これが“未来の船だ” 世界に誇る海事都市、今治
- 2023年06月16日
脱炭素に向けた電動化などの技術革新は船の世界でも起きています。国際的な海事都市、愛媛県今治市で公開された“未来の船”をご紹介します。
(NHK松山放送局 今治支局 木村京)
船で電気を運ぶ
ことし5月、今治市で開かれた国際海事展「バリシップ」。
海事産業に関わる国内外350社あまりが出展し、最新技術の紹介や活発な商談が行われました。
その中でもひときわ注目を集めた船がありました。
電気を運ぶために開発が行われている世界初の「電気運搬船」です。
船の全長は140メートル。
大容量のコンテナ型バッテリー96個に電気をためて運びます。
1度で運べるのは240メガワットアワーで、これはおよそ2万4000世帯の1日分の電力量にあたるといいます。
開発しているのは、2021年に創業し主に大型蓄電池の製造や販売を手がけている東京のベンチャー企業「パワーエックス」です。
社長の伊藤正裕さんはファッションサイトの運営会社、ZOZOの元取締役として数々のアイデアを実現させてきたことでも知られています。
この会社には今治造船のほか四国電力や伊藤忠など26社や個人投資家などが100億円以上を出資しています。
一体どんな船なの
運ぶのは、主に再生可能エネルギーで作る電気です。
政府は2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げていますが、実現に向けた切り札とされているのが洋上風力発電です。
洋上で作られた電気はケーブルを通じて陸地へ送られています。
しかし、地震が多く沿岸の海底が深い日本ではケーブルを敷設するコストが高くなるため、この会社では船を使って電気を運ぶ方が効率が良くなると考えています。
このほか、想定しているのが北海道から本州への電気の運搬です。
広大な北海道は風力発電の適地とされ、2050年に60ギガワットを超える再生可能エネルギーの発電ができると会社は見ています。
しかし、将来、送電網を強化しても本州に送ることができるのは7ギガワットあまりにとどまるといいます。
北海道内で消費されることなく余ってしまう電気を船にためて、需要がある本州に届ければ再生可能エネルギーを無駄なく使えると考えています。
国は北海道と本州の間を含む送電網の強化を検討していますが、整備されるのはかなり先になりそうです。
「電力広域的運営推進機関」によりますと、全国で効率的に電力を融通し合うために必要な送電網を強化するためには、2050年までに最大で7兆円の投資が必要になると試算しています。
それまでの間の役割を電気運搬船で担いたいというのが会社の狙いです。
2025年の完成を目指す
会社は電気運搬船の開発・建造費として100億円以上の資金調達を目標としています。
電池自体が重いため長距離の運航には向いていないものの、例えば北海道と青森の間など短い距離であれば価格競争力は十分にあると会社は強調しています。
伊藤正裕社長
「消費されずに余ってしまう電気を安く仕入れて船に電気をためて、輸送するコストも安ければ採算は合います。電気運搬船が日本や地球に役立つプロジェクトには積極的に取り組んでいきたい。再生可能エネルギーがある限りは我々の船で取りに行くという思いです」
一方で課題として指摘されているのが大容量の電池を海の上で運ぶことの安全性です。
電気運搬船を実用化するためには日本や海外の認証機関から認証を取得する必要があります。
会社は、輸送中に電池が異常な熱を持つなどトラブルが起きても制御できる仕組みを導入するなどして認証に向けた準備をしているということです。
電気運搬船は出資を受けている今治造船の工場で建造され、電池は岡山県にある自社の工場で製造する予定です。
初号船の完成は2025年を目指し、ゆくゆくは東南アジアなどでの事業も見据えています。
「電気運搬船の最も重要な要素をほぼすべて瀬戸内で作れることは大きな価値だと思っています。完成したら同じ問題を抱えている世界中で見てもらい受注を増やしたい」
長年の課題をデジタルで
今治の国際海事展ではデジタル化で課題を解決しようという船も注目されていました。
海運会社や船舶関連の企業でつくるグループがことし5月に竣工した内航船です。
一見、普通の船ですが操縦室をのぞくと複数のモニターがありました。
一般的な船の場合、船の状態を確認するためには船内にある様々な機器を直接見て回っていました。
このモニターがあればその必要はなくなり、労働時間の短縮につながります。
また、陸上と通信でつながっているため機器が故障した場合、交換する部品の注文も以前よりスムーズにできるようになるといいます。
国内で貨物を運ぶ内航船の船員は5割近くが50歳以上で高齢化が進んでいます。
人手不足は深刻で、船員の負担軽減は長年の課題です。
「パネルで一目で分かるようになったのでとても助かっています。船員の負担が軽くなることで、船員になりたいとか、こんな船に乗りたいという若者が増えればいいなと思っています」
船の電動化も進めました。
積んだ貨物を海水から守るためのハッチカバーの動力をこれまでの油圧から電動に切り替えました。
チェーンやロープを操作するウインチも電動にしたほか、船の居住空間に電気を供給するバッテリーは、今治市内のごみ処理場で作られたエネルギーで充電する実験を行っています。
こうした最新技術の導入で、船全体から排出される二酸化炭素は従来より少なくとも12%減らせると試算しています。
将来的には、タンカーなどほかの船にも取り入れていきたいと考えています。
「これまで機器メーカーごとに開発していましたが、今回初めて1隻に集約されて未来の船の形を示せたと思います。こうした新しい考え方がほかの船にも広がってほしい。今治から一致団結してやっていきます」
取材後記
新型コロナの影響で4年ぶりに会場で開かれた国際海事展には国内外から多くの関係者が集まり、船の課題を最新の技術で解決しようという熱気に包まれていました。
瀬戸内海は造船会社だけでなく海運、船舶部品メーカー、船に融資する金融機関が集積する世界に誇れる地域です。
そんな地域だからこそ実現できる“未来の船”がどう社会を変えていくのかとてもわくわくしています。