大注目!筋肉が作りだすミオスタチンなどのマイオカインの健康効果

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人体(NHKスペシャル)運動の健康効果メタボリックシンドローム筋肉

 最近は筋トレがブームです。健康維持のために始めている人も多いのではないでしょうか。気づけばいつの間にか増えている「脂肪」とは逆に、「筋肉」はたとえ努力して鍛えても、いつの間にか減ってしまいます。筋肉がすぐに減ってしまうのは、いったいどうしてなのでしょう。その謎の解明をきっかけに、筋肉に秘められた驚きの"スーパー健康パワー"に、いま世界の研究者が注目しています。

「筋肉だらけの牛」が教えてくれた 筋肉の意外な能力

ベルギーのナミュール州という地方では、伝統的に、ある「特別な家畜」が飼われています。それは「ベルジャンブルー」という品種の食肉牛。普通の牛に比べ、筋肉が2倍も付いています。1頭の牛からたくさんの肉がとれるだけでなく、脂身が少ない赤身の肉として、ヨーロッパの人から好まれているそうです。

それにしても、全身すごい筋肉!どんなにハードなトレーニングをしているのか、と思ったら、なんとこの牛、生まれつき筋肉がどんどん発達する特殊な性質を持っているというのです。

驚くほど全身マッチョな牛 「ベルジャンブルー」
驚くほど全身マッチョな牛 「ベルジャンブルー」

なぜ、こんなにも筋肉が発達するのか。その謎を解き明かしたのが、アメリカ・ジョンズホプキンス大学でマウスの研究をしているセイジン・リー博士です。博士は、この牛と同じように、生まれつきマッチョな「筋肉マウス」を発見しました。詳しく調べると、ある遺伝子に異常が生じて、「ミオスタチン」という物質が体内に存在していないことが分かりました。「マッチョ牛」を詳しく調べると、同じく「ミオスタチンを作る遺伝子」が生まれつき働いていないことが分かりました。

研究の結果、「ミオスタチン」は筋肉の細胞から放出されていることがわかりました。そして、周囲の筋肉の細胞に「もうこれ以上成長するな」という"メッセージ"を伝えていることが突き止められたのです。リー博士はこう語ります。

「筋肉が付きすぎると、排水溝から水が抜けていくように、どんどん体内のエネルギーを浪費してしまいます。そこで筋肉の細胞は、ミオスタチンを放出することで、筋肉が必要以上に増え過ぎるのを抑えているのです。それを発見したときは本当に驚きました」

トレーニングすると、筋肉の細胞は成長しますが、同時にミオスタチンを放出して、増えすぎを抑えます。筋肉をムキムキに発達させるには、このミオスタチンによるブレーキに打ち勝つほどに、頑張ってトレーニングをする必要があるのです。努力して鍛えても、いつの間にか筋肉が減ってしまうのはミオスタチンが働いているからなのです。

筋肉の細胞から放出され、筋肉の増えすぎを
筋肉の細胞から放出される「ミオスタチン」(CG) 
(背景は筋肉の細胞)

次々と発見される「筋肉が出す物質」と その働き

2000年代に入ると、ミオスタチン以外にも筋肉が出す物質が次々に見つかり、「マイオカイン」という総称がつけられました。いま、このマイオカインがとてもホットな研究分野になっています。2016年だけでマイオカインに関する論文が100本以上も発表されました。その中には、マイオカインの働きで「がんの増殖が抑えられた」、「うつ症状の改善に効果があらわれた」など、一見筋肉とは無関係に思える不思議な作用についての報告もあります。

アメリカ国立老化研究所などのチームが2016年に発表したのは、「筋肉の働きで記憶力が高まる可能性がある」という論文です。運動をした時に筋肉の細胞から出ると考えられる「カテプシンB」という物質が増えた人ほど、記憶力テストの成績が向上。研究チームは、カテプシンBが、記憶を司る脳の「海馬」という部分の神経細胞を増やす働きをした可能性がある、と考えています。

筋肉が出す物質=「マイオカイン」に関する研究はとてもホットな分野になっている
筋肉が出す物質=「マイオカイン」に関する研究はとてもホットな分野だ

筋肉が出す物質・IL-6が メタボによる病気を撃退!?

筋肉が出す物質を「マイオカイン」と名付けたのは、デンマーク・コペンハーゲン大学のベンテ・ペダーセン博士です。博士は、運動した時に筋肉から「IL-6」という物質が大量に放出されるという研究を発表しました。

ペダーセン博士は、運動しているときに筋肉から出るIL-6が、現代社会で急増する「メタボリックシンドローム」が招くさまざまな病気の改善に有効な働きをする可能性があると考えています。メタボリックシンドロームとは、内臓型肥満に加え、高血圧、高血糖、脂質代謝異常の3つのうち2つ以上が組み合わさった症状のことを言います。じつは「メタボ」の人の体内では、免疫細胞の暴走が引き起こされており、それが全身の血管を傷つけて、突然死にもつながる心筋梗塞・脳梗塞や、糖尿病などを招く危険性が高くなっています。(※「免疫の暴走」については、記事:"免疫の暴走"が招くメタボの「本当の恐ろしさ」で、詳しく紹介しています。)

博士は、適切な運動をすることによって筋肉からIL-6を放出させれば、それが免疫の暴走を抑える働きをする、と考えています。実験で被験者に、運動をしたあとに放出されるのと同じくらいの量のIL-6を注射してみました。すると、メタボの人の体内で免疫の暴走を引き起こす働きをしている物質の量が、半分以下に減ったのです。

この研究成果が確かであるかどうかは、まだ今後の科学的検証を待たなくてはなりません。ペダーセン博士は「運動」をすることには、単に「エネルギーを消費する」という意味だけでなく、「体内の免疫の異常を鎮める物質を放出させる」という、もう一つの大切な意味が秘められている可能性があると考えているのです。

コペンハーゲン大学のベンテ・ペダーセン博士によれば、運動すると
運動すると筋肉から「IL-6」という物質が放出されるという

IL-6は、1986年、当時大阪大学の教授だった岸本忠三博士の研究チームが見つけた物質です。免疫細胞が出す物質として発見され、ほかの免疫細胞を活性化する働きがあることが分かりました。その後、リウマチなど、免疫の過剰な活性化によって引き起こされる病気の原因物質の一つであることも突き止められました。IL-6は、細菌などの外敵を撃退する役割を担う免疫細胞を、何らかの原因によって異常に活性化させ、病気を生じさせることもあるような物質なのです。1990年代以降、IL-6に免疫の働きを抑える作用もあることが相次いで報告され、同じ物質が免疫の暴走と促進という、両極端の働きをしていることが分かってきています。

この記事は以下の番組から作成しています

  • NHKスペシャル 放送
    NHKスペシャル人体 第2集 “脂肪と筋肉”の会話がメタボを治す