【患者体験談】多発性骨髄腫の治療 抗がん剤治療を選んだ理由

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多発性骨髄腫になったとき -私のチョイス-

治らない腰や背中の痛み

Aさん(男性70歳)は、13年前、ひどい腰や背中の痛みに見舞われました。はり治療やマッサージに通いましたが、痛みはなかなか治まりませんでした。当初は疲れのせいだろうと深く考えていませんでしたが、半年経っても症状は一向に改善しなかったのです。

そこでペインクリニックを受診したところ、医師から血液検査を受けるように言われました。その結果、「血液細胞に異常な数値がみられるので、血液専門の病院を受診するように」と勧められたのです。

病名は「多発性骨髄腫」

Aさんが大学病院の血液内科を受診し精密検査を受けると、診断結果は「多発性骨髄腫」。血液のがんでした。
骨髄には、血液細胞を作るおおもとの細胞「造血幹細胞」があり、そこから白血球や赤血球、血小板などが作られます。多発性骨髄腫は、このうち白血球の一種「形質細胞」ががん化して起こる病気です。

告知を受けたAさんは、ショックを受けるよりも、「病気を治さなければ」という思いの方が強かったと言います。

つらい治療を支えた友人の言葉

がんを告知されても落ち込まず、前向きに治療に取り組もうとしていたAさんですが、その矢先、多発性骨髄腫による肺炎が発症、さらに敗血症まで引き起こしてしまったのです。一時はICU(集中治療室)に入るほどの重篤な状態でした。

さすがに気が沈みかけたAさん。支えてくれたのは、血液のがんを克服した友人の言葉でした。
「この病気は気力だぞ。気力で負けたらダメだぞ」

その言葉で、再び治療に取り組む意欲を取り戻しました。

移植は避け、抗がん剤治療というチョイス

気持ちも新たに、多発性骨髄腫専門の医師がいる病院へと転院したAさん。そこで医師から勧められた治療は「造血幹細胞移植」でした。造血幹細胞移植は、自分自身の血液から正常な造血幹細胞を取り出した後、体内のがん細胞を大量の抗がん剤によって殺し、造血幹細胞を再び体に戻すという治療です。

しかし、Aさんがチョイスしたのは、造血幹細胞移植ではなく、抗がん剤による治療でした。理由は2つあります。まず移植がとても厳しい治療だと聞いたことです。Aさんの場合、敗血症でICUに入った経験から、再びつらい治療をすることは避けたいという思いがありました。

もうひとつは、まだ57歳という年齢でした。移植を受けるとなると、長い期間休職しなければなりません。今後の仕事や生活のことを考えると、それは避けたかったのです。

多発性骨髄腫の薬は、この10年間で次々と新しいものが開発されてきました。Aさんは臨床試験にも参加し、新しい薬を積極的に試しました。
「自分が新しい薬にトライすることは、今後、若い患者にも生かされる」という思いもありました。

重い病気を患ったからこそ

抗がん剤による治療を続けながら、65歳の定年まで無事に勤め上げたAさん。重い病気を経験したことで周りに対する理解が深まり、病気を抱える部下にも治療を優先させるよう配慮することができたそうです。

今でも月1回の通院治療は続いていますが、体調は良く、好きなクラシックのコンサートに出かけるなど、充実した日々を過ごしています。

この記事は以下の番組から作成しています

  • チョイス 放送
    増えている血液のがん 多発性骨髄腫