「いじめ防止対策推進法」施行から10年 後を絶たない深刻ないじめ
日本で初めて「いじめ」に特化した法律、「いじめ防止対策推進法」が施行されてから10年。
しかし、いじめによる自殺や不登校などの「重大事態」の件数は増え続け、2021年度は過去2番目に多くなっています。なぜ、悲劇が繰り返されているのでしょうか?
(クローズアップ現代 取材班)
いじめ問題に悩んでいる方は、こちらの相談機関にご相談ください。
「24時間子供SOSダイヤル (文部科学省)」
0120-0-78310
「いじめ防止対策推進法」とは?
これまでいじめ対策について定めた法律はなく、法的にはいじめの定義すらありませんでした。
10年前に成立した「いじめ防止対策推進法」では、いじめの定義を「被害を受けた子どもが心身の苦痛を感じているもの」と明確化。いじめによる自殺や不登校などの「重大事態」が起きた場合には教育委員会や学校が調査を行い、事実関係を保護者らに伝えることを義務づけました。
学校の教員や周囲の大人が、その行為自体をいじめとは捉えなかったり、行為をした子どもがいじめのつもりではなかったりするからといって、「これくらいは大したことではない」「これはいじめではない」と見過ごしたり、見逃したりすることのないように、被害を受けた子どもの立場に立って判断しようと定義されたのです。
▼いじめの定義(いじめ防止対策推進法 第2条)
「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人間関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」
しかし、法律施行後も増え続けるいじめ
法律の成立によって、学校ではいじめを早期に発見し、解決しようとする動きが広がり、いじめの認知件数は2021年度に過去最多のあわせて61万5351件となりました。
一方、不登校や自殺などの「重大事態」は2021年度、706件となり、過去2番目に多くなるなど、深刻ないじめはあとを絶たず、教育委員会や学校の対応が遅れたり、重大事態として対応しなかったりしたことで子どもたちが亡くなる事案も相次いでいます。
▽埼玉県川口市の中学校ではいじめを受けたという男子生徒からの訴えがあったのに認められず、3度目の自殺未遂のあと調査が始まりましたが、その最中の2019年に生徒は自殺しました。
▽北海道旭川市では女子中学生がからかわれるなどしたあと雨で増水した川に入っても、学校や教育委員会がいじめの「重大事態」として対応せず、2021年、女子生徒は市内の雪の積もった公園で死亡しているのが見つかり、その後、いじめと認定されました。
法律成立のきっかけとなった 大津のいじめ事案
そもそも、この法律ができたのは、あるいじめ事件がきっかけです。
2011年10月、滋賀県大津市の中学2年生の男子生徒が、いじめを理由に自ら命を絶った事案です。学校や教育委員会が情報を隠蔽し、警察が強制捜査に入るなど大きな社会問題となりました。
「息子はいじめ防止対策推進法という法律に生まれ変わった」
この事件で息子を亡くした男性は、法律は息子の命そのものだと考えています。
「法律ができたときに、息子はこのいじめ防止対策推進法という法律に生まれ変わって、いま生きている子どもたちを守ろうとしたんだ。そんなふうに、手前みそであれですけども、親としてはそう思いたい」
しかし、それから10年。子どもたちを守るはずの法律が、ないがしろにされてきたのではないかと感じていると言います。
「うちの息子も13歳でしたけども、飛行機にも乗ったこともなければ、海外に行ったこともないし、恋愛もしたことがない。こんなにいじめに遭って死ぬ方が楽だと思うような気持ちになって、死なせてしまった。
本当にこの法律は、子どもの命を守れているのかと。形骸化が進んで増えていっているような、もう忘れられているんじゃないかな。そんな感じがしています」
「助けられなくて申し訳ない」
息子を亡くして以降、男性は同じようにいじめで子どもを亡くした全国各地の遺族のもとに駆けつけ、一緒に闘い続けてきました。そしてそのたびに、遺族に謝り続けてきたといいます。
「起きてしまった重大事態に、学校や教育委員会は、問題はないんだ、関わってはないんだ、私たち悪くないんだ。もうそればっかりが見えるような対応。ちょっと待ってくださいと。子どもさんが亡くなってるんですよ、しっかりそこに向き合ってくださいよ。なぜ動かないんですかと。
ほんとに申し訳ないと。このいじめ防止対策推進法が、ちゃんとした法律じゃなくてね、こうやって、子どもさんたちや親御さんを今も苦しめてるっていうことに対してほんとに申し訳なくて、現場に行っては謝っていました。ほんとに申し訳ない。助けられなくて申し訳ないと。いつもそうでした。今もそうです」
いじめがなくならない構造的な問題
なぜ法律ができた後も、深刻ないじめ事案が後を絶たないのか。
総務省が2018年に行った、全国66の「重大事態」の調査報告書の分析では、その背景として、
▼学校側がいじめと認めない認知の問題(56%)
▼学校内の情報共有の課題(61%)
▼担任任せになるなど組織的な対応の不足(64%)
などが指摘されています。
法律では、被害を受けた子どもが苦痛を感じていれば「いじめ」となるにもかかわらず、なぜ認知しないのか。学校側がいじめを認め、情報共有をすることが難しい背景には、構造的な問題があるという声もあります。
いじめを苦に生徒が自殺した高校に勤めていた、50代の現役教員です。
「何が難しいかというと、加害者側が自分たちがいじめをしてるってことを認めない。証拠がなければなかなか教員側としては、それ以上追求ができない。言い分が平行線で、時間だけがたってしまう。
正直にいうと他人(他の教員)のことは構っていられない。多忙化というのが言われているように、実際、他の教員が何をやっているかというのをそこまで把握する余裕がないというのが今の現場の実態だと思っています」
変わらないいじめの現状 国の対応は
この10年、変わらないいじめ問題を取り巻く状況。これまでは自治体や教育現場に委ね、事後的な対応にとどまっていた国も、ようやく教育現場への関与を強め始めています。
文部科学省は、ことし4月から、「重大事態」の詳細な報告を自治体から求め、▽学校側と保護者との関係がこじれたり、▽調査が難航したりした場合には、必要な助言や支援を行うことにしています。
こども家庭庁は今月、「いじめ問題アドバイザー」を設置。調査が適切に進められるよう、委員の人選や調査のあり方、保護者との関係構築などの面で、専門的な立場から助言を行います。
「いじめ防止対策推進法」は、“命の法律”。
私たち大人が10年前のあの日、「子どもの命を守る」ことを誓った証であり、これまで失われてきたかけがえのない命、ひとつひとつの上に成り立ったものです。
そのことを本当の意味で教訓にできるかどうか。社会全体の本気と覚悟が、問われています。