番組のアンケートから見えてきた、視聴者が考える「理想の親」の姿から、実際に親が子どもにできることは何なのか、じっくり見直します。「子どもを愛するってどういうこと?」「子育ての悩みやストレス、どうすればいいの?」など、切実な悩みについて専門家と一緒に考えます。

専門家:
大日向雅美(恵泉女学園大学 学長/発達心理学)
汐見稔幸(東京大学 名誉教授/教育学)

現代のママ・パパが思う理想の親の姿について

「すくすく子育て」の番組ホームページで「理想とする親の姿」についてのアンケートを行ったところ、次の3つが理想像として多く挙げられました。

  • 感情的にならず笑顔で子どもと接することができる
  • いつも子どもの気持ちを尊重し向き合ってあげられる
  • 子どもと楽しく遊んであげられる

専門家はこの結果をどうみたのでしょうか。

理想を追求して苦しむのは本末転倒

回答:大日向雅美さん

ひとつひとつは決して間違いではない。でも、全てを常に満たすことは到底無理で、できなくて当たり前です。それなのに、理想にとらわれて「私は親として失格だ」と傷ついてしまう。子どものための理想なのに、理想に苦しみ、結果的に子どもと楽しく向き合えなくなるのは本末転倒ではないでしょうか。

昔は親の仕事が大変で、子どもに向き合う時間は少なかった

回答:汐見稔幸さん

今、世間が求める“親”がどのようなものかがよくわかる結果だと思います。昔は、農作業などの仕事が大変で、親は子どもと丁寧に向き合う時間はあまりとれませんでした。必死に生きて、必死に食べさせていたのです。そのような生活の中で、子どもはいろいろなことを自分で学んで育っていきました。現代は、子どもが勝手に育つような時代ではありませんし、親の理想像がママ・パパに押し付けられてしまうとしたら大変なことだと率直に感じます。


子どもと離れても寂しくない。愛情不足なの?

妊娠8か月で、パパと息子との3人で暮らしています。夫婦ともに仕事を持ち、育児や家事を分担して忙しい毎日を乗り切っています。私は、子どもをかわいいと思うし、一緒にいるときは楽しく遊んだりしています。一方で、仕事などで子どもから離れるとホッとする自分もいます。私がいないときは、パパが子どもをみてくれて、子どももパパが大好きで、ママがいなくてぐずることもありません。私も、子どもから離れることを寂しいと思ったことはありません。
私は音楽が好きで、子どもを預けてライブに出かけることがあります。例えば、そのとき子どもが熱を出していたとしても、パパにお願いして私はライブに行くと思います。他の親だったら、子どもが心配でキャンセルするかもしれません。
このごろ、同年代の子どもを持つ友だちと比べると、自分は子どもへの愛情が少ないのではないかと気になるようになりました。子どもと離れても寂しいと感じないのは変でしょうか。親としてもっと愛情を注ぐべきなのでしょうか。
(2歳3か月の男の子をもつママより)

「熱があってもライブに行く」はあえて言葉にしたこと

回答:大日向雅美さん

お悩みのママは、いろいろな人とほどよい距離で関係を結べる方だと感じました。決してお子さんのことが嫌いではありませんし、仕事のときに子どもから離れてホッとするのも当たり前で、変わったことではありません。
「子どもに熱があってもライブに行く」というのも、あえて言葉にしたのではないかと思います。それを告白するのは、子どもへの愛情があり、パパへの信頼があるからではないでしょうか。子どもの熱にも程度があります。楽しみにしていたライブで、パパも「行っておいで」と応援してくれる。「それなら、私は行きます」と平常心で言えることはすてきなことです。周りの方は「母親なのに」と責めないであげてほしいと思います。

子どもは親が仕事や趣味を楽しむ姿を見て学んでいる

回答:汐見稔幸さん

おそらく、仕事に行くときもライブに行くときも、楽しそうに出かけて、元気よく「ただいま」と帰ってくる。そうしたママの姿を見て、お子さんは学んでいます。「生きるということは、自分が楽しむことが大事」だと感じているかもしれません。また、パパは子ぼんのうで、子育てに一生懸命で、結果的にパパとママでバランスがとれています。子どもへの愛情は、「愛している」と言葉にしたり、態度で示すだけではありません。楽しそうな親の生活を見せることも愛情だと思います。


親って何ですか? 子どもに愛情をかけるとはどういうこと?

3人の子どもを育てています。子どもが大好きで、毎日子どもと遊ぶことを楽しんでいました。ですが、義母の体調が悪くなって介護に追われるようになり、子どもとの時間が少なくなってしまいました。それでも、子どもたちと遊ぶときは、私も子どもも楽しんでいると思います。
そんなある日、「子どもがかわいくてたまらない。4人目も欲しい」とママ友に話すと、「今の3人をもっと愛してあげて。もっと母親やってあげなよ。愛情が足りてないよ」と言われたんです。自分なりに子どもたちを愛していたつもりですが、「親ができていない」と言われると「親って何だろう」と考えてしまいます。親として愛情をかけるとはどういうことなのか、ずっと悩んでいます。
(5歳1か月と3歳9か月の男の子と1歳8か月の女の子をもつママより)

自分を振り返るチャンスをもらったと考える

回答:大日向雅美さん

育児をしながら介護も行うダブルケアでありながら、子どもたちと楽しく遊んでいて、これ以上ないと思います。世の中には、簡単に「愛情」という言葉を出して批判をする人がいまだに多くいます。周りの人から「愛情が足りない」と言われたとしても、「私は完璧ではないけど大丈夫だ」と、自分を振り返って認めてあげましょう。そう思えるチャンスをもらったと考えるのです。

関わる時間が減ったことやその理由を子どもに伝える

回答:汐見稔幸さん

おそらくママ友は、質問者さんのこれまでの子どもたちとの関わりを見て「自分もああできればいいのに」と感じていた。それが最近、質問者さんが「子どもとの時間が減った」というので、「以前のように遊んであげて」と深い意味もなく言ったのかもしれません。
もし、子どもと関わる時間が減ったと実感しているのなら、時間が減ったことやその理由を率直に子どもに伝えましょう。きちんと「おばあちゃんの介護が大変で、遊ぶ時間が減ってごめんね」と伝えれば、子どもはわかってくれると思います。あるいは、子どもたちに介護の様子を見せてあげれば、それが大事なことだとわかるかもしれません。
介護のために子どもとの時間が減ったからといって、子どもへの愛情が不足していることにはなりません。

関わる時間よりも関わり方の質が大事

回答:汐見稔幸さん

保育の世界では「見守る保育」が大事だといわれています。しかし、見守っているようで、実は「監視」している場合があります。子どもは、自分の力だけでは生きていけないので、大人が自分とどう関わろうとしているのかを、いつも読み取ろうとしています。そのとき、大人のまなざしに「そんなことをしてはいけません」という「監視」の目線があると、接している時間が長ければ長いほど、子どもは不自由になってしまいます。関わる時間よりも、関わり方の「質」のほうが大事なのです。


親が自分を大事にするためには

「すくすく子育て」の番組あてに一通のメールが届きました。
親は子どもとどう関わっていけばよいのか、模範回答のような親にならなければならないのか。そんな悩みに苦しんでいたというひとりのママからです。でも、あることをきっかけに気持ちの変化があり、心の支えができたといいます。
今は、2人の男の子を持ち、瀬戸内海の島で暮らしているというママに、お話をうかがいました。

はじめての育児と慣れない土地で自分を追い詰めていた

結婚前は幼稚園の先生をしていて、結婚後にこの島に移り住みました。子どもが大好きで、学校や職場で子どもとの関わり方を学んできたので、子どもに寄り添える自信がありました。でも、長男が産まれてみると、現実は全く思い通りにならずにショックを受けたんです。
そのころは、島に誰も知り合いがいない状態で、はじめての育児と慣れない土地に不安がありました。その上、「幼稚園の先生だから子どものあつかいが上手だろう」という周囲の期待を勝手に感じてしまい、ますます自分を追い詰めていました。

子どもにイライラをぶつけてしまう

ママ友が欲しいとは思いませんでしたが、長男の遊び相手を探しに育児サークルに参加することはありました。それも、2人目の妊娠をきっかけに、サークルから足が遠のいてしまったんです。
その後、次男が生まれると、2人の子育てでさらにイライラするようになりました。ささいな理由で長男を責めて、叱ってしまうような毎日でした。長男の顔を見ることがストレスだったこともあります。パパに「もう無理だから、1~2か月離れたい」と相談したこともあります。それほど、子どもと一緒にいることが嫌だったのです。
長男にひどくあたってしまった後は、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、その思いをノートに書いて反省していました。それでも、翌日は同じことの繰り返しです。

2つの転機で生まれた気持ちの変化

そんな苦しい状態の転機になったのは、長男の幼稚園入園です。子どもと離れる時間ができたことで、心の余裕が生まれたんです。そして、もうひとつの転機は、同じ幼稚園のママから「家族で一緒に遊ぼう」と声をかけてもらったこと。それまでママ友は必要ないと考えていましたが、長男との関係に行き詰っていたので誘いを受けました。それから始まった交流の中で、私の気持ちに変化が起きました。
例えば、私の子どもを他のママが褒めてくれる。自分でも気づかなかった子どものよいところを客観的に教えてもらえるのです。そして、子どもが悪いことをしたら、ママたちが他の家の子どもでも叱ってくれる。それで気持ちが楽になりました。
今では、自分からママたちに声をかけ、みんなで遊ぶ機会をたくさん作るようにしています。
ひとりで抱えていた心配ごとも、ママ友同士で話せるようになりました。ママ友も、子どもたちも、まるで家族のように注意し合って、褒め合っています。みんなで子どもを見守りながら、本音で語りあえる仲間がいることが、心の支えになっています。

子どもを愛する基本は、親が自分を大事にすること

親になるとはどういうことなのか、いろいろなメッセージがこめられていると思います。幼稚園で働いていたので、専門的な子育ての知識を活かせば愛情も注げると思っていたのに、現実は違った。でも、子どもが入園して、子どもと離れる時間ができたことで、結果的に少し自分を取り戻せた。その後、ママ友が関わってくれて、さらに距離感ができて、自分の生活を取り戻すことができた。自分を大事にするための時間と心ができたわけです。親となって子どもを愛することの基本は、子どもだけではなく、自分自身の人生と生活の足場をしっかり持って大事にすることなのです。
(大日向雅美さん)

母親が孤立して子育てした経験は人類の歴史にはない

人類の歴史の中で、母親が朝から晩まで子どもと向き合って、孤立して子育てをした経験はありません。これまでは、常に集団で子育てをしていたことがわかってきています。
子育ては、いつも子どもが中心となるので、親にとっては、とてもストレスがたまる営みでもあります。ストレスを吐き出せないでいると、どうしても子どもに向かってしまう。だから、上手にストレスを発散しないといけません。いちばん簡単な方法は、人と話をしたり、笑い合ったりすることです。
このケースでは、ママ友が他のお子さんまで叱ることができる、とてもよい関係ができています。ここまでの関係を作るのは大変だと思いますが、現代でも人のつながりによって子育ては楽しくなり、楽になるのだと改めて教えられました。
(汐見稔幸さん)


専門家からのメッセージ。親として何をすればよいのか

親として何をすればいいのか悩んでいるママ・パパへ、専門家のお2人からメッセージをいただきました。

何を大事にするのか考える

ごはんを食べて、お風呂に入って、寝る。そんな生活を、一日一日積み重ねていく。ここを基本にしながら、親が自分の人生をしっかりと生きることが大切です。そして、自分や家族のためだけでなく、社会や地域のために尽くすことも大事なことです。例えば、学校のボランティアや、地域の高齢者のために活動したりする。その姿を子どもに見せることが、子どもの視野や世界を広げることにもなるのです。
(大日向雅美さん)

子育ては子別れの練習

子育ては子別れの練習だという考え方があります。例えば、子どもにおつかいを頼むのは、自分で生活できるための練習になります。やがて、子どもが親の期待とは違う道に進むこともあります。そのとき、頭ごなしに押さえつけるのではなく、いい相談役になってあげる。最終的には、「この子はきっと自分を大切にして生きてくれるはずだ」と信じるしかありません。子育ては子どもを信じる練習という側面もあるのです。
(汐見稔幸さん)

※記事の内容や専門家の肩書などは放送当時のものです