高値続くガソリン価格 補助金延長の陰で
ガソリン価格は今後どうなっていくのか?過去最高値を更新したレギュラーガソリン価格は国の補助金延長によって値下がりを始めたが、家計への負担を気にする声は今も続いています。原油価格は高止まりを続け、既に6兆円余が計上された補助金はさらに膨らんでいく可能性も。中東情勢の影響は?公平な税負担のあり方は?化石燃料への依存から脱することができず目の前の対応に追われる日本、この危機をどう乗り越えていけばいいのでしょうか?
出演者
- 酒井 才介さん (みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席エコノミスト)
- 小山 堅さん (日本エネルギー経済研究所 首席研究員)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
高値続くガソリン価格 中東情勢 補助金…今後は?
桑子 真帆キャスター:
ガソリン価格は6月以降上昇を続け、9月初めには過去最高の186.5円になりました。10月16日時点では174.7円まで下がっていますが、これは補助金で抑えられた価格です。もし、補助金がなければ209.3円になっていたとされています。
この補助金、年内までとなっていましたが、10月23日の所信表明演説で、岸田総理大臣は2024年春まで継続する方針を示しました。
今回は、6兆円以上にまで膨れ上がっている補助金の課題などを考えていきます。まずは、暮らしや産業にどれほどの影響が出ているのか、その実態です。
ガソリン“最高値”の県 価格が暮らしを直撃
長野県の山あいの村で暮らす、吉田理史さん。妻と2人の子どもの4人家族です。この夏、長野県で記録した全国最高値のガソリン価格の影響を受けました。
都市部まではおよそ30キロ。電車やバスの本数が限られるため、買い物や子どもの通院などに車は欠かせません。非常勤講師の仕事で週に2回、県をまたいで移動するため、走行距離は家族でひと月3,000キロを超えることもあります。9月のガソリン代は2022年に比べ1万円ほど増え、およそ6万円に上っています。
日本有数の豪雪地帯として知られる、この地域。吉田さんはガソリンと同じように高値が続く灯油代に不安を募らせています。
「2台3台と(ストーブを)使うので、これからもっとかさんでいく。(燃料費を)抑えるにもガンと抑えられるようなものでもないと。じわじわと打撃を受けていると感じる」
ガソリン価格で仲間が… 暮らし支える産業は
ガソリン価格の高騰は、暮らしを支える運送業界に深刻な影響を与えています。
安東正さんは、自前の軽貨物車で建築資材やネットスーパーの商品などを運んでいます。ガソリン代が増え、1日の利益は1万円を切る日もあり、廃業が頭をかすめたこともあったといいます。
「持ち出しがどんどん増える一方ですから。ガソリンがないと仕事できないので」
2023年、燃料価格などの影響で運送会社が倒産した件数は9月までで82件。すでに2022年を上回っています。安東さんのまわりでも、一緒に働いてきた仲間が1人、運送業をやめていきました。
「きついですよ。(ガソリン価格が)これ以上いくと、もう無理かなという感じ」
今、ガソリン価格は補助金で175円程度に抑えられていますが、これがぎりぎりの水準だと安東さんは感じています。
「全然、夏場に比べて少しはほっとしている。ただ高騰したままであるのは間違いない。どうなっていくんだろう、何ができるのでしょうかね」
中東情勢の影響は?
今後、ガソリン価格はどうなるのか。
原油を生産・輸入し、国内の企業などに販売する大手エネルギー企業では、イスラム組織ハマスとイスラエルの衝突の影響が中東の産油国にどこまで及ぶのか、原油価格はどこまで上がるのか、検討を重ねていました。
「われわれとしては、日本をはじめとるするお客さんに安定供給するのが使命。できる限りわれわれの権益原油から世界中から持ってきて供給したいと思っている」
「補助金」どうする?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、エネルギー安全保障に詳しい小山堅さんと、経済政策に詳しいエコノミストの酒井才介さんです。
まず小山さんに伺いますが、今のイスラエル情勢がガソリンの価格に与える影響をどう考えていますか。
小山 堅さん (日本エネルギー経済研究所 首席研究員)
エネルギー安全保障に詳しい
小山さん:
いちばんのポイントは、今回の問題が中東の石油供給にどれだけ影響を与えるかということになります。
桑子:
中東全体の、ということですね。
小山さん:
その中で特にこれから先、注目すべきは「イランの関与」という問題で確率はあまり高くないと思いますが、もしイランが関与した場合、アメリカやイスラエルがどう動くか。
例えばアメリカがイランに対して経済制裁を科すという可能性も考えられますし、もう一つはイスラエルがイランに対して何らかの武力攻撃をかける。それに対してイランもカウンターで何か動くというようなことになると、まさに中東全体の石油が大きなリスク要因になってしまう。
この時にやはり原油価格が非常に大きく反応する。ここをわれわれは心配していかないといけないかなと思います。
桑子:
このように先行きが不透明な中で、日本は補助金でガソリン価格を押さえ込んでいるわけです。ただ、課題も指摘されています。
・財政負担が増える
・不公平感が大きい
・費用対効果が低い
酒井さんに3点挙げていただきました。まず「財政負担が増える」というのはどういうことでしょうか。
酒井 才介さん (みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席エコノミスト)
経済政策に詳しい
酒井さん:
ガソリンなど燃料油価格の激変緩和措置として、すでに6兆円以上もの予算が投入されています。単純計算で国民1人当たり5万円程度の税負担相当する規模ですから、これをいつまでも続けるというのは現実的ではないと考えられます。
ただ、悩ましいのは補助金の「やめどき」が難しいということでして、先ほどお話がありましたような地政学リスク。これを受けて原油価格が高止まりすれば、ずるずると補助金が延長されてしまうという可能性もあるわけです。
そうしますと、もともと日本は少子化対策、防衛費などで予算が増えていく、財源が必要だと言われている中で、このガソリン補助金がずるずる延長されていきますと兆円単位の支出が必要になりますから非常に懸念すべき状況かと思います。
桑子:
そして2つ目「不公平感」について。今回の補助金の恩恵を受けるのは車に乗る人、ガソリンを使う人に限ったものですから、使わない人にすれば不公平感は大きいよねというようなこともあります。
さらに「費用対効果が低い」ということ。これは酒井さんが独自に試算したものですが、年間収入ごとのガソリンの支出額、それから補助金による負担軽減額を試算したものです。これはどう見たらいいでしょうか。
酒井さん:
まず、ガソリン支出額についてはもちろん地域差はありますけれども、全国平均で見た家計の1世帯当たりの年間のガソリン支出額、これを示しています。
ポイントは補助金による負担軽減額、右側の数字ですが、これを見ていただきますと年収の区分でいうと年収が高い世帯ほど負担軽減額が大きい傾向にあることが分かります。
高所得世帯ほど、もともとより多くガソリンを支出する傾向がありますので、この補助金によって高所得世帯ほど恩恵が大きいという点で、本来であればガソリンなどの生活必需品の値上げによって苦しんでいるのは低所得の方ですから、そうした方々に重点的に支援をするのが望ましいのですが、それとは逆に高所得者にまで恩恵が広く及んでしまっている。
投入している税の負担の規模からすると費用対効果が低いことが言えるかと思います。
桑子:
こうした課題もある補助金ですが、この先、出口戦略は描けるのか。独自に試算した専門家に聞きました。
エコノミストの上野剛志さんが試算したのは、補助金がなくてもガソリン価格が175円以下になる条件です。
ガソリン価格が決まる主な要因は、原油価格と輸入する際の円相場です。
まず試算したのは原油価格が現在の水準と同じ90ドル前後の場合。ガソリン価格が175円以下になるには、1ドル90円台まで円高が進む必要があります。
「円高のペースはかなり緩やかになることが予想されるので、このゾーンまでガソリン価格が下がるのはかなり時間がかかる」
一方、円相場が現在の1ドル150円程度で続いた場合。ガソリン価格が175円以下になるには原油価格が60ドルを下回る必要があります。
「原油安になるか、円高になるか。それによってガソリンの小売価格が下がってくるのが比較的、理想型になる。175円以下になるのは…全く見通せないですね。条件をいろいろ変えながら1年半以上、ガソリン補助金制度が続いている。場当たり的、その場しのぎで延長を繰り返してきたとも見えてしまう。全体の評価を政府としてきちんと出していくことが必要」
桑子:
場当たり的、その場しのぎという指摘もありましたが、酒井さんは今後、補助金はどういうふうにしていくべきだと考えていますか。
酒井さん:
先ほど見ましたように、この補助金にはさまざまな問題点があるわけですが、すでに物価高が起きていて、ガソリン価格も高騰してしまっている。消費者の生活が圧迫されている。そういった現実がある中で政府としては迅速に物価高への対応が迫られるという状況です。
そうしますと、政府としては既存の補助金を延長するのがいちばん手っ取り早くて、かつ短期的な効果が見込みやすいという点で、こういった問題点はありつつも現実的な解決策とならざるをえないという状況です。
一方で問題点もあるわけですから、やはり真に助けが、支援が必要な人、本当に困っている人に支援を重点化していくべきですから、例えば低所得者の方に対する支援は別途行った上で、こういったガソリン補助金は段階的に縮小していくのが望ましいと考えられます。
桑子:
ずっと続けるわけにはいかないことですからね。続いて見ていきたいのは「税制」をどうすべきかです。ガソリンにまつわるさまざまな税について今、関心が集まっています。
“二重課税”めぐる声
石油連盟、そしてJAF(日本自動車連盟)は、それぞれ国に対し、ガソリンにかかる税の見直しを要望してきました。
主張の一つが、いわゆる“二重課税”の見直しです。ガソリン価格に含まれるガソリン税や石油石炭税にも消費税がかかっていることを問題視しています。
さらに、消費者の間で関心の声が出ているのが税の一部を免除する「トリガー条項」です。
ガソリン税には、本来の課税に上乗せされている分があります。トリガー条項はガソリン価格が高騰したとき、上乗せ分が一時的に免除される仕組みです。東日本大震災の復興財源の確保のため凍結されていますが、今、発動を求める声が出ています。
世帯あたりのガソリン支出が全国の県庁所在地で最も多かった山口市。
9万4,423円(世帯あたり)
(2022年 総務省 家計調査より)
ここでガソリンスタンドを経営する山田正敏さんは、これらの税が見直された場合、引き下げられる金額は少なくないと感じています。二重課税がなくなった場合、1リットルあたり5.66円、トリガー条項が発動されれば25.1円下がります。
「地方においては移動手段として自動車はなくてはならない。トリガー条項の問題もいろいろ出ていますけど、実際地方の生活実態をよく見たうえで判断いただきたい」
“二重課税”・トリガー条項 専門家の意見は
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
いわゆる”二重課税”については専門家の間でも意見が分かれています。
“二重課税”について
「税の理論として望ましくないため、原理としては、なくしたほうがよい」
という意見の一方で
「消費税は主に社会保障関連で必要。両方負担するのはおかしくないし、不当に二重に支払っているとは必ずしも言えない」
という意見もあります。国は「ガソリン税は石油の販売会社が支払う税金、消費税はドライバーが払う税金なので、二重課税ではない」と説明しています。これ、酒井さんどういうふうに見ていらっしゃいますか。
酒井さん:
「二重課税ではない」という国の説明は、いわば課税側の理屈であって、消費者からすれば結局ガソリン税であっても消費税であってもどちらも自分たちが支払っているという感覚がありますので、この理屈は分かりにくいということかと思います。
この二重課税については、これはガソリンに限った話ではなくて、例えばお酒ですとか、たばこに関しても同様の状態が発生しているという状況でして、これについてはいわゆる税体系全体についての議論が必要になると思うんです。
そうなると簡単に答えが出てこないということになると思いますので、今起きている物価高に迅速に対応するという観点からは少し難がある解決策なのかなと思います。
桑子:
そしてトリガー条項についてはこんな声があります。
トリガー条項について
「法律で仕組みや金額が明確に決まっているため、透明性が高いが、灯油や重油は対象にならないなど課題もある」
という意見や、一方で
「発動されれば、年間1兆円以上の税収が減る。その分を国債発行で穴埋めすれば、負担が将来に転嫁されていく」
という声もありました。酒井さん、このトリガー条項をどう考えていますか。
酒井さん:
このようにいろんな議論があるわけですが、先ほどの二重課税も含めて人々の関心が集まって税制に関する議論が深まることはいいことだと思います。これをきっかけに何らかの税制改正が検討されるということもあるでしょうし、国としても納得感ある説明が求められると思います。
ただ、一点留意する点としてはこのトリガー条項についても結局はエネルギー価格を引き下げてガソリン需要を引き上げてしまう。そうすると脱炭素化に逆行してしまう側面があるというのはガソリン補助金と同様ですので、やはり同じ規模の予算を投入するのであれば消費者の需要をガソリンからEV、あるいは省エネ製品にシフトさせていく。そういった政策が望ましいのかなと考えます。
桑子:
今お話にあった脱炭素社会への取り組み。どこまで今、進んでいるのでしょうか。
“脱化石燃料”への道は
次々と新型車が投入されている「EV=電気自動車」。2022年に販売されたEVの台数はおよそ5万9千台。前の年と比べて2.7倍に増えました。
8年前から電気自動車を利用している男性です。
「これをさして5時間(充電を)やれば100キロぐらい走る」
自宅に設置した太陽光パネルで電気を賄っているため、ガソリンに比べて家計への負担は大きく減っているといいます。
「月に3~5万円ぐらいのガソリン代を使っていましたけど、もう数千円ですね、今は。電気代としても」
男性がEV普及の鍵を握ると考えているのが、外出先の充電設備の充実です。
「EVのわずらわしさは、いつ“電欠”になって(車が)止まるかという恐怖。高速道路では中継地のパーキングエリアに充電器はもっと増やしてほしい」
電気自動車の充電設備の数は現在およそ3万口。ここ数年、伸び悩んできました。国は、この状況を変えるため2030年までに30万口に増やす方針を示しました。
充電設備を普及させるために何が必要なのか。
13年前から充電スタンドを設置している道の駅です。
「どうしてもこういう部分は直接触れて扱うので、壊れて破損してしまう」
欠かせないと考えているのは、国からの維持管理の継続的なサポート。大きな故障が起きた際、対応してくれる業者は県内にはいないといいます。
「設置にあたって国から補助を出すだけでは済まない問題がほかにもあるのかなと。メンテナンスとか継続して利用するためのサポートに保証が出るといい」
ガソリンに代わる次世代燃料の開発も進んでいます。
国が2030年代前半の商用化を目指す「合成燃料」。太陽光などの再生可能エネルギーで作った水素と、工場などから出た二酸化炭素で作るクリーンエネルギーです。大きな特徴は、既存のエンジン車でもそのまま活用できることです。普及の行方を左右するのは、製造コスト。現在は1リットルおよそ300円から700円と試算されています。
この企業では、大型プラントの建設や技術開発を進めコストを下げていきたいとしています。
「今は小さい実験室レベルでやっているが、これをだんだん大きくしていくところが、やはりコストダウンには非常に効いてくる。そういった中で少しずつわれわれとしては市場投入をして、世の中に受け入れられるように努力していく」
今後、脱化石燃料をどのように進めていくのか。10月20日、国は。
「脱炭素・GX(グリーントランスフォーメーション)も進めていかなければならない。省エネ型の社会経済の構造に変えていく。家庭においても企業においても、エネルギー危機に強い構造をぜひ構築していく取り組みを進めていただきたいし、それをしっかり支援していきたい」
脱炭素社会の実現に向けての今後は
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
脱炭素社会の実現に向けて、日本は20兆円規模の先行投資。アメリカは日本円で50兆円を超える支援を行うとしています。経済規模を考えた時に日本も遜色ないレベルの額だということですが、小山さん、今後、ポイントになってくるのはどういうことでしょうか。
小山さん:
エネルギー転換を進めていくためには政府の役割が大事です。ですから日本もアメリカも、この巨額の投資をどう進めていくかが問題で、その点ではアメリカのほうが先行してると私は見ています。
この取り組みをするにあたって、相当、民間と具体的ないろんな話をした。その結果として今、アメリカではどんどん投資が進む。一種のブームみたいな状況になっているんです。日本はその点、まだまだです。これから具体化、詳細化をしていくということが非常に大事になると私は思います。
あともう一つ、EVあるいはいろんな再エネとかを進めていくうえで経済安全保障の観点も重要になる。例えば、それを進めるとレアアースのような重要な鉱物の需要が非常に増えるが、その供給を誰が握っているのか。
例えば中国のような特定の国に依存するということになるとすると、その問題はこれから先われわれがクリーンエネルギー投資をしていくうえでしっかり考える必要があると思います。
桑子:
では今後どうしていけばいいのか。見ていただきたいデータがあります。
オイルショックのあと、1973年からの10年間、日本はおよそ3割の省エネ化が進んだという実績がある。ここから学び取れることはどういうことでしょうか。
小山さん:
石油危機の時、日本は本当にだめになるんじゃないかというぐらいの危機でした。しかし、むしろその危機をばねにして日本は次の発展に備えることができた。それは省エネであり、例えば自動車の燃費を上げるということで日本の経済は繁栄できたわけです。
今の危機、これから先の脱炭素というのを目がけて日本はこの危機の状況を活用して、次の30年、50年を生存して繁栄するためにみんなで頑張ると。それがいちばん大事なのではないかなと思います。
桑子:
まさに今、これまでにないほど関心が高まっています。エネルギーの乏しい日本で、今こそ長期的視野を持った実効力のある政策が求められているように感じます。ありがとうございました。