ーセージと選挙
おいしい関係

投票率が上がらない!
そんな国内の悲鳴にも似た事情を尻目に、海外ではあの手この手の工夫で投票率アップに成功している国がある。その代表がオーストラリアだ。
かつて大きく低下したのに、90%を超えることに成功した。
いったい、どんな方法を取っているのか。
(小宮理沙)

投票しないと罰金!

ことし5月18日に行われた、オーストラリアの議会選挙。
シドニー中心部の投票所では、投票が始まる前から大勢の人たちが列を作った。

同じような光景は全国各地でみられたという。投票率はなんと91.89%に上った。

実はオーストラリアでは18歳以上の有権者が国政選挙で投票することが義務化されている。正当な理由なく投票しなかった場合、日本円にしておよそ1500円の罰金が科されるのだ。

かつて、オーストラリアの議会選挙の投票率は50%台まで下がったことがあった。しかし1924年にこの制度が導入されて以降、投票率が90%を下回ったことはない。

電話でも、郵便でも

投票を義務化している以上、政府には投票しやすい環境を整えることが求められる。この点、オーストラリアでは驚くほど柔軟な対応がとられているのだ。

日本のような期日前投票や海外での在外投票はもちろん、郵便投票も可能。
また、視覚に障害がある有権者は電話を使った投票が可能だ。

病院や介護施設などを選挙管理委員会が訪ねて投票を受け付けることも行われている。

投票場所の選択肢が多いのも特徴だ。日本のように、住所ごとに投票場所が決められていない。選挙区が違っても、有権者登録されている州の中であれば、どこの投票所を訪れても構わない。

また、仕事などで別の州を訪れている場合でも投票できるように、特定の場所が各地に設けられている。このため各投票所には複数の選挙区の投票箱が用意されている。

選挙管理委員会の関係者は有権者に声をかけて、投票箱を間違えないように案内していた。

英語を母国語としない移民に対する配慮もされている。選挙管理委員会のウェブサイトでは、投票方法などについての案内が、中国語やアラビア語、ヒンディー語など、30近い言語で案内されていた。

また、投票所によっては、中国語の案内なども掲載されていて、有権者が1人残らず投票できるよう環境を整える努力が続けられている。

楽しみは「民主ソーセージ」

オーストラリアの投票所には楽しみもある。周辺に屋台が登場して大いににぎわうのだ。

人気を集めるのは「民主ソーセージ」と呼ばれるサンドイッチ。香ばしく焼き上げたソーセージや玉ねぎをパンで挟んだものだ。

慈善団体などが資金集めのために売り始めたのがきっかけで、いまでは選挙に欠かせない存在になっている。

ここ数年は民主ソーセージの情報を載せた専門のウェブサイトも登場し、おいしい民主ソーセージを求めて投票所を決める人もいるとさえいわれている。

“死に票”でにくい「優先順位」方式

投票それ自体も実に興味深い仕組みになっている。

投票するとき、「この人がいいけど、あの人もいいな」などと迷ったことはないだろうか。
オーストラリアでは、そうした気持ちをくみ取る仕組みが小選挙区制の議会下院の選挙で採用されている。「優先順位付連記投票」と呼ばれているものだ。

これが投票用紙だ。候補の名前の前に、四角い枠があることがお分かりだろうか。

こちらが投票用紙の記入例。○や✕を付けるのではなく、当選させたい順に1から番号を付けるのだ。

仮に候補者が4人で、投票総数が1000票だったとしよう。過半数は501票、それを獲得すると当選になる。
開票では、まず、投票用紙で優先順位が1番と書かれた候補者に票を振り分ける。

この時点で、過半数の票を獲得した候補者はいないので、当選者は決まらない。

次に、最下位だったCの票を、ほかの候補者に振り分ける。Cに投票した人のうち、「Dを2番」とした人が50人、「Bを2番」とした人が40人、「Aを2番」とした人が10人いたとすると、このようになる。

それでも過半数に達した候補がいないので、今度はこの時点で最下位のDの候補の票を同じように振り分ける。

図のようになれば、Bが過半数を上回ったので、Bの当選となる。

有権者から見れば、最も支持している候補者が当選しなくても、その次に支持している候補者が当選する可能性が出てくるのがこの制度の特徴だ。また、票が何度も配分されることによって、いわゆる「死に票」も減ることになる。

上院の投票用紙はまるで…

議会上院は比例代表制となっているため、投票と開票の仕組みが少し異なるが、優先順位を用いている点では同じだ。

投票用紙は、まるで巻物のように長く、政党や個別の候補者がたくさん列記されていて、やはり有権者がつけた優先順位に従って票を何度も配分し、当選者を判定していく。

投票用紙に記入するだけで一苦労。しかも、複数の候補者、あるいは政党に優先順位を付けるのは容易ではない。すべての公約を隅々まで読んで比較する必要がある。

そこで、投票所の外では、各政党の運動員がビラを配っている。

ビラには、自分たちが万が一落選した場合でも理念が近い候補者が当選しやすいように、理想の優先順位の付け方が記されている。

投票所の中に持ち込むことができるので、支持政党のビラをみながら投票するという有権者も少なくない。

こうした制度のもとで、各政党は、できだけ多くの有権者に優先順位を高く記してもらおうと、他の政党と選挙協力を結ぶことがある。

今回の選挙では、支持率が低迷し、政権を失うとみられていた与党・保守連合が、少数政党と選挙協力を結んだ。結果的に、下院で過半数の議席を獲得し、政権の維持に成功していて、選挙協力が勝因のひとつになったとみられているのだ。

開票作業に数週間も!

一方で、オーストラリアの選挙にも難点はある。それは、開票作業にとにかく時間がかかることだ。

巻物のような投票用紙を仕分け…見ているこちらも、ため息が出そうだ。

今回も、大勢はすぐに判明したが、最終的に下院の議席が確定するまでに1か月近くかかった。投票の場所も方法も複数あるため、票をまとめるのに時間がかかるうえ、再分配の作業が加わるからだ。

それでも「満足」

ただ、オーストラリアの人たちは、この複雑で時間がかかる制度に満足しているようだ。

罰金がなかったとしても投票に行くかどうか尋ねると、ほとんどの人が投票すると答えた。その理由を聞いたところ、「出先でも投票できるから」「自分の意見を政治に反映させる機会だから」などと話す。

選挙に対するもともとの意識が高いこともあるとは思うが、投票しやすい環境を整え、投票意欲を高める仕組みを導入することも投票率を上げるうえでとても大切だと感じた。

政治の仕組みも文化も異なる外国の事例を、そのまま導入することは難しいかもしれない。それでも、こうした成功例を参考に、検討してみる価値はあるのではないだろうか。

シドニー支局長
小宮 理沙
2003年入局。金沢局、国際部などを経て、シドニー支局に赴任。1児の母。