釣りと農業の両立 静岡・御前崎市に移住 23歳の心意気
- 2023年02月10日
「不安はあるけど考えないようしている、自然相手なので考えてもきりがない。それより自分のこだわりを大切にしたい」
そう話すのは、静岡県御前崎市に神奈川県から移住した23歳の男性。御前崎の海は好きな魚がいっぱい、やりたいこともいっぱいあるという。
漁師と農業を両立させる男性。訪ねると、御前崎の豊かな自然と地域の人たちの笑顔に囲まれていました!
一流の1本釣り漁師を目指す
訪ねたのは、屈指の漁場として知られる静岡県御前崎市の港です。
早朝6時。遊漁船の準備をしているのが輝風丸の船長、深瀬一輝さん(23)です。この日は、幻の高級魚とも言われるシロアマダイ釣りです。
3年前に御前崎市に移住して、キンメダイ漁師に学んだあと漁師として独立し、この2月から遊漁船も始めました。
魚を見るのも、食べるのも、釣るのも大好きだったという深瀬さん。中学生のときには自分の船を持って、漁師になると決めていたそうです。
「自分の好きなことを一生の仕事にしたい。遊漁船でみなが楽しむ姿を見ると、こちらも楽しくなります。将来は1本釣りの一流の漁師になりたいと思っています」
楽しんでおいしい魚を食べてもらいたい!
この日は、釣り客として4人が乗船。五目釣りでカンパチやイサキ、サバなどを釣ったあと、シロアマダイを狙いました。中学2年生も大きなシロアマダイを釣り上げました。
おいしく食べてもらうため締め方も丁寧に伝えます。
御前崎の漁師夫婦の縁
深瀬さんは、魚屋でアルバイトをしながら高校を卒業し、神奈川県小田原市の定置網で働いて、魚の扱い方やロープの結び方など基本的な技術を身につけました。それから2年、独立したいと各地の港を歩きましたが、新規の漁業者はなかなか受け入れてもらえず、たまたま声をかけてくれた御前崎の漁師ご夫婦に跡継ぎを頼まれたそうです。
ようやく見つけた漁師の仕事。深瀬さんは、御前崎の海には自分が大好きな魚がたくさんいる豊かな海だと実感しています。釣りを安心して気軽に楽しんでもらいたいと、初心者向けの釣りコースも始めました。
「魚の特徴や釣り方、それに希望があれば、さばき方や食べ方も伝え、魚を好きになって欲しい。こんなにおいしいんですから」(深瀬一輝さん)
農業にも励む!
釣りは天候の影響を受けやすく収入が安定しないため、農業も始めました。実家には畑もあって、慣れ親しんでいたそうです。特に海が荒れやすい冬場は、地元の農家の方の協力を得て、干し芋を作っています。この日は、自分たちが育てたイモを持ち込んで蒸したり干したりしていました。
教えるのは、御前崎市新神子地区で80年以上にわたって代々干し芋を作ってきた曽根松男さん(82)、房恵さん(76)ご夫妻です。親族らも一緒に加わって和気あいあいと手を動かしています。
「若い衆は素直でいい。若さをもらっています。ここは遠州のからっ風で、干し芋が特別おいしくなります。おいしいものを作って喜んでもらえる。それが何よりです」(房恵さん)
ここでサツマイモへの肥料のやり方や熟し方、それに干し具合だけでなく、地域や人との関わりを身につけているようでした。
「独り立ちするにはまだまだ。10年先には一人前になるだよ。人生の絵を描くのはだれにでもできる。それを実現するために頑張ることが大事だ」(松男さん)
松男さんは作業の途中に笑顔で説教。みなも優しげに見つめていました。
仲間とともに
深瀬さんにはもう1人、農業を一緒に手がけている仲間がいます。定置網漁で共に働いた星祐樹さん(25)です。深瀬さんに誘われて御前崎にやってきました。キャベツ農家で修行したあと、この春、新規就農者に認定される見込みです。
「とてもやりがいがあります。営業成績のように数値だけで判断されることはありません。目で見て農作物の成長を実感できるので、ビルもないこの自然の中で、それが気持ちいいんです」(星祐樹さん)
今後、曽根さんの干し芋づくりを引き継ぐ予定です。
干し芋作りの農家が減る中、地域にとっても大きな戦力となるかもしれません。
「ここに来て本当によかったと思います。人もいいし、自然もあってやりたいこともある。漁業も農業も新しい人、若い人がなかなか入ってこないけど、今まで通りではなく、新しいことをやらないとダメだと思います」
「漁業はもう量を取る時代ではありません。取れた魚の質を上げないといけない。日本の食材をもっと楽しんで食べてもらうこと、それが第1次産業を支えるきっかけになると思います。そうすれば魅力ある仕事になるんじゃないでしょうか」
「新鮮な野菜と、おいしく締めてさばいた魚を一緒に提供できるようになりたいと思っています。ぼくたちは漁業と農業を掛け算できるのが強みです。こだわりを大切にしたいんです」(深瀬一輝さん)
この日も冷たい北風が吹いていましたが、深瀬さんはさわやかな笑顔を見せていました。
高齢化などで数を減らす第1次産業の担い手。こうした新たな価値観を実践する若者たちがその支えとなり、地域が豊になっていくのかもしれません。