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“障害に関係なく学びたい” 高校進学目指す脳性まひの男性

公立高校入試 都道府県ごとに大きな差が?
  • 2024年02月05日

 

障害のあるなしに関わらず、同じ教室で学ぶ「インクルーシブ教育」ということばをご存じでしょうか。県内でも障害のある子どもが地域の小中学校で学ぶケースが広がりつつある一方で、義務教育ではない高校では導入が進んでいないのが実情です。浪人しながら、特別支援学校でなく地元の公立高校への進学を目指す脳性まひの男性を取材しました。
(伊東支局 記者・武友優歩)

地域で学んできた脳性まひの男性

 

芹澤怜誠さん

富士市に住む芹澤怜誠さん(16)です。脳性まひのため、知的障害と身体障害があります。

芹澤さんはことばでの意思疎通が難しいため、気持ちなどについて選択肢から選ぶ方法で会話しています。

芹澤さんが好きなのは俳句です。母親や介助者が示した季語などの選択肢を選ぶ形で、身の回りのことを俳句に詠んでいます。

 こすもす
「秋桜や 十五の今を 生きている」(芹澤さんの作品)

 

俳句を読み上げると笑顔を見せる怜誠さん。右側は母親・恭子さん。

母親の恭子さん(44)です。芹澤さんが1歳で脳性まひと診断され、医師からは「一生寝たきり」と言われたといいます。育て方に悩んだ時期もありましたが、2歳のころ、リハビリ施設でかけられた言葉が転機になったといいます。

「リハビリの先生からは、『寝たきりの子の中にいると寝たきりが普通になって、起きようなんて誰も思わない。たくさんの見本の中、育てればいい』と声をかけられました。見本が大事だとしたら、社会の見本は社会に出ることじゃないですか」(恭子さん)

芹澤さんは受け入れに前向きだった地元の幼稚園に入園。その後も小中学校の9年間を普通学級で過ごしてきました。

 

 

運動会の様子

「幼稚園に入る前は下を向いていて、誰かが来てもそんなに笑ったりしなかったんですよ。友達が来て 『怜誠くん怜誠くん』って言ってくれるからどんどん顔を上げるようになりました。歴史の教科書も大好きなんですよ。学校で学んだことを後で読むと『ははは』って笑って聞いているので、学校の力は偉大です」(恭子さん)

普通高校への進学を目指して受験

去年の春、芹澤さんは特別支援学校ではなく普通高校への進学を希望して地元の公立高校を受験しました。解答を代わりに記入する介助者が付き添い、自作のカードを持ち込んで作文や面接を行うなど、芹澤さんの障害に合わせて一定の配慮も取られました。

 

開示されたテスト用紙

懸命に受験勉強をしましたが、テストの点数は全体の1割に届かず。定員に空きはあったものの、結果は1次・2次募集ともに不合格となりました。

「5教科連続とかで試験をやっているじゃないですか。頑張ったなと思います。合格の結果は出ていないけど、辛かった1年がここにあると感じています」(恭子さん)

選択肢はないのか?静岡県外では合格も

結果が分かった後、芹澤さんは浪人をしてことしの入学を目指すことになりました。

恭子さんは、少しでも情報を集めようと県内外のさまざまな場所に足を運びました。その中で、障害のある子どもの普通高校への進学を後押しする全国の支援者ともつながり、ほかの都道府県の状況も知ることになりました。

 

不合格者数が0の都道府県

恭子さんが違和感を感じたのは、定員に空きがある場合に不合格者を出すかどうかの方針が、都道府県によって大きく違うことです。芹澤さんのように知的障害があり、試験の問題を解くことが難しくても、高校に入学できるところもあるのです。

そのうちの1つ、東京都です。

 

右側が松山正宗さん

都立の商業高校に通う1年生、松山正宗さんは、ダウン症で知的障害があります。授業中は支援員が付き添い、教員が松山さんの理解度に合わせて課題を出したり、拡大したプリントを使うなどして学習しています。

何より楽しみにしているのは、休み時間に同級生と交わす何気ない会話です。

「話しているうちに仲良くなれました。おもしろいし楽しいです」(友人)

「学校は常に楽しそうで満足して帰ってきています。みんなの中にいることが、彼の普通の当たり前のことなのかなと感じています」(母親・桂子さん)

「一緒に学校生活を送る中でこんなことができるんだ、あんなことができるんだというのを、先生たちも見ていただいた。彼ができることや得意なことをさせることによって、彼を伸ばしていくことができるんじゃないかなと感じています」(都立江東商業高校 智片将也 校長)

一方、静岡県は?

 

一方、静岡県では去年の入試で芹澤さんを含めて、のべ70人が定員に空きがありながら不合格になっています。

静岡県の考えについて、県の教育長に直接話を聞きました。

 

「高等学校においては、その学校が求める子どもたちの学びの基本的な条件を満たしている人を受け入れて学んでもらうという考え方ですので、誰でも入れるのではなくて、能力適性を判断するというところが大きなポイントになっています。県内には多様な学びの場が用意されています。仮に障害を持った方が普通高校で学びの機会を得られなかったとしても、特別支援学校などいろいろなパターンがありますので、現時点で制度の変更を検討していることはありません」(静岡県教育委員会 池上重弘 教育長)

身近な人から意識変えたい 活動する親子

講演活動の様子

こうした静岡県の方針を変えたい。芹澤さんたちは障害のあるなしに関わらず同じ教室で学ぶことの意義を訴える活動を行っています。

この日は小中学校時代の同級生も駆けつけて、当時の学校生活を振り返りました。

同級生の2人も駆けつけた

 

同級生

算数の時に終わった人からどんどん怜誠くんのほうに“ミニ先生”という形で、怜誠くんに教えたりしていました。怜誠覚えてる?

芹澤さん

うん!

 

新聞配りの活動

活動内容をまとめた新聞をつくって配るなど地道な活動を続けています。

最後に、介助者と芹澤さんのこんなやりとりがありました。

 

介助者

もう1回学校生活、やりたいなって思う?

芹澤さん

うん!

【解説】公立高校入試 都道府県で大きな差が

Q. 公立高校の合否について、国として統一した考え方はない?

記者

国は定員に空きがある場合に不合格者を出すことについて、あくまで“学校の校長が合否を決めるものである”として、一概に否定しているわけではありません。ただ、“学ぶ意欲のある子の学びの場が確保されることが重要であって、不合格になった子が学びの機会を得られなくなってしまうことは極力避けるべきだ”としています。国は令和4年度から人数の調査を始めたところで、この調査をもとに各都道府県で議論を深めてもらいたいとしています。

Q. 障害のある生徒には介助員を付けるなどの対応も必要?

記者

そうですね。県内でも県が介助員を配置する形で身体障害のある生徒が令和4年度に初めて県立高校に入学しました。ただ、そうしたケースは限定的で、障害のある生徒の多くは特別支援学校で学んでいます。

Q. 今後はどうあるべき?

記者

一人ひとりの希望に沿った教育を受けられるよう、選択肢が用意されている状況が理想だと思いました。芹澤さんのように障害のあるなしに関わらず同じ教室で学びたいという人もいるでしょうし、特別支援学校はそれぞれの障害の特性に合わせて少人数で手厚い指導を受けられるという特徴があります。県にはほかの都道府県の状況もふまえながら改めて検討してもらいたいと思います。

※2024年1月12日に放送した動画はこちらからご覧いただけます(2か月間限定)。

  • 武友優歩

    静岡局伊東支局・記者

    武友優歩

    2019年入局。静岡局が初任地で2022年から伊東支局。
    今の目標は伊豆半島の温泉を制覇すること。カメラをかつぐために筋トレしてます!

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