ネット投票 なぜできない

インターネットで投票する。
かなり以前からアイデアはあるのですが、なかなか実現しないことのひとつです。実現すれば、自治体にとっては頭の痛い「開票作業」から解放され、国民は選挙の結果をいち早く知ることができるようになり、私たちメディアも「当確速報」という難しい報道と向き合わなくて済むことになる…かも知れません。
ただ、クリアーすべきハードルが多く、困難と思われてきたのが実情。でも、そんななかで国が有識者による研究会を設置したのです。おやおや、これは実現に向けて動くのか。非公開の議論の中身を探ってみました。
(政治部総務省担当 宮内宏樹)

「台風」が後押しした!?

「インターネット投票の実現を目指して検討を進めていきたい」
野田総務大臣の指示を受け、総務省がインターネット投票の課題を検討する有識者研究会を立ち上げたのは去年12月。ことし夏には報告書を取りまとめることになっています。
なぜいま、野田大臣は「難しい」と言われてきた課題に取り組むことにしたのか。

きっかけは去年の衆議院選挙でした。最終の投票率は53.68%と戦後2番目の低さ。特に20代の投票率が低く、若者の選挙離れは深刻です。さらに、台風の影響で海が荒れ、開票所に投票箱が届かず、開票作業が大幅に遅れるトラブルも相次ぎました。

「ネット投票が実現すれば、投票率も向上し、開票作業も効率化できるのではないか」
野田大臣の指示の裏には、こうした思いがあるようです。

お手本は、遠い北欧の国

有識者研究会は選挙制度や情報通信技術に詳しい専門家など15人の委員で構成され、この記事を書いた5月30日の時点で6回の会合が開かれています。すべて非公開のため、議論の詳細は明らかにされていません。

しかし、取材を進めていくと、北欧の「エストニア」の方式を参考に、導入に向けて具体的な検討を進めていることがわかってきました。

エストニアは世界で唯一、国政選挙で全ての国民を対象にしてネット投票を導入しています。人口はおよそ130万人。旧ソビエトから1991年に独立し、その後、柱になる産業を育てるため、国をあげてIT技術の開発に力を入れました。そうしたことを背景に、2005年に地方議会議員選挙で初めてネット投票を導入し、2007年からは国政選挙に拡大しました。

では、なぜエストニアで取り組みが進んだのか、それを調べてみましょう。
とはいえ北欧は遠いので、NHKから歩いて20分余り、神宮前にあるエストニアの大使館を訪ねることにしました。

答えてくれたのは、大使館の山口功作さんです。
「独立して以降、外国で生活する国民が急速に増えたが、在外公館を増やすことができなかった」

「こうした人たちの投票の権利を守るために、どこからでも投票を可能にしようと、ネットを通じて投票を行うという発想になった。冬の寒さが厳しいので、天候などにも左右されることなく投票できる点でも適している」

ネット投票、やってみた

実際に、デモンストレーション用のシステムでネット投票を体験させてもらいました。
ネット投票を行うには、国民1人1人に割り振られた番号が入ったIDカードが必要となります。

このカードをリーダーで読み込むと、パスワードの入力を要求されます。

あらかじめ有権者が設定した本人確認用のパスワードを入力すると、投票画面に進むことができます。
投票画面には、政党と候補者の名前が記載されていて、画面をスクロールして投票したい候補者を選択するだけで、投票は完了です。

エストニア国民であれば、スマートフォンからも投票できるということです。

初めて導入された2007年の国政選挙では、利用したのは、全投票者の5%余りでしたが、3回目となった2015年の選挙では、30%余りとなり、徐々に利用者が増えているといいます。

2つの壁

では、有識者研究会の議論はどこまで進んでいるのか。
一番の心配事である、どうやって本人確認をするのかという点については、普及率が低いという懸念はあるもののマイナンバーカードを使うことで解消できるという見解で一致しているようです。その上で、克服すべき課題として、大きく2つの問題が議論されています。

① “見えない場所”での投票

1つは「誰にも強制されず、自由な意思で投票できるのか」ということです。選挙制度に詳しい、東京工業大学の西田亮介准教授も、ネット投票の実現に向けて、最も大きな課題だと指摘しています。

「候補者が特定の場所に支持者を集めて、『見ているので、この場で投票してください』ということができてしまう。また、老人ホームで、どれだけ自分の意思が反映できるかわからないお年寄りに対して、投票を半強制的に行うこともでき、こうした問題を解消するのが難しい」

エストニアでは、選挙期間中、何度でも投票をやり直すことができます。強制的に投票させられたとしても、あとで投票をやり直せる余地を残すためです。
しかし、こうしたやり方について、総務省の研究会は慎重のようです。取材をした複数の出席者が「ネット投票だけをやり直せるようにするのは、日本ではなじまない」などと、否定的な考えを述べています。投票所の立会人のような第三者の監視の目が行き届かない中で、自由な投票環境をどのように確保するのか、大きな課題となりそうです。

② システムの安定

もう1つは「システムを安定的に稼働させられるか」です。
鍵を握るのは、1億人を超える有権者のデータの管理。ネット投票の場合、二重投票を防ぐため、それぞれの市町村で管理している有権者のデータをネットワークでつなぎ、誰が投票したかを把握できるようにする必要があります。
しかし、研究会の出席者からは、投票で情報のやりとりが集中した場合、システムを安定的に運用できないのではないかという指摘が出ています。それならばと、「国が有権者のデータを一元的に管理し、自治体に負担をかけないような形もありうるのではないか」という意見もあります。研究会は、安全なシステムを構築するための技術的な課題の検討を行う作業チームを立ち上げて議論を進めています。

「在外投票」なら実現できる!?

ではやっぱり実現しないのか、というと、そうでもないようです。
研究会が「導入できるケース」として検討しているのが「在外投票」です。

在外投票は海外の有権者が投票を行う制度ですが、海外では交通の便が悪く、投票のために大使館に移動するのに丸1日かかるケースがあるほか、投票用紙を日本に送らなければならないので投票期間も制限されています。

去年の衆議院選挙の投票率は21.16%と低い水準でした。海外の有権者にも広く投票の機会を確保するために、ネット投票は好都合だというのです。

さらに「在外投票」は、先にあげた2つの課題もクリアできる可能性があるといいます。なぜなら、海外に住む有権者を集めて強制的に投票させるようなケースは考えづらいことに加え、対象者が限られるため、有権者のデータの管理に手間がかからず、システムがダウンする可能性が低いからです。
こうしたことから、研究会では、まずは在外投票で実績を積んだうえで、将来的に国内で導入すべきだという意見が大勢になっているということがわかりました。

議員には賛否あり

さて、選ばれる議員のほうはどう考えているのでしょうか。
自民党の議員を取材すると、「選挙は投票所に足を運んで、名前を書く自書式が基本だ。ネット投票は本当に本人の意思が反映したものなのかという問題がある」などと、慎重な意見が聞かれます。
一方で、若手を中心に導入に前向きな議員もいます。5月24日、ネット投票の導入などを検討しようと、超党派の議員連盟が発足。

議員連盟の事務局長代理を務める自民党の鈴木隼人衆議院議員は、ネット投票の導入に意欲を示しています。

「ネット投票はこれからの民主主義をより強化していくために、必要なツールだ。大きな問題は20代の投票率が低すぎるということだ。若者の政治参加を進めるうえでも、若者の投票率向上に大きく寄与することが想定されるネット投票の実現に向けて、力を尽くしていきたい」
議員連盟は、年内に提言をとりまとめ、各党に実現を働きかけることにしています。

“失敗したら内閣が倒れる”

ネット投票に詳しい、東北大学の河村和徳准教授は、導入には意義があるとする一方、信頼性と国民の理解を高める必要があるといいます。

「投票しづらい人をより投票しやすい環境にしてあげようという視点で、ネット投票の導入は意味があると思う。ただ、すべての有権者を対象にしたシステムを作るには、コストや選挙制度のあり方もさらに考えなければいけない。まずは在外投票で導入して、信頼性を高めて、ネット投票の導入への理解を求めていくべきだ」

「システムがダウンして、もし選挙が無効になったら、内閣は倒れるよ」
ある総務省幹部の言葉です。取材を通して、印象に残ったのは、選挙の実務を行う人たちは、慎重な姿勢だということです。それは、実務を担う人ほど、仮にネット投票を導入するとして、民主主義の根幹である選挙の公平性や厳密性を維持する難しさを感じているからではないかと思います。引き続き、有識者研究会の議論の行方、その後の動向を取材していきます。

政治部記者
宮内 宏樹
平成22年入局。福井局、報道局選挙プロジェクトを経て政治部。現在、総務省などを担当。