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『らんまん』小惑星になる牧野富太郎博士の愛した桜

  • 2023年04月24日

朝ドラ『らんまん』のモデルになっている植物学者・牧野富太郎博士。博士が愛したサクラが、地球から5億キロ離れた宇宙に浮かぶ、小惑星の名前として命名されることになりました。プロジェクトの中心にいるのが、92歳になった今も天体観測を続けるアマチュア天文家。その思いに迫ります。(高知放送局 記者 田中開)

「花と恋して九十年」

高知県立牧野植物園所蔵

幕末の高知に生まれた牧野富太郎博士。生涯を植物学に捧げ、40万枚の植物標本を収集。1500もの植物の名付け親になった功績は「日本の植物学の父」と評されています。

「草を褥に 木の根を枕 花と恋して九十年」

牧野博士が晩年に詠んだ句です。「褥(しとね)」は寝具のことで、日本中の野山を駆けまわり、草花とともに94年の生涯を歩んだ博士の足跡がうかがえる名句ですよね。朝ドラ『らんまん』のモデルとして、改めてその功績に注目が集まる中、牧野博士が愛した桜が星の名前として命名されることになったのです。

その桜はふるさとに…

ワカキノサクラ(佐川町提供)

星の名前になるその桜は「ワカキノサクラ」。桜好きの牧野博士が、ふるさと高知県佐川町で見いだし、明治39年に学名を付けた博士にとって大切な植物です。今も佐川町で見ることができ、牧野公園にある博士の墓のそばにも咲いています。

「ワカキノサクラ」は実は宇宙との関わりがあります。平成20年に地元の小学生たちが採取したワカキノサクラの種が国際宇宙ステーションに送られ、およそ8か月間、宇宙空間に滞在させる実験に使われたのです。こうした経緯に目を付けたのが、高知を代表するアマチュア天文家でした。

「生涯現役」の天文家

発見したすい星の写真を背景に話す関さん

高知市に住むアマチュア天文家の関勉さんです。独学で天文学を学び、これまでに6つのすい星と223の小惑星を発見したことで知られていて「コメットハンター」と呼ばれています。92歳になった今も、週に1度は芸西村の天文台に通って天体観測を続けています。

天体望遠鏡をのぞき込む若い頃の関さん

天体は発見した人が名前を付ける権利を持つことが国際的に決まっていて、関さんはこれまでにも、高知に関係の深い人物や名所を星の名前としてきました。

コメットハンター 関勉さん
「実は牧野富太郎博士はずっと敬愛していた郷土の先輩なのです。私もそうですが『生涯現役』を貫いた方で、その姿勢に励まされながら私も観測を続けています。博士と宇宙にゆかりのある植物が『ワカキノサクラ』だと知って、星の名前にできたらロマンがあると感じたのです

「ワカキノサクラ」に選んだ小惑星

その星に選んだのは、関さんが平成3年に発見した小惑星。軌道や距離を計算したところ、火星と木星の間を回る直径10キロほどの小惑星であることが分かりました。しかし今まで名前を付けておらず、通し番号だけの小惑星だったといいます。

コメットハンター 関さん
「星の命名は発見者だけに許された特別なことです。牧野博士も『ワカキノサクラ』をはじめとした多くの植物を命名した人なので、その功績を私にできる方法で発信したいと思いました」

関さんたちの観測グループは、アメリカにある国際天文学連合に「ワカキノサクラ」をローマ字表記で申請していて、早ければ1か月ほどで正式に認められる見通しです。

道を切り開いていく精神

90歳を過ぎても研究を続けた牧野博士(高知県立牧野植物園提供)

牧野博士の植物学と、関さんの天文学。
分野は違えど、ある分野で道を切り開いていくことについて、関さんはこう話します。

コメットハンター 関勉さん
「誰もやったことがない道を進むことは生半可なことではありません。努力することは当然ですが、私は『生涯現役』をやはり信念にしています。年を取ったからやめようでは何とも情けない。生きている限りは、若い頃と同じ情熱を持って自分の道を探求する。分野は違っても、その精神を貫くことが大切なのだと思います。それを続けた牧野博士の愛した桜が星になる。足跡が消えることなく輝き続け、後世に引き継がれていくことを願っています」

  • 田中開

    高知放送局 記者

    田中開

    2018年入局
    「はやぶさ2」の取材を担当してから宇宙に興味が尽きません

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