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静岡家裁「戸籍上の性別変更には生殖腺の切除が必要」との規定は違憲と判断

  • 2023年10月17日

「戸籍上の性別を変更するには生殖能力をなくす手術を受ける必要がある」とする法律があることをみなさん、ご存じでしょうか。この規定が憲法に違反するかが問われた申し立てで、静岡家庭裁判所浜松支部は「規定は憲法に違反して無効だ」とする判断を示しました。法律で必要とされる手術を受けていなくても、戸籍上の性別を変更することを認めたのです。申立人側によりますと、規定が憲法違反だとする司法判断は初めてだということです。申し立ての背景とこの規定をめぐるこれまでの議論について解説します。

静岡家裁「規定は憲法違反で無効」

申立人 鈴木げんさん

この申し立ては、浜松市に住み、戸籍上の性別は女性で男性として社会生活を送るトランスジェンダーの鈴木げんさん(48)が行ったものです。戸籍上の性別を変更するには生殖腺を取り除く必要があるとする性同一性障害特例法の規定について、「手術を事実上強制するもので人権を侵害し、憲法に違反する」と主張して、手術を受けなくても性別変更を認めるよう求めていました。

これについて、11日の決定で静岡家庭裁判所浜松支部の関口剛弘裁判長は、規定は憲法に違反して無効だとする判断を示し、法律で必要とされる手術を受けていなくても戸籍上の性別を女性から男性に変更することを認めました。

静岡家庭裁判所浜松支部 関口剛弘裁判長
生殖腺を取り除く手術は、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらすものだ。性別変更のために一律に手術を受けることを余儀なくされるのは、社会で混乱が発生するおそれの程度や医学的見地からみても、必要性や合理性を欠くという疑問を禁じ得ない。
特例法の施行から19年余りがたち、性の多様性を尊重する社会の実現に向けて国民の理解の増進が求められるなど、社会的な状況の変化が進んでいる。

鈴木さんの代理人の弁護士によりますと、規定が憲法違反だとする司法判断は初めてだということです。

最高裁判所は、これとは別の人の申し立てについて、9月に15人の裁判官全員で審理する大法廷で弁論を開き、審理を進めています。年内にも判断が示されるものとみられ、判例の見直しや新たな憲法判断が示されるのかが注目されています。

今回の決定について、性的マイノリティーの問題に詳しい早稲田大学の棚村政行教授は、画期的な判断と評価します。

早稲田大学 棚村政行 教授
少数者の人権を、最後は憲法に照らして判断をして守っていくんだという姿勢を示した点でも非常に画期的で評価できると思います。法律の規定が社会に合わなくなってきて、適合していないということの宣言でもあると。(法律の)改正をきちんと議論すべきだという判断でもあると思います。

40年以上抱えた 諦めと苦悩

申し立てを行った鈴木げんさんは、幼い頃から戸籍上の性別が女性であることに違和感があったといいます。

子どもの頃の鈴木さん

鈴木げんさん
一番初めに自分の性別に諦めたのが4歳の時です。保育園のトイレから出たときに「自分はこれから女の子って言われたらそっちに行かないといけないんだ」みたいな気持ちになったことをよく覚えています。

長い間、諦めや葛藤を繰り返していた鈴木さんは、40歳のときに専門のクリニックで性同一性障害の診断を受けました。それからは自分を偽ることなく男性として生きることを決め、名前も「げん」に変えました。
いまは月に1回から2回のペースで、男性ホルモンを投与する治療を受けています。顔にはひげが生え、声は低くなり、体は筋肉質になりました。

鈴木げんさん
すね毛も濃くなってきます。自分が自分として生きていくためには欠かせない必要なものなので。しっくりくるっていう感じですね。

しかし、鈴木さんは生活の中で、突然「女性であること」を突きつけられ、悩まされるといいます。

鈴木さんのパスポート 性別欄がF(Female/女性)となっている

鈴木げんさん
今度ちょっと旅行に行くんですけど、そのときのパスポートの表記だとか。普段男性として生活をしているのに、自分のことが書かれているはずの書類の中に「女」って書いてある、その文字にびっくりします。

鈴木さんには、浜松市が設けた「パートナーシップ宣誓制度」で、パートナーとして公的に認められた女性がいます。國井良子さんです。
2人は仕事の都合で別々に暮らしていますが、休みの日にはそれぞれの家を行き来していて、互いのことを「夫」や「妻」と呼んでいますが、戸籍では2人とも女性のため、法律上の結婚は認められていません。

鈴木さんのパートナー  國井良子さん
「この人、戸籍がなんで女性なのかしら」という思いはあります。女性の要素はみじんもないですから。それが戸籍だけ。

いまの法律では、戸籍の性別を変更するには生殖能力をなくす手術を受ける必要があると定められています。しかし鈴木さんは、手術は身体的にも金銭的にも負担が大きく受けたくない、と考えていました。このため、法律の規定は「手術を事実上強制するもので人権侵害だ」と主張して、裁判所に審判を申し立てていました。

声を上げることで社会は変えられる

規定が憲法違反だとする裁判所の判断を受けて、鈴木さんは12日、パートナーの國井良子さんや弁護団のメンバーとともに浜松市内で会見を開きました。

鈴木げんさん
多くの人にとって当たり前のことが僕にも当たり前になりました。これからは自分のものではない性別表記におびえなくてもいい、そんな当たり前の暮らしができるのかなと思います。性のあり方は本当に多様で一人一人違う、だから豊かなんだ、そういうことが当たり前の社会になってほしいです。
セクシャリティのことに限らず、いま悩んでいる子どもたちに僕が伝えたいことがあります。それは「君は無力じゃない」ということです。自分が声を上げることでたくさんの仲間ができて、社会を変えることができます。決して君は1人じゃないです。それを子どもたちに伝えたいと思います。

鈴木さんのパートナー 國井良子さん
(静岡家裁の判断を受けて)「戸籍の表記が変わるだけで2人の生活は何も変わらないよね」ということや「これで晴れて婚姻ができるね」と話しました。

ただ、鈴木さんと國井さんは、実際の婚姻の手続きについては、今の法律で結婚が認められていない同性カップルの人たちなどの状況が進展するのを待ちたいという考えを示しました。そして、今後については、「悩んでいる仲間や子どもたちの未来のために法改正の議論を進めてほしい。性の多様性が当たり前の社会になってほしい」と訴えました。

今回の判断 ポイントと今後の動き

静岡家庭裁判所浜松支部の決定では、生殖腺を取り除く手術について、「身体を強く傷つけ、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらすもので、手術を受けるかどうかは本来、自由な意思に委ねられている」と述べました。

現在の規定

そして、「戸籍上の性別を変更するには生殖腺を取り除く必要がある」とする性同一性障害特例法の規定について、医学的な観点から検討し、「法律の制定当時、性同一性障害のある人にとって手術は最終段階で必要とされる治療だと位置づけられていたが、2006年に治療のガイドラインが改訂されてからは、必須とされるものではなくなった」と指摘しました。

また、立法当時の目的の1つに、生物学的な性別に基づいて男女の区別がされてきた中、急激な形での変化を避けるなどの配慮があったことについては、「配慮の必要性は社会的状況の変化に応じて変わりうるもので、2019年の最高裁判所の決定でも、憲法に適合するかどうか不断の検討が必要だと示している」と述べました。

※2019年の最高裁判所の決定
この規定に関して、別の審判で最高裁判所は「変更前の性別の生殖機能によって子どもが生まれると、社会に混乱が生じかねないことなどへの配慮に基づくものだ」として、憲法に違反しないという判断を示している。一方、裁判官4人のうち2人が「手術は憲法で保障された身体を傷つけられない自由を制約する面があり、現時点では憲法に違反しないが、その疑いがあることは否定できない」という補足意見を述べていた。

その上で、性別の変更に関する法律をもっているおよそ50か国のうち、40か国あまりが、性別の変更にあたって手術を条件としていないことや、LGBTの人たちへの理解増進に向けた法律が施行されたことなどの国内外の動向を挙げ、「特例法の施行から19年余りがたち、性の多様性を尊重する社会の実現に向けて国民の理解の増進が求められている」と指摘しました。

さらに、性別変更にあたって手術を条件にしない場合に、安易に申し立てが行われるといった懸念に対しては「審理を厳格に行うなどして対応すればよい」と述べました。
裁判所は、総合的な検討の結果、性同一性障害がある人の自由を一律に制約する特例法の規定について、「もはや必要性や合理性を欠くに至っている」として、規定は憲法に違反して無効だとする判断を示しました。

  • 牧本真由美

    静岡局 記者

    牧本真由美

    2002年 NHK入局
    社会部・報道局遊軍など
    トレラン大好き
    2歳児子育て奮闘中

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