙区では、翁長が1万8021票を獲得してトップ当選、新垣も9879票を獲得して3位で当選した。

翁長は当選を決めた翌朝、街頭に立って感謝と決意を述べた。
「決して安定した議席数とは言えないが、当選した25人でしっかり団結して玉城県政を支えたい」

与党の薄氷の勝利、その背景に何があったのか。
NHKが投票日に那覇市で実施した出口調査からひもといてみる。
玉城県政の評価を聞いたところ、「評価する」は82%にのぼり、普天間基地の辺野古移設は、「反対」が71%、「容認」が29%だった。政府と対峙する玉城のスタンスは県民から高い支持を得ていると言えそうだ。

一方で、前回・4年前の県議選で実施した出口調査と比較すると、県民のニーズの変化も浮かび上がってくる。前回、「投票で重視したこと」を聞いたところ、「普天間基地移設」が42%と圧倒的に多く、「経済・雇用」は19%だった。それに対し、今回、「最も期待する政策」は、「経済対策」が28%とトップで、「普天間基地問題」が25%となった。

前回と今回で質問のしかたはやや異なるが、コロナ禍で県経済が苦境に立たされる中、基地問題よりも経済を重視する層が増えていることがうかがえる結果となった。基地問題と経済、政府との対立と協調、そのバランスの難しさが、与野党伯仲の微妙な議席数に反映されたようにも見える。

また、今回の県議選は、コロナ禍で選挙運動が制約されたことや、投票日に県内の広い範囲で悪天候となったこともあり、投票率は46.96%と、初めて50%を割り込み過去最低となった。この低投票率が選挙結果に影響を与えた可能性もある。

玉城の戦いは次のステージへ

「一定の評価を得たが議席を減らした現実を踏まえて真摯に県政運営にあたっていきたい」。知事公舎で開票の行方を見守った玉城。日付が変わった午前0時半ごろに記者団の前に姿を現した。

与党が過半数を維持したとは言え、自身の地元で何度も応援に入った沖縄市や普天間基地を抱える宜野湾市で与党の現職が議席を失った衝撃は大きく、薄氷の勝利となったことに落胆の色がにじんだ。一方で、普天間基地の辺野古移設については、「反対という民意は揺らいでいないと思っている」と述べ、引き続き阻止を目指していく考えを示した。

基地問題で政府との対立を続けながら、深刻な打撃を受けている県内経済をいかに回復させるかという、困難な課題を抱える玉城県政。与野党の議席差はわずかなため、今後、主導権争いが活発になることも予想される。今回の結果を踏まえて、玉城はどのように県政のかじ取りを担っていくのか、県民は注視している。

再来年2022年は沖縄が本土に復帰してから50年。その年の秋、玉城の今の任期は満了し、知事選挙が行われる。国政とねじれた沖縄県の与野党の攻防は、次のステージへ移っていく。
(文中敬称略)

沖縄局記者
坂井 一照
2010年入局。新潟局、名古屋局を経て、現在、沖縄県政を担当。