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夢は”Dr.コトー基金” 作者の山田貴敏さんに聞く離島医療

10年以上ぶりの新作の構想も明らかに・・描くのは「空白の3年」
  • 2022年07月14日

県内外で活躍する地元ゆかりの人たちに語っていただく「スポットライト」。今回、お話をうかがったのは、人気漫画「Dr.コトー診療所」の作者で、薩摩川内市の観光大使にも就任した山田貴敏さんです。
実は甑島がモデルだという「Dr.コトー診療所」は、離島医療という重いテーマを描きながら、テレビドラマになり、ことし12月には映画化されることも発表されました。
離島医療への熱い思いを伺うなかで、山田さんは休載から10年以上ぶりとなる新作の構想も明らかにしてくれました。

(鹿児島局記者 西崎奈央)

甑島を舞台 スーパーDr.との出会い

薩摩川内市の川内港から高速船でおよそ50分。東シナ海の沖合に浮かぶ甑島に辿りつきます。美しい海が広がり、キビナゴなど新鮮な魚介類がとれることで知られています。

甑島は、漫画「Dr.コトー診療所」の舞台として登場する架空の離島「古志木島」のモデルとなった島です。

漫画は、島の診療所に駐在するたった1人の医師、Dr.コトーこと医師の五島健助が、島の厳しい環境のなかで、住民との交流をはぐくみながら、人命を救うために奮闘する離島医療の現場を描いています。

この漫画の作者が、山田貴敏さんです。都内の仕事場にお邪魔してインタビューをはじめようとすると、突然、携帯電話で取材陣の写真をとりはじめました。

カメラや音声機材などを持った姿が、漫画を書くときの参考になるかもしれないというのです。初めはあっけにとられましたが、常に創作に向けたアンテナを張り巡らせているのだと、そのプロ意識に驚きました。
そんな山田さんに、初めて甑島を訪れた20年前の印象を振り返ってもらいました。

Dr.コトー診療所 作者:山田貴敏さん
「最初行ってびっくりしたのは、1999年に、前から来る子ども達が必ず挨拶してくるんですよ。東京だとないじゃないですか。環境も海や空が青くて、これが普通の人間のあり方なんじゃないかと思いました」

漠然と離島を舞台にした作品を書きたいと思って、島を訪れた山田さんですが、島である人物と出会いました。

主人公・五島健助のモデルとなった人物で、下甑島で39年間、診療所長を務めてきた瀬戸上健二郎さんです。

島で日夜、患者と向き合ってきた、その姿に深い感銘を受けたと言います。

Dr.コトー診療所 作者:山田貴敏さん

先生のことみなさん神様だっていうんですよ。瀬戸上先生が作った診療所に行くと、離島医療で医者が一番最初にやらないといけないのは患者の不安を取り除いてやることだと書いてあるんです。それが一番響きましたよね。
そして瀬戸上先生のお宅に呼ばれたら、先生の家に救急車のサイレンみたいなものがついていて、15分もたたないうちに『ウーン』と回り出したんですよ。365日24時間そういう感じで、それを40年近く休みなく続けてきたんだと。
先生の話を聞いているうちにもう1話目がワーと思い浮かんできました」

漫画は想像を超える大ヒットとなり、山田さんは、瀬戸上先生とともに全国各地のシンポジウムなどにも出席し、離島医療の現状を訴えました。「Dr.コトー診療所」の人気が離島医療を志す若者を増やすことにつながればと期待したからです。

しかし、思うようにはいっていないと言います。なかには「僕はこの漫画を読んで、離島医療を目指して医者になると決めた」と山田さんに伝えてくる学生もいました。ところがその学生も、医学部に入ると離島医療に全く関心が無くなってしまうと言います。

どうしてそうなってしまうのか?
山田さんが考える要因の1つが、高額な奨学金です。山田さんは、離島などで医療に取り組みたいという夢を持った若者を育てるために、「Dr.コトー基金」のような制度を作りたいと考えています。

山田貴敏さん
 

「普通のサラリーマン家庭では、私立の医大に子どもを送るのは難しい。奨学金も後で返さないといけないから、その返済に苦しんでいる学生がいっぱいいるんです。
夢をもって医学部に行きたいけど、親に迷惑をかけてしまうと思っている、そんな優しい気持ちを持った子にこそ、医者になってもらいたい。そういう学生に援助できるような奨学金制度を作りたいなと思っています」

今後への展望・「漫画で伝えたい」

目や手の指の病気などで10年以上もの間、漫画の休載を余儀なくされてきた山田さんですが、実はいま復活に向けて動き出しています。

私たちが見ている目の前で、描き始めたのは、やはりDr.コトーの姿でした。
新作は、実はこれまでの作品では描かれていない、島に来る直前の「空白の3年間」を描いたストーリーになるといいます。

山田貴敏さん
 

「コトーがなぜ離島医療に興味を持ち、島の医者になることになったのかというところまでを書こうと思います。
自分はいったい何ができるかと考えて、瀬戸上先生の言葉ではないですが、まずは安心させることだと、それが大事だと思えるような、島の医者になる基礎ができた原点を漫画で描こうと思っています」

さらにコロナ禍で普及した遠隔医療によってもたらされた、患者と医師との新たな関係についても、新作のなかで問いかけたいと考えています。

山田貴敏さん

「技術の進歩というのは素晴らしいと思います。でも遠隔医療というのは、そこに医療はあっても医師の姿は全然見えてこない。患者の不安を取り除くことができるのかという点は今後の課題だと思います。そこで、どうやったら人と人との向き合い方を加味できるかということを思っています。

いまコロナ禍の中で、自分1人で過ごすことが多くなって、自分を追い込んでしまっている人もいると思います。そういう人たちにほんの少し勇気を与えられたらと思います

主人公のモデルの医師は

そして今回、「Dr.コトー診療所」が映画化されることになったことを受けて、主人公のモデルとなった医師、瀬戸上健二郎さん(81歳)もNHKのインタビューに応じてくれました。

瀬戸上さんは住民の要望で定年を10回以上延長し、76歳まで39年間医師として、甑島で患者に向き合ってきましたが、いまは鹿児島市で暮らしています。

瀬戸上健二郎医師

「島の医療の喜びや楽しみに出会ったのが 私が離島医療に深入りしたきっかけでした。人がいないところで人助けができる、医者としての喜びを感じられる、こんなに楽しい仕事はありません。
やってみたらやりがいのある非常に面白い分野だと思います。今度の映画は若者が医者を目指すきっかけとして役立ってくれたらありがたいと思います」

取材を終えて

山田さんが瀬戸上先生との出会ったことによって生まれた漫画が「Dr.コトー診療所」です。インタビュー中、山田さんは瀬戸上先生との思い出や人柄について多く語っていました。
今回の取材で私は初めて瀬戸上先生とお会いしましたが、Dr.コトーの面影を感じる優しい笑顔が印象的でした。
 瀬戸上さんは「離島医療の現場は漫画以上に面白い、現実はもっとドラマティックだ」と語り、「離島医療ほどおもしろい分野はない」と繰り返していました。
 そんな瀬戸上さんの思いを引き継いで、離島医療を引き継ぐ若者が、山田さんの新たな作品や映画を通じて生まれてほしい、そしていつの日か「Dr.コトー基金」が実現して欲しいと願います。




 

  • 西崎奈央

    NHK鹿児島放送局 記者

    西崎奈央

    2019年入局。警察担当を経て薩摩川内支局。調査報道や国際問題などを担当

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