老舗酒蔵の女性杜氏(とうじ)が目指す"自分らしい"酒造り

宮城県気仙沼市。
100年以上の歴史がある老舗酒蔵の製造責任者・杜氏(とうじ)を務める女性がいます。
窪島衣通絵さん(くぼしま・いとえ/31歳)。
法学部を目指していた高校生が、“ある”きっかけで酒造りの道を歩み始め、去年造った日本酒は全国新酒鑑評会で「金賞」を受賞しました。
彼女が目指す“自分らしい酒造り”とは?


■きっかけは“菌”の漫画!?

窪島さんが酒造りを志すきっかけは、“菌”をテーマにした漫画でした。
法学部を目指して勉強していた高校3年生の夏に出会い、のめり込んでいったといいます。

231019_touji_02.jpg

窪島衣通絵さん
「固体から液体になる過程を考えてみると不思議だなと思って・・・興味を持ちました」

日本酒も米(個体)が液体に変化してできる不思議な飲み物。
窪島さんは醸造の世界に興味を持ち、大学受験直前に文系から理系へと転向。1年浪人して醸造科のある東京の大学へ進学しました。

231019_touji_03.jpg
学生時代の窪島さん

■縁もゆかりも無い気仙沼の酒蔵に就職

231019_touji_04.jpg

「自分が一番美味しいと思った日本酒を造っているところで働きたい」
窪島さんは大学卒業後、全国各地の酒を飲み比べ、気仙沼の酒蔵に就職しました。
生まれも育ちも別の場所で親戚が住んでいるわけでもない、縁もゆかりも無い土地でしたが、
「お気に入りの日本酒を造っているこの酒蔵でどうしても働きたい」と8年前に移住しました。

■「女性が働く」道を整える

歩み始めた蔵人への道は、決して順風満帆ではありませんでした。
蒸したお米を何度も運ぶなど、力仕事が多い酒造り。慣れない力仕事で腰を痛め入院したことがありました。その経験から“誰でも運べるように”と一度に扱う米の量を15キロから10キロに減らすことを提案。蔵人たちから受け入れられました。

231019_touji_05.jpg

蔵人
「現場も楽になりました。男でも重い物は持っていると体力的にはきつくなります。
作業量を小分けにしたことで、品質面でも改善されたと思います」

231019_touji_06.jpg
窪島さんと共に酒造りをする蔵人

蔵人の男性がこう話すように、量を減らしたことで品質にもよい影響がありました。
単に運びやすくなっただけではなく、米を一粒一粒丁寧に洗うことができるようになり、日本酒の味を悪くする雑味が減らすことができたのです。

231019_touji_07.jpg

窪島衣通絵さん
「酒造り関係なく、女性が働くっていうことに対してやっぱり道をひらいてくれた人がいるわけじゃないですか。私たちの世代は次の人が歩きやすいように、アスファルトを敷いてあげるじゃないけれど、そういう役割がどうしてもあるのかなと」


■酒造りへの情熱認められ、杜氏(とうじ)に

窪島さんの蔵人としての働きぶりをずっと見守ってきたのは、前杜氏の柏大輔さん(かしわ・だいすけ)。
縁もゆかりも無い、気仙沼市に飛び込んでくれた熱意を買い、
窪島さんが入社した当時から、杜氏にさせることを目標に計画を立てて面倒を見てきました。

地道に実力と経験を身につけてきた窪島さんは去年、杜氏のバトンを柏さんから受け取りました。

231019_touji_08.jpg
前杜氏の柏大輔さん 

前杜氏 柏大輔さん
「あんまり女性が入ってくるような業界ではなかったので雰囲気がいい意味で変わったと思います。
育ててあげなきゃいけないっていう責任感はあります。
自分が造りたいものに向かって葛藤しながら努力していくことが本人の成長にもなるし、酒の成長にもつながる。そういう酒造りをしてもらいたい」

杜氏として1年目に作った酒は、各地の酒蔵が出来栄えを競う「全国新酒鑑評会」でも特に優秀とされる金賞を受賞しました。

231019_touji_09.jpg

窪島衣通絵さん
「ほっとはしましたが、まだまだですね。私が取ったっていうよりも、みんなにサポートしてもらって取らせてもらったっていう言い方が正しいかな」


■杜氏として2年目の挑戦

8月下旬、窪島さんのことしの酒造りが始まりました。最初に手掛けたのは日本酒本来の味が楽しめる「生原酒」(なまげんしゅ)。加熱や水分調整などの後処理を一切行わないため、ひとつひとつの作業で味の良し悪しが決まります。

窪島衣通絵さん
「今シーズン一本目というのもありますし、失敗はきかない一発勝負なので緊張感のあるお酒です」


■1秒単位 判断が委ねられる杜氏

9月21日、生原酒の味を左右する大切な作業が行われました。
米を水につけて、水分を含ませる浸漬(しんせき)です。
米が水を吸い過ぎても吸わなくても良い酒はできず、適量を見極めなければなりません。

231019_touji_010.jpg

米は水を吸うと外側から水が浸透し白くなります。それを目安にどれだけ水を含んだか、目だけで判断するのです。米の品種や状態、さらにその日の天候でも吸水の時間は変わります。

1秒単位の管理。杜氏の手腕が問われるため、現場には緊張が走ります。普段は優しい窪島さんですが…この時ばかりはインタビューをしようとしたら「今はちょっと待って下さい」と制止されました。

231019_touji_011.jpg
米の状態を真剣に見つめる窪島さん

浸漬の日から約3週間がたち、生原酒が完成しました。

231019_touji_012.jpg

窪島衣通絵さん
「味はまとめられましたが、自分が想像する味よりもすっきりとしていて、もう少し甘みを出せたらよかったかな。すべての工程で先を読む力をつけていきたいです」

窪島さんはひとまず酒になったという安心を感じつつも、その仕上がりには納得はしていない表情でした。現状に決して満足せず「毎日1つ出来ることを増やす」を信念に、ひたむきに酒造りに向き合う窪島さんです。

11月中旬からはいよいよ、新米を使った酒造りが最盛期を迎えます。窪島さんはこれからも前を向いて、酒造りの道を歩み続けます。

231019_touji_013.jpg

窪島衣通絵さん
「去年自分が造った酒よりもおいしいものを。去年できなかったことを今年確実にできるように。自分自身の実力や経験値を上げるのが今年の目標です」

 


231019_touji_14.jpg

【仙台放送局 カメラマン】
 上林 幹

取材中に窪島さんが語った「女性杜氏や、女性蔵人といった言葉が無くなればいい」という言葉がとても印象に残りました。蔵人の世界の第一線で働く窪島さん。誰もが当たり前に働きやすい環境を若い世代の自分たちがつくっていくという強い思いを感じました。