ページの本文へ

WEBニュース特集 愛媛インサイト

  1. NHK松山
  2. WEBニュース特集 愛媛インサイト
  3. 「甲子園のため」でも限界だった…球児の夢は暴力で絶たれた

「甲子園のため」でも限界だった…球児の夢は暴力で絶たれた

松山市 聖カタリナ学園高校野球部暴行問題
  • 2023年12月25日

2022年の冬、ひとりの高校球児が松山市の聖カタリナ学園高校を退学しました。甲子園出場という夢に向かい、期待に胸を膨らませた入学からわずか8ヶ月のことでした。彼の心と体は、先輩からの理不尽な暴力ですでにぼろぼろになっていました。
松山市の聖カタリナ学園高校の野球部で相次いで問題となった暴行事案。当時、野球部で何が起きていたのか。元部員がみずからが受けた激しい暴力を証言しました。

(NHK松山放送局 記者 川原の乃)

「絶対、甲子園に出たる」

小学1年生の時から野球一筋だった元部員(17)にとって、甲子園は憧れの舞台でした。関西のクラブチームで活躍していた中学生のとき、センバツ甲子園でプレーする赤いユニフォームが目にとまりました。愛媛県の聖カタリナ学園高校。創部からわずか5年で甲子園に出場した高校で、数年後に活躍する自分の姿を重ねました。

幼い頃から野球が大好きだった元生徒

「絶対、甲子園に出たる」

親元を離れ、聖カタリナ学園高校の野球部で夢の舞台を目指すことを決意。去年4月、入学して、夢への第一歩を踏み出しました。

「まとめ役」責任を問われ・・・

進学後、すぐに実力を認められ、40人ほどいた1年生のまとめ役となりました。先輩と話したり一緒に練習したりする機会も増え、順調な滑り出しに思えた矢先、突然、先輩の部屋に呼び出されたといいます。

先輩「何でボールを片づけていないのか」

ほかの1年生が、練習後にボールの片付けを忘れていました。まとめ役としての責任を問われ、罰として先輩から拳で頭や肩を殴られました。

聖カタリナ学園高校野球部寮

その後も、理不尽な暴力は続きました。
同級生がグラウンド整備を忘れたり、寮のルールを破ったりするたびに、先輩から殴る蹴るの暴行を受けたといいます。
しかし、彼は「甲子園のため」と思うと黙って耐えるしかありませんでした。暴行が明るみに出れば大会に出られなくなるかもしれないと思い、教師や監督にも相談できなかったといいます。

エスカレートする暴力

さらに暴力はエスカレートしていきます。
登校中のバスの中で、後ろからスマートフォンで何度も頭を殴られたり、風呂に沈められ、溺れる寸前に引き揚げられたこともあったといいます。

取材に応じる元部員

次第に追い込まれ、練習も休みがちになり、実家に帰ることもありました。しかし両親からかけられた言葉は「野球を続けてほしい」。

このころある出来事がありました。
入学後、初めての夏休みのとき、友人が何気なく再生した野球の動画。それを見た彼は頭が真っ白になり、吐いてしまったのです。彼の心と体はすでに限界を迎えてSOSを出していました。

「追い詰めてしまった」母親の後悔

彼の母親は、彼のSOSに気づけず、追い打ちをかけてしまったと今も後悔しています。

幼い頃から練習に送迎し、甲子園に憧れ練習に励む我が子を誰よりも近くで見てきました。「学校をやめたい」という子どもの訴えをすぐには受け入れられなかったといいます。

母親
「当時は野球がすべてでした。夢を叶えてほしい、どうにか乗り越えさせなければという気持ちの方が強かったと思います」

取材に応じる母親

暴力が発覚すれば我が子まで大会に出られなくなるかもしれない。そう考えた母親は当初、学校に対しても「暴行については公にしないでほしい」と伝えていました。
野球部を守ることが、息子を守ることにつながる。そう思っていたといいます。

母親
「もっと早くに助け出せば違う学校で野球を続けることができたかもしれない。心が完全に壊れてしまう前に、分かってあげればよかった」

同級生の活躍 複雑な思いで

「やっと解放される」

去年12月、彼はそう思いながら聖カタリナ学園高校を後にしたといいます。

今でも暴行の記憶がよみがえって夜に眠れなくなることがあるといいます。人との関わりにも苦しさを感じ、現在は通信制の高校に通っています。野球をすることはなくなりましたが、今でもグローブを大事に手入れしています。いつか再び野球をすることはできても、夢だった甲子園はもう戻ってきません。

元部員
「プロ野球とか独立リーグとかいろいろあるなかで、自分にとって高校野球は一番輝いて見えるものです。自分が続けていたら、この舞台に立っていたかもしれない。加害者や教員への許せない気持ちが強いです」

被害の訴えはほかにも・・・強豪野球部で何があったのか

高校側は、元部員の訴えに対し、「聞き取りなどを行って、一部の生徒に厳重注意をした」としています。高校側が認定したのは「軽く2、3回首を絞める」「マスクにマジックで線をひく」といった行為でした。
一方でNHKの取材に対し、風呂に沈めるなどの暴行については「被害の申し出がなかったので調査をしていない」としています。
これまで高校側が明らかにした暴行事案です。

今回、取材に応じてくれたのは、3件目の事案の被害者となった元部員です。しかし、最近になって、ほかの元部員からも声があがっています。

2022年6月に退学勧告の処分を受けた元部員

当時1年生だった元部員が自ら撮影した写真です。上級生から日常的に身体をつねられたりたたかれたりしてできたあざだといいます。
この元部員を含む数名は、2022年5月に起きた2件目の事案の加害者として、退学勧告の処分を受けました。こうした処分について、元部員たちは不公平だと学校側に損害賠償を求めて提訴しています。

元部員側の訴え
「3年生からグリップエンドで頭を数十回たたかれるという暴行を受けていた。上級生から『おまえらがやらなければおまえらをやる』などと脅され、同級生を暴行するしかなかった」

この暴行が発覚した当時、野球部は甲子園出場をかけた県大会を控えていました。学校側は「3年生は暴行に関与していない」と報告を出しました。その結果、1・2年生は出場できなかった一方で、3年生だけが県大会に出場しています。こうした状況について、元部員側は次のように訴えています。

元部員側の訴え
「学校は3年生も暴行に関与していたのを知っていたのに、大会出場のために、トカゲのしっぽ切りで収束を図った」

こうした訴えに対して、学校側は取材に対し次のように答えています。

「訴えをもとに調査した結果、3年生が暴行をしていたという事実は確認されなかった」

取材後記

取材をする中で、複数の元部員や保護者たちから、「甲子園を目指すならば、多少の暴力は我慢して当然だと思っていた」という声が聞かれたことにショックを受けました。「甲子園出場」というスローガンの陰で、見過ごされた、あるいは見逃した暴力はなかったのか。これは1つの高校だけの問題に限ったことではないと思います。先日、愛媛県出身で楽天のプロ野球投手、安樂智大選手のハラスメント問題も発覚しました。国内の競技団体を統括する日本スポーツ協会の調査では、暴力行為などの相談件数は年々増加しているといいます。スポーツ界の誤った暴力行為を排除するためにも、徹底した検証が必要だと感じています。これからも取材を続けていきたいと思います。ご意見や情報をお寄せ下さい。

  • 川原の乃

    川原の乃

    2022年入局、兵庫県出身。警察・司法担当として愛媛県内の事件や事故を取材。

ページトップに戻る