緊急事態の口はどこだ

「予定していた1か月で宣言を終えることができず、おわびを申し上げる」
5月6日が期限だった緊急事態宣言は延長されることになり、安倍総理大臣は陳謝した。
なぜ予定通りに解除できず、対象地域も全国のままとなったのか。そして「出口」はどこなのか。その経緯を追った。
(宮内宏樹)

当初は「6日に解除」期待も

話は4月16日にさかのぼる。東京や大阪など7都府県を対象に出されていた緊急事態宣言は、対象地域を全国に拡大することが決まった。

感染者が1人も出ていない県もある中での全国への拡大は、衝撃を持って受け止める向きもあった。この決定、安倍には、間近に控えた大型連休が念頭にあった。

「まもなく大型連休を迎えるが、感染者が多い都市部から地方へ、人の流れが生まれるようなことは絶対に避けなければならない。それは最も恐れるべき事態である『全国的かつ急速なまん延』を確実に引き起こすことになる」
記者会見でこう警鐘を鳴らした。政府関係者によると、実はこの時点で緊急事態宣言を早めに解除したいという思いを強くしていたという。

実際、同じ時期には、政府高官も「4月半ばを過ぎれば、感染者数がピークアウトするはずだ」と期待感を示し、別の政府関係者も「感染者の数字を注視していく。延長前提ではない」と語っていた。

東京で100人を切れば…

宣言による効果への期待も膨らむ中、政府内で延長か解除かの検討が本格化したのは、4月20日前後だ。

最初に緊急事態宣言を出した4月7日に安倍は、「人との接触機会を8割削減すれば、2週間後には感染者数を増加から減少に転じることができる」と強調した。それから、ちょうど2週間後の時期にあたる。

政府が注目していたのは、最初に宣言の対象とした7都府県の感染者数の推移。とりわけ全国で最も感染者数の多い東京都の動向には、連日、目を光らせていた。宣言が出されて以来、幅広い業種に休業の協力を要請するなど、率先した取り組みを実践してきたからだ。

宣言からまもなく2週間となる20日、政府関係者は、連日、新たな感染者が100人を超えていた東京都の状況について、「効果が出ていると思いたい。新規の感染者数が10とか20になれば落ち着いてきたとわかるが、80とか90の時にどう判断するかだ」と、100人を下回ることを前提に、解除の可否を判断する意向を示していた。

ところが、実際は、期待とはかけ離れた結果だった。
21日、123人
22日、132人
23日、134人
24日、161人
一向に100人を下回る気配はなく、むしろ増え続けた。

政府内では、「延長は避けられない」という認識が急速に広がっていった。

全国一律か、一部解除か

「延長やむなし」が共通認識になった4月下旬、次に政府内で争点となったのが、全国一律のまま延長するのか、あるいは一部の地域は解除するのか、という二者択一である。

関係者によると、当初官邸内では、「一部解除」論が支配的だったという。

菅官房長官は、「経済への影響も考えて決める必要がある」と周囲に語り、別の政府関係者は、「みんな我慢している中で、全国を維持したままで延長となると大変なことになる」と指摘していた。

当の安倍も、「感染者がゼロの岩手県や、ほとんど出ていない島根県などに、負担をかけている。ふだん通りの生活をしても大丈夫なところにまで規制をかけてしまっている」と漏らしていたという。

一方で、政府の専門家会議は別の観点から議論を進めていた。

25日に開かれた非公式会合では、「医療資源の乏しい地域では、ひとたび院内感染が発生すると、一気にひっ迫した状況になる。全国で感染者が増えないようにすることが必要だ」などと、地方の医療体制を憂慮する声が相次いだ。そして、「全国を対象に引き続き宣言を延長すべきだ」という認識で一致。この結論は、水面下で安倍にも伝えられた。

さらに地方からも「全国一律延長」を求める声が寄せられた。

29日の全国知事会の会合では、多くの知事から、「感染者数の推移は予断を許さず、一部の地域で宣言を解除すれば、新たな人の動きを生じさせ、感染が拡大するおそれがある」といった懸念を訴える意見が次々と出された。

緊急事態宣言をめぐる判断は、専門家の意見を聴くとされてはいるが、最終的に決めるのは、政府の対策本部長を務める総理大臣である。

決断を迫られた安倍の脳裏には、ある光景が浮かんだという。
4月中旬の日曜日、神奈川県の湘南海岸沿いの道路が、県外ナンバーの車であふれかえる様子が報じられた。

「一部解除」に踏み切れば、解除された地域の観光地に人が押し寄せ、結果的に感染が広がってしまう――

30日、安倍は自民党の二階幹事長に宣言を延長する方針を伝達。翌5月1日に、記者団に対し、対象地域を全国としたまま、1か月程度延長する方針を明らかにした。
そして、延長期限は、患者の平均的な在院期間が2週間から3週間とされることを踏まえ、医療現場のひっ迫状況の改善に必要な期間を考慮して、5月31日までとなった。

「出口戦略」どうするのか

延長の決定に際して、大きな課題となったのは、いわゆる「出口戦略」をどう描くかという点だ。

各知事からは、宣言の延長を求める一方で、「これまで住民に対し、『1か月だから我慢してくれ』と言ってきたが、『もう1か月』と言うのは、簡単ではない。どのように解除に向かうのかがわからないと不安になってしまう」という痛切な声も寄せられていた。

宣言の延長を正式に決めた5月4日、安倍は10日後の14日をメドに、専門家に感染者数の動向などを分析してもらい、可能だと判断すれば、期限を待たずに宣言を解除すると明言した。いわば1つの「出口」を示した形だ。

これについて、政府関係者は、「延長はするものの、出口を示すことで前向きなメッセージを示したかった」と解説する。当初、延長から2週間後となる21日をメドに解除の可否を判断する案もあったが、「遠い感じがする」として1週間、前倒すことになったという。

政府内には、早くも楽観的な見方が出ている。

新型コロナウイルス対策を担当する西村経済再生担当大臣は、一定期間、新規の感染者が確認されていない地域は、解除の対象になりうるという認識を示した。こうした解除を強くにじませる発言は、「自粛疲れ」による地方の不満を和らげたいという思惑もうかがえる。

「元の生活には戻れない」

「たとえ宣言を解除したとしても、『気をつけないと元の生活には戻れませんよ』というメッセージだ」と政府関係者が語るのが、4日に打ち出された「新しい生活様式」だ。

▽外出時などにはマスクをつけ、人との間隔はできるだけ2メートル空けること。
▽テレワークや時差出勤といった新しい働き方を定着させること。
宣言中に当たり前のようになったことを、今後も実践できていなければならないと、政府の専門家会議は提言した。

政府関係者は「必ず第2波はくるから、解除された県も行動様式を徹底して変えていかなければならない。長期戦に備えるという意味だ」と語った。

明るい材料を届けたいが、感染の再燃は防がなければならない。「出口」と「新しい生活様式」は、そんな意図から生まれた、いわば「アメとムチ」だった。

独自基準に乗り出す「特定警戒」自治体も

宣言を行うのは国だが、実際に休業要請を出したり、解除したりするのは、都道府県だ。
都道府県の中には、政府に全体方針を示すよう求めるところもある一方、13の「特定警戒都道府県」では、独自の「出口戦略」を打ち出すところも出始めた。

最初に動いたのは大阪府。5日に「3つの指標」を公表した。
▽1日当たりの感染経路がわからない患者数が10人未満であること
▽感染しているか確認する検査を受けた人のうち、陽性者の割合が7%未満であること
▽重症の患者を受け入れる病床の使用率が60%未満であること
この3つの指標のすべてを7日間連続で満たすことを施設再開などの条件とした。
結果は、毎日ホームページで公表している。
この指標に基づいて、休業要請などの措置について段階的な解除を判断することにしている。

茨城県は、「ステージ1~4」の4段階に分けて、段階ごとに外出自粛や休業要請、休校の基準を定めた県独自の指針を7日に明らかにした。
ステージの判断材料となるのは、
▽都内での感染経路不明の感染者数
▽県内の病床稼働率
▽県内の感染者数
などとなっている。

岐阜県は、9日に「5つの基準」を公表した。
▽新たな感染者の数が1週間で7人未満
▽PCR検査を受けた人のうち陽性者の割合が7%未満
▽感染経路がわからない人が1週間で5人未満
▽入院患者数が60人未満
▽全身管理が必要で症状が重篤な患者が3人未満
これらの基準を2週間程度連続して満たした場合に、近隣の県の感染状況なども総合的に判断して、対策を継続するか、段階的に緩和するとしている。

愛知県は11日、人が集まる施設などへの休業要請や、県民への外出や移動の自粛要請などを緩和するかどうかを判断する際に参考とする基準を発表した。
◆一部の規制を検討する「注意」の基準として、
▽新たな感染者数が1日平均で10人
▽検査を受けた人のうち陽性者の割合が5%
▽入院患者数が平均150人
◆休業要請などのより強い措置を呼びかける「危険」の基準として、
▽新たな感染者数が20人
▽陽性者の割合が10%
▽入院患者数が250人
いずれも直近1週間の3つの数字を基準に判断するとしている。

京都府は12日、これまでの感染状況を基に、休業要請の解除に向けた4つの判断基準を決めた。
▽新規の感染者数が5人未満
▽感染経路が分からない患者数が2人未満
▽PCR検査を受けた人のうち陽性者の割合が7%未満
この3つをいずれも7日間の平均で達成していること、それに、
▽重症の患者を受け入れる病床の使用率が7日間連続で20%未満
であることとした。

「終わらない非日常」は「新たな日常」になるのか

今回の緊急事態宣言の延長について、各種の世論調査では容認が多数を占めている。

しかし、「延長によって本当に事態が収まるのか不安だ」という声をはじめ、医療現場の危機的な状況や、経済の停滞や休業による生活の窮状、長引く休校による子どもたちの学習の遅れなど、懸念や不安を訴える声は数限りない。

新たな感染者の数は減少傾向にあるが、たとえ宣言が解除されたとしても、再燃の恐れは常につきまとい、治療法が確立され、本当の意味での収束にこぎつけるには年単位の時間がかかることも予想される。

安倍は、4日の記者会見で、「コロナの時代の『新たな日常』を1日も早く作り上げなければならない」と強調したが、欧米に比べ、法律の強制力が弱い日本で、ウイルス対策と経済活動の再開を両立させるためには、国民の協力が欠かせない。

政府には、国民の理解を得るための、より丁寧な説明が求められることになる。
(文中敬称略)

政治部記者
宮内 宏樹
平成22年入局。福井局、報道局選挙プロジェクトを経て政治部。総務省などを担当したのち、現在、官邸クラブを担当。