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かつて今治市の小学校で 30年越しに訴えた担任からの性被害

  • 2023年12月28日

「音のもれない放送室や誰もいない教室で何度も被害を受けました」
 

30年以上前、愛媛県今治市の公立小学校で担任の男性教員から受けたという性被害を証言した女性。
長い時間を経て訴え出たのは、「2度と被害を繰り返してほしくない」という願いからでした。

(NHK松山放送局 清水瑶平)

“誰にも言えなかった”心の傷

小学校時代の性被害を訴えた女性

2023年6月、40代の女性が今治市教育委員会にある申し出をしました。
小学5年生のときから2年間、担任の男性教員から性被害を受けていたとして、調査と処分を求めたのです。

「体を服の下から直接触られたり、スカートの中に手を入れられたり、耳や耳の穴の中をしつようになめてきたり。多ければ週に何回も、それが2年間続きました。気持ち悪かったし、怖かった。その時間が終わるのをじっと待つだけでした」

男性教員は誰も見ていない場所を選び、わいせつ行為をしていたといいます。

「みんなが昼休みに校庭で遊んでいる中、教室のカーテンの裏に連れて行かれて、わいせつ行為をされました。音の漏れない放送室で鍵をかけられて行為に及ぶこともありました」

女性はそのことを、友人や家族に言うことはできませんでした。

「『この事を誰かに言ったら殺す』と脅迫されました。自分だけでなく家族のことも心配だったし、誰かに伝えてもそんなはずがないと、思われるのだろうという無力感もあり、伝えるのを諦めるというより、伝えようともしなかったです。気持ちが支配されていたのだと思います」

女性の診断書

小学校を卒業後も、突然パニックになったり、動悸が起きたりと、心身の異常に苦しみました。20代のときにストレス性の心身症と診断され、仕事も辞めざるを得ませんでした。

勇気を振り絞った訴え しかし・・・

転機となったのは2022年。学校の教職員による性被害を防ぐ新たな法律が施行されたのです。生徒や児童などが性被害を訴えた場合、学校や教育委員会は専門家を交えて調査を行い、事実が確認されれば厳正な処分を行うことが、初めて法律で義務づけられました。

男性教員が現役を続けていたことを知っていた女性は、「被害を繰り返して欲しくない」と、2023年6月、今治市教育委員会に調査と処分を求めて申し立てを行ったのです。

今治市教育委員会の入る建物

市教委はこれを受け、男性教員に聞き取りを行いました。
そして、女性にこう説明しました。
「男性教員は記憶にないと話していて、性被害は確認されなかった」

女性
「聞きながら言葉にならずに涙があふれてきました。“記憶にない”で逃げ得で済ませるのかと。本当に記憶にないということを前提に何も進められないのであれば、何も解決しないのではないでしょうか。きちんと第三者を入れて、事実を解明してくれることを望みます」

今治市教育委員会はNHKの取材に対し、「個人情報なので調査の手法や結果は答えられないが丁寧に対応してきた」と話しました。

卒業生は“法律の対象外”

新たな法律で義務づけされたはずの専門家を交えた調査は実施されませんでした。実はそこには法律の落とし穴とも言うべき点があったのです。
専門家を交えた調査が義務づけられているのは、あくまでも「在籍する児童生徒等」。
卒業生からの訴えは含まれていないのです。
しかし、こうした点について法律の見直しも含めて検討すべきだという声が、専門家からあがっています。
学校現場の性被害に詳しい「スクールセクシュアルハラスメント防止全国ネットワーク」の亀井明子代表は、学校での性被害の訴えは、卒業後、時間がたってようやく打ち明けるというケースが少なくないと指摘します。

「スクールセクシュアルハラスメント防止全国ネットワーク」
 亀井明子代表

「在籍する児童生徒にとって、目の前に教員がいるときに訴え出るのは非常に難しい。30年、あるいは40年というような月日がたってから初めて被害を打ち明けられるというケースは決して珍しくない。卒業生であっても、第三者である専門家を入れて調査をするべきだ」

12月、女性は改めて市教委に対して専門家による調査を求めたほか、同級生など周囲への聞き取りも進めてほしいと訴えました。
今治市教委は「新たな事実や証言が出てきた場合は、改めて専門家を加えてしっかりと調査をしていく」と回答したといいます。

まさかの依願退職 説明が二転三転

しかしこのとき、女性は今治市教育委員会から告げられた事実に驚愕します。

「男性教員はすでに依願退職をしています」

教育委員会による男性教員への調査は、強制ではなく、あくまでも任意で行われることになり、処分などの権限も無くなることになります。
文部科学省は「わいせつ行為についての調査が継続中なのであれば、退職を認めるのは、法の趣旨に照らして適当とは言えない」と指摘します。

退職願を受け取ったのが、調査の途中だったのか、終了後だったのか。
非常に重要なポイントとなります。
これについて今治市教育委員会学校教育課の井上洋課長に何度も確認しました。
そして12月21日の時点での取材にこう答えていました。

清水記者

なぜ退職願を受け取ったのか

市教委

その時点では性被害の事実は確認できず、退職願を受け取らない理由はなかった

清水記者

調査は継続中だったのか

市教委

その通りだ

しかし、その翌日、今治市教育委員会は次のように説明しました。

「処分するに足る事実は確認できず、懲戒処分等を行うのは難しいと判断し、調査を終了した。その後、当該教諭から『心身の不調』を理由にした退職の申し出があり、市教育委員会として受け取った。継続中というのは女性に寄り添う姿勢が継続中という意味であり、調査が継続中という意味ではない」

音声データ入手「簡単に受け取らない」

女性が市教委から依願退職の事実を告げられて驚愕したのには理由があります。
ことし7月、市教委からは仮に男性教員から依願退職が出されても簡単には受け取らないと説明されていたからです。

そこには次のようなやりとりがありました。

女性

本人が「辞めます」って辞めてしまうっていうことはありませんか。本人が自主退職を願い出た場合、こちらが知らないうちに受理されて教育委員会は関与しませんっていう状況になったら・・・

市教委の担当者

それはこちらも気にしていたところだったので、今のところは当然それを受理しないというのは、先日上司とも確認したところです。そういう希望があっても、現時点においては、それを簡単にこちらが受けることはない

しかし実際には、このあと半年以内に男性教員の依願退職は認められています。

事実解明 進むか

女性はこうした市教委の対応に不信感を募らせながらも次のように話しています。

「市教委の説明は二転三転していて、まったく信用できない。それでも専門家を交えた調査を約束してくれたのは確かです。少しでも事実解明が進むことを期待したいです」

ただでさえ性被害は、被害の声を上げるのが難しい問題です。さらに何十年も前の事実を解明するのは簡単ではないでしょう。しかし、勇気を振り絞って訴え出た被害者の声に真摯に向き合い、調査を尽くしたのか。
「声をあげても向き合ってもらえない」そう思われてしまうことは、結局は目の前の被害者だけではなく、別の事案を引き起こしかねない事態につながる懸念すらあります。
学校の安全にどう向き合うのか。今治市教育委員会の姿勢が問われていると思います。

  • 清水瑶平

    清水瑶平

    2008年入局、初任地は熊本。その後社会部で災害報道、スポーツニュースで相撲・格闘技を中心に取材。2021年10月から松山局。学生時代はボクサーでした。

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